もっといい加減に文学を
今日は、北島三郎大いに歌う!ではないですが、吾輩が大いに共感する文芸エッセイスト風間賢二を僭越ながら紹介させていただきます。吾輩が風間賢二に共感するのは好みの小説が似ている(似ているのは当然で、彼の案内を道しるべにいろいろな小説を読みました)ことだけでなく、小説に対するスタンスに「それよ、それ!」と強く膝を叩いたからでございます。その姿勢を端的に表している文章が彼の著書『ダンスする文学』の序文にあるので抜粋します。
ぼくは、基本的に文学は知的ゲームの一種〜遊びだと思っている。したがって、遊ぶなら面白くて楽しいものほどよいわけで、わざわざ退屈なものを手にしたり、人に薦めたりしない。
何が面白くて楽しいかはそれこそ人によって異なるけれど、ぼくは、物語が起伏に富み、語りが騙りに徹していてトロンプ・ルイユ的仕掛けの凝らされた小説ほどゴキゲンになれる。(中略)
我が国では、文学は現実を映しだす鏡であり、人生の真実を語り明かすものだという信仰があまりにも根強い。(中略)
しょせん、文学は言葉で構築された虚構物。嘘のかたまりといってよい。したがって、まことしやかに大ボラを吹いている作品、あるいは逆に虚構であることをあからさまにしている作品ほど小説らしい小説なのだ。
いや〜、ここまで言い切ってもらえると痛快です。そうなんです、文学なんて真面目くさって語らなくてもいいです。キッスやオジー・オズボーンを見て笑うような感覚で接したらいいんです。吾輩はこのことを風間賢二から教わりました。文学が好きな人って、駅で見つめ合うカップルのような距離感で作品に向き合っている方が多いような気がしますが、吾輩はもっともっとチャランポランに文学に接する人が増えればいいなと思っています。
posted by ichio : 12:18 | comments (0) |