ナイスなブギーにしてくれ
つれ合いとおチビが実家に帰っていたので週末は一人ぼっち。せっかくなのでリビングに布団を持ってきて、本や映画を見ながら寝るというゴージャスな計画を実行。
ところが夜中に一人で「スタジオボイス」オカルト、ホラー&ミステリー特集を読んでいたらだんだん薄気味悪くなってきて、ドアの隙間や窓から得体の知れないものがこっちを見ていないか?と怖くなってくる。
気をまぎらわすために『スライドショー』を見ようとしたその時、玄関からギリギリギリィ〜と不気味な音が聞こえてくるではありませんか!
‘お隣さんが日曜大工でもしているのだろう’と、自分に言い聞かせようとしたのですが、夜中の2時にハチマキしめてハッスルする人は少ない。
となると、セックスか?! 慌てて耳を壁に押しつけてみましたが、そうではない様子。(かなりホッとする)考えてみたら、音がしている場所はお隣さんのガレージ。この季節こんなところでセックスしてたらカゼをひいてしまう。というか犯罪です。
じゃあ、音の正体は何だ?
こうなるとワケが分からなくなってくる。最初は隣りから聞こえてくると思っていた音が、自分の家の天井裏からしているような気になってくる。そんなことを考えている間もギリギリギリィ〜という音は鳴り続けている。ポルターガイストかサイコキラーの仕業かと考えると半泣きになりそうでした。
不思議なもので、こういう時に限って怖い映画が観たくなり『テキサス・チェーンソー』を観てしまう。
そういえば今、『ハロウィン』やってますね。流行りのビギニング物だそうですが、出来はどうなんでしょう?(レビューなんかを見ると評価高いですが) ビギニング物って恐怖の元になっているキャラクターの謎の部分をバラして、こっちのイメージをブチ壊してしまうケースがあるから危険です。『ハンニバル ライジング』はひどかった。
もともとオリジナル版やブギーマンにそんな思い入れがないので、気軽に観に行ってみようかなと思ったのですが、大失敗しそうなのでやめときました。こういう映画を‘ハズレでもともと’と余裕で見に行けるのがオトナなんでしょうね。
ところでカーペンター先生、『ゴースト・オブ・マーズ』から日本公開作がありませんね。元気にしてはるんでしょうか?
MAD!
8月はじめからの地味〜な忙しさのせいで精神がやられているのか、知らないうちにオスカー・フィッシンガーのDVDを買っていました。
この人は今からおよそ70〜80年前に実験的なアニメーションをつくっていた映像作家で、作品の大半は丸や四角が消えたり現れたり変形したりする抽象的なものです。
作品はどれも短い時間なんですが、確実に脳の奥を刺激してきます。フィッシンガーが創作活動をしていた時代は‘サイケ’という言葉はなかったでしょうから、当時の人たち(ごく一部の人でしょうけど)は この映像をどう捉えていたのでしょうかね。
この作風を見ると‘いけないクスリでイッちゃってる?’と思ってしまいますが、吾輩はフィッシンガーが偏頭痛持ちだったんじゃないかなぁとにらんでいます。というのは、偏頭痛持ちの方ならお分かりになると思いますが、症状がやって来る時に目蓋を押さえると飛び交う赤・青・緑のドットがそのまんま映像化された作品があるからです。
さて、こういう昔の映像を観ていつも思うのが、音楽がどうもシックリ来ないこと。このDVDに収められている作品も然り。そらまぁ、この時代にはロックもテクノもまだ影も形もないからしょうがないんですが…。
音楽にイライラしてきたのでもとの音をオフにして、自分でBGMを流そうとした時、驚くことに気づきました。何と、アニメーションが音楽と同期しているじゃありませんか!
今でこそコンピューターで簡単にできますが、この時代にこれをやっちゃうとは、なかなかマッドなお方です。
それはそうと、フィッシンガーの作品で頻繁に登場する円運動が人を魅了するのって、やっぱり宇宙の根っこに関連してるからでしょうか? ビッグバーンは放射状に広がっていったでしょうし、星の形も球体です。渦や波紋だって円を描きます。それに生物の目も。やっぱり何か関係あるでしょう。
彼の作風はその後、曼陀羅的な世界観を取り入れたホイットニー兄弟やジョーダン・ベルソンに受け継がれ、進化していくことになります。
ホイットニー兄弟の作品集も欲しいのですが、出てるんですかね? それにしても、こんな映像が動画サイトで簡単に観られるって、いやはやすごい時代です。
ミッドナイト・ラン
先日、シンガポールでF1初となるナイトレースが行われました。
夜の街の中に浮かび上がったコースをF1マシンが時速200km以上で走る光景は遠目にはなかなか幻想的でしたが、近くのアングルになると照明の色が白いせいか昔のドッグレースのようなアジアンな雰囲気も漂っていたような気もします。
さて、昼も夜もお構いなしにクルマでかっ飛ばすといえば『バニシング・ポイント』も同じ。昔は全然おもしろいとは思わなかったのですが、久々に観たらすごく楽しめました。
デンバーからカリフォルニアまで15時間で走れるか? という ガキんちょ100%なワンアイデアを1本の映画にしてしまったこの作品。巷ではアメリカン・ニュー・シネマの傑作と言われたりなんかしてますが、カーチェイスだけのバカ映画として観た方が断然オモシロイ。
だって、あの人をおちょくったようなラスト、あれはどう考えても“やっつけ仕事”でしょ。実際、監督のリチャード・C・サラフィアンは後に「映画会社にニュー・シネマ風に撮ってくれと強要された」と文句をいっているらしい。
皮肉にも『イージー・ライター』を超える(単なるパクリという気もしますが)あまりにやけくそなラストが、バカ映画としての価値を上げちゃう結果に。それに、カーチェイスで事故った警官をいちいち心配そうに見に行く主人公 コワルスキーのキュートな姿を見ると、「どこが反体制やねん!」と突っ込まずにはいられません。
とはいっても、CG一切なしの無添加カーアクションはやはり大迫力。それにどのシーンも構図がビシッときまっていてカッコ良いことこの上なし。今の映画にはない魅力です。
それと今回この作品を観て唸ってしまったのは、盲目のDJ スーパーソウルが警察無線を盗聴してラジオ番組で情報を流し、まわりが勝手に盛り上がるくだり。今のネット文化に通じるように思います。特に最後に野次馬がシラ〜とした顔をして、散り散りに帰っていくとこなんかはリアルです。
posted by ichio : 12:28PM | | trackback (0) | 2008年09月03日夏と秋の狭間に
知らない間にもう9月。ということは夏も終わり。ビビります。
季節の変わり目だからなのかどうかは分かりませんが、フランス映画が観たくなり、フランソワ・オゾンの作品をまとめてレンタル。いいですね、この監督。いま時なセンスとクラシカルな雰囲気が自然に溶け合っているところが素晴らしい。
吾輩がオゾン作品を観て感じたキーワードは‘狭間のゆらぎ’。
どの作品を見ても「夢とうつつ」「生と死」「善と悪」「愛と憎しみ」「若さと老い」「男と女」など、ふたつの狭間で揺れ動く人たちが描かれています。そして、一見両極端にみえるこれらのことは実は地続きになっていて、誰もがちょっとした拍子であちら側に行ってしまうことを表現しています。
こういうことって言葉にすると小難しく思えますが、身近なシチュエーションに置き換えると分かりやすいかと思います。
例えば、朝目が覚めた時に寝返りを打って枕に鼻を付けたらドえらいオッサン臭いニオイがして青春が終わったことを悟り死をリアルに感じる人もいるでしょうし、大好きな彼女にフラれた腹いせにハメ撮りした写真を投稿サイトにアップする人もいるでしょう。
吾輩がこう書くと女性の方に顔を歪められそうなお下劣さが漂ってしまいますが、人は季節の移り変わりのように知らない間に今までと違うモードにシフトしてしまうということです。
余談ですが『まぼろし』と『スイミング・プール』で出演しているシャーロット・ランプリングがいい。きれいなんだけど、時折みせる神経質そうな表情がたまりません。そしてあのお歳でヌードになる度胸に脱帽。ちなみに吾輩は、OKです。
posted by ichio : 12:28PM | | trackback (0) | 2008年08月16日観ないと ダークナイト
テレビはほとんど見ないので詳しく知りませんが、最近は夏になっても心霊特集みたいな番組やコーナーをやらなくなりましたね。ホラー映画やホラー小説が量産されているのに、ちょっと不思議です。
昔はこういった類のものが真剣に怖かったのですが、20代半ばを過ぎた頃からあまり怖くなくなり、今では‘幽霊なんていてもいんでも どっちでもええんとちゃうん?’と屁をこいで寝てしまうありさま。これではいかんと、この前夜中にひとりで自分が幽霊(しかも『呪怨』系の攻撃的な幽霊)に出くわすシーンを超リアルに想像してみたら、やっぱり死ぬほど怖かったです。
さてさてお盆で霊魂が忙しく飛び交う夜中、これまた背筋がゾッとする映画『ダークナイト』を観てきました。これはクリストファー・ノーラン×クリスチャン・ベール コンビによるバットマン新シリーズの2作目。
いやぁ評判通り、素晴らしい出来映えでした。新シリーズはティム・バートン版に比べてシリアスでダークな作風が特徴なんですが、今回はそれをとことん突き詰め、最初から最後までヒリヒリするような緊張感が漂っています。ティム・バートンがダークファンタジー路線を極めた『バットマン・リターンズ』とは真逆の方向でかなりの力作をつくっちゃいました。『プレステージ』で思いっきりズッコケたクリストファー・ノーランの起死回生のホームランといったところでしょう。
何よりジョーカーを演じたヒース・レジャーがスゴい。これはもう、ジャック・ニコルソンのジョーカーを超えたといっていい。彼にとってはこの作品が遺作となってしまったワケですが、後からこうして迫真の演技を見ると、やはり何か鬼気迫るものがあったのかなぁと思ってしまいます。
ちょっと編集がもたついて話が分かりにくくなるところがあるものの(単に吾輩が鈍いだけかも知れませんが)脚本はすごく練り込まれているし、決して少なくない登場人物のキャラも立っている。花マルのデキです。
ただヒロインのレイチェルを演じた女優さんがビックリするくらいブサイク。前作でも決してキレイといえるルックスではなかったのですが、加齢だけでなく私生活で何かあったんですかと思うような変貌をとげていらっしゃいます。(だからクリストファー・ノーランもあんな筋書きにしたような…)
『スパイダーマン』といい『バットマン』といい、アメコミもののヒロインはブサイクというのがお約束になっているのでしょうか。
関係ないですが、キャメロン・ディアスの顔が日に日にお化けみたいになっていると思うのは吾輩だけでしょうか。
カオスな人
吾輩がいつも利用しているレンタルDVD店はヒット作・話題作しかないお店なんですが、この前行ったらどういうワケかヴェルナー・ヘルツォークの『キンスキー、我が最愛の敵』が置いてあるのを発見。あまりの唐突さに笑ってしまいました。(お店の人に何でこの作品を仕入れたのか訊きたい)
前から観たいと思っていたので夏目ナナの『ド淫乱高級痴女』とカップリングでレンタル。
『ド淫乱〜』の内容は大方お分かりだと思いますので『キンスキー〜』の方だけご説明しますと、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する映画監督のヴェルナー・ヘルツォークが、数多くの作品でコンビを組んだ怪優クラウス・キンスキーについての思い出をボソボソ語るだけの極めて地味なドキュメントです。
クラウス・キンスキーがかなり変わったお人であることは本か雑誌かを見て知っていましたが、予想をはるかに上回るブッ飛び&ひん曲がりように驚きました。それはもう、お医者さんに診てもらうことをおすすめするくらい。
アイロンのあて方が気に入らなかっただけで48時間休みなくわめきつづけたり、自分からジャングルで撮影しようと言いながら蚊が1匹いただけで‘ごらぁ! 何でこんなところに蚊がいるんじぁ〜!’と怒り狂ったり、スタッフが撮影後 お酒を飲んで盛り上がっているのにヤキモチを焼いてショットガンをブチかましたり(しかも命中)といった変人エピソードのオンパレード。こんな人が身近にいなくて良かったと言いたいところなんですが、機嫌の悪い時のオカンとちょっとダブってしまいます。
時折当時の撮影風景が挿入されるのですが、その怒りようが尋常でなく、別の意味でこわくなってきます。そしてさらに、当時真剣にキンスキー殺害を目論んだというとんでもないことを表情ひとつ変えずに語るヘルツォークも猛烈にこわい。
映画はキンスキーが蝶々と戯れるシーンで終わるのですが、その屈託のない表情を見ると一瞬‘何てピュアな人なんだ’と思ってしまいそうになりますが、やっぱりどう考えてもおかしい人です。
この作品や『地獄の黙示録』のドキュメント『ハート・オブ・ダークネス』を観ると、映画づくりの現場は超クセ者の集まりで巨大なカオスが渦巻いていることが伝わってきます。トラブルなく終わることを念じる吾輩の姿勢とは大違いです。(と言いつつ思っていることを口あるいは顔に出して うっとうしがられるタイプです)
posted by ichio : 12:28PM | | trackback (0) | 2008年06月10日あんなラストにせんでも…
知らなんだ。こんなヘヴィーな映画とは知らなんだ。
仕事終わりに軽くパニック物でも観てストレス解消しようと『ミスト』のレイトショーに行ったら、反対にとことんブルーな気分にさせられました。
ダメでしょ、あのラストは! ‘震撼のラスト’なんて煽り文句が書いてあったから心の準備はしていのに完全に裏をかかれました。技術的には小説でちょくちょくある手法なんですが、これを使ってあのラストを描くとは…。はっきりいって最初はかなり気分が悪くなりました。(ちなみにスティーヴン・キングによる原作にはこのラストはなく、フランク・ダラボン監督が新たに付け加えたとか)それは「セカチュー」などの泣ける映画にみられる安易なヒューマニズム(単なる売るためのネタ)とは違う、作り手のエゴというか もてあそばれてる感のようなものを感じたからです。
‘家に帰ったら寝ているおチビを思いっきりハグしよう’吾輩はそう思い映画館を出ました。そして、ハッとしました。‘ダラボン監督はこのことが言いたかったのでは?’と。
そしてやっぱり『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』を撮った彼が監督したんだなとひとり納得しました。ダラボンさん、怒ったりしてすんません!
でもよくよく考えたらこの人、『エルム街の悪夢3』や『フライ2』の脚本を手がけた人なんですよね。ということはただ単に観客を驚かせたかっただけなのかも。
後で彼のインタビュー記事を読んだら、『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』は自分のワガママを映画会社に納得させるための地盤づくりだったと脳天気に仰ってました。世の中そんなものです。
本作の内容自体は、登場人物の行動が唐突でぎこちないところがあるもののよく出来ています。というか、お見事というほかない出来映えです。そして裏『宇宙戦争』または裏『サイン』といえる問題作でしょう。
そういえばナイト・シャマランもこの夏『ハプニング』というパニック物を用意しているようで、『ミスト』に対してどんな返答をしてくれるのか楽しみ。
ということで家に着き、おチビをハグしようとしたら、つれ合いの実家にお泊まりに行ってました。一人ポツンと取り残された吾輩は、仕方なくおチビの食べ残したひき割り納豆をアテにビールをチビチビ。世の中そんなもんです。
‘ちょい変’でお願いします
土曜日 『タクシデルミア ある剥製師の遺言』のレイトショーへ。
この映画は異常な欲望に取り憑かれた父子三代の物語で、それぞれのエピソードがハンガリーの歴史にリンクしているという、ちょっと変わった作品。
しかも監督のパールフィ・ジョルジはデヴィッド・リンチやテリー・ギリアムを彷彿とさせるビジュアルセンスの持ち主とかで、否応なし期待はふくらみます。
で、見終わった感想は…微妙。たしかに『ブリキの太鼓』をテリー・ギリアムっぽい悪夢的な映像で描いた感じなんですが、面白かったかと訊かれると何とも歯切れの悪い答えしか返せません。
と申しますのも、終始強烈な睡魔とたたかっていて、ところどころ意識が飛んでいたからです。これを観た京都みなみ会館は、客席が窪地になっていてスクリーンを見上げるカタチになるので眠くなるんですよねぇ。
辛うじて目を開けていたところをもとにすると、過激なセックス描写やグロテスクなシーンが満載の1話と3話はちょっとお腹いっぱい。あのテこのテのインパクト映像が溢れる昨今、こういう過激な描き方をするとかえって訴求力が薄れてしまう気がします。(ちなみに本作はサンダンス映画祭でNHK賞を獲得したものの内容が規格外ということでNHKにテレビ放送権を放棄されたとか。なんじゃ そら!)
反対に表面上の表現を抑えた2話の方がセンスを感じるし、インパクトもある。大食い養成学校のところなんかは凄くいい。
この監督には‘ちょい変’路線でいってほしいです。
残酷王はメル・ギブソンなり
近頃ゴアだの 首チョンパだの 切株だの、いろいろなキーワードで残酷シーンのある映画が取り上げられて盛り上がっている様子。吾輩もこの類の映画がお好きだったりするのですが、現実の世界でこれらのシーンを超える事件が多発する今の状況を思うと複雑な気分になります。
ゴアな映画といえばホラーやサイコもの、バトルものが定番ですが、実はここ10年でぶっちぎりのゴア度を誇っているのはメル・ギブソンだったりします。監督デビュー作にしてアカデミー賞を獲得した『ブレイブハート』からしてエグいシーン満載で、‘この人ちょっと狂ってるんとちゃうやろか?’と思っていたら次の『パッション』でレッドゾーンへ突入。ひたすらエグいシーン、痛いシーンが続く迷作になっています。(3作目の『アポカリプト』でも首チョンパ炸裂!)
さて、ゴアからもう少し解釈を広げ‘痛そうで見ちゃいられないシーン’で考えてみても、吾輩に最も強烈なインパクトを与えたのはメル・ギブソンが主演した『マッドマックス』になっちゃいます。
悪党の足首に手錠をかけ逃げられないようにして時限爆弾をセットし、‘助かりたければ足首を切り落とせ’といってノコギリを渡すラストシーンを見るたびに、悪党と声を揃えて‘そんなの出来るワケねぇじゃねえかぁ〜’と悲鳴を上げてしまいます。(テレビ版の石丸博也の吹き替え、サイコーです)
でも、『ナイトウォッチ』や『ソウ』では同じような状況で見事切断に成功した人もいらっしゃいました。世の中には凄い人がいます。アッパレ!
『ノー・カントリー』
久々に会心の出来だったんじゃないでしょうか、コーエン兄弟の『ノー・カントリー』。
『ビッグ・リボウスキ』以降テンションが徐々に下がり、近頃は劇場まで足を運ばなくなっていたのですが、今回はハビエル・バルデムの顔に惹かれて観に行ったら傑作といってもいいほどの出来映えでした。
もうとにかくハビエル・バルデム扮する殺し屋シガーがイカす! 最近登場したサイコキャラでは『デフプルーフ IN グラインドハウス』のスタント・マイクがピカイチだと思っていましたが、シガーの前ではかすんでしまいます。表情ひとつ変えずにバタバタ殺す姿は異様そのもの。(一度だけ意外なところで感情を表に出しますが)しかもランボーを凌ぐセルフ手術もやっちゃいます。
彼が何の論理に従って行動しているのかがまったく分からない。ある意味レクター博士より謎につつまれた存在です。
今作はコーエン兄弟初となる小説の映画化なんですが、彼らの作品に共通する「ボタンの掛け違い」と「サイクル」というテーマはしっかり描かれていました。ベトナム帰りの冴えない男ルウェリンが事件現場に戻るところは「ボタンの掛け違い」のお約束だし、「サイクル」もトミー・リー・ジョーンズ演じる保安官の最後のセリフで見事完成。
あと乾いたユーモアも健在で、ところどころに意味の分からないやりとりが挟み込まれ、‘今のは何だったの?’とキョトンとさせてくれます。
サスペンスの結末だって、腰がくだけるほどのあっけなさ。今まであれだけ丁寧に描いていたのにそれはないんじゃないの?!というくらい。これは明らかに意識的に描いたもので、‘人生ってそんなものさ’というコーエン兄弟の人生観が見えてきます。
この映画を観ると、間違いなく落ちいてるお金を着服するのが怖くなってしまいます。…もちろん吾輩は1円拾っても交番に届ける正直者です。
posted by ichio : 12:28PM | | trackback (0) | 2008年03月24日我こそはスターチャイルドなり
明け方 急に目が覚めて‘『2001年 宇宙の旅』が観たい!’と思いDVD観賞した後、「朝ズバッ!」を見ていたら原作者のアーサー・C・クラークが亡くなったニュースが流れてビックリ! これは何かのお導きでしょうか? それとも吾輩がスターチャイルドになるということでしょうか? まぁ、前から何となくそんな気がしていたので慌てませんが。
今回ひさびさに『2001年〜』を観たんですけど、やっぱりおもしろいですね。歴史的名作なんていわれてますが内容はかなり変。
この作品はそこかしこに大胆な時間省略を行っているのが大きな特徴。猿人が投げた骨が宇宙船につながるシークエンスは何度見ても唸ってしまう素晴らしさですが、月面でのモノリス調査のシーンからいきなりディスカバリー号のシーンへ飛んじゃうところは結構チープな香りが漂いますし、スターゲート・シーンからスターチャイルド誕生への流れも何か笑っちゃいます。カッチョいいスターゲート・シーンを見て‘どないなんねん?!’と思ったら、いきなり赤ちゃんが浮いてるんですからズッコケます。これ、完全にコントの世界です。
そもそも構成からしてホントにこれでOKなんですか? 何てったって初めと終わりに壮大なテーマを吹っ掛けてるくせに、中間部分はせせこましいサスペンスですから。普通なら破綻ってことになるんですけど、イケてるように思えるのはキューブリックの演出力なのか、キューブリックという名前の力なのか、吾輩には分かりません。
ただ、今観てもまったく古さを感じさせないどころか、昨今のCG使いまくりのSF映画より臨場感があるのは確かです。そして何より美術が素晴らしい! 正直 吾輩は話そのものよりもこっちの方に魅力を感じます。
さてさて、この作品にはディスカバリー号に搭載されたスーパーコンピューター HAL9000が乗組員の唇の動きで人間の企みを察知するというくだりがありますが、これって怖いですよね。もし自宅のMacに監視されていたら?!と考えるとゾッとします。まぁ、うちのMacの場合は吾輩のセ◎ズリばっかり見せられて、トホホ状態になっていると思いますが。
posted by ichio : 12:28PM | comments (4) | trackback (0) | 2008年02月23日ギャング映画の濃い口 薄口
すごく面白いのにインパクトに欠ける映画、『アメリカン・ギャングスター』もそんな作品でした。見終わった時はかなり盛り上がっていたのに、今ではあまり印象に残っていません。これってDVDを買わす新たなギミックなんでしょうか。
ヘロインの元締めに扮するデンゼル・ワシントンとやさぐれデカを演じるラッセル・クロウがガップリ四つで対決し、メガフォンをとるのがリドリー・スコットという期待度満点の作品だったんですけど、あっさり薄味に仕上げたという感じでした。
序盤から中盤は主人公2人の物語が別々に語られ、終盤に2人が激突するというドラマチックな展開で、演出も演技もソツがなく上手いんですが…沸点が低い。
ドラッグ&ギャング映画は数多くありますが、デカとの対決を軸にした作品に絞ると『フレンチ・コネクション』と『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』がパッと頭に浮かびます。筋は似ていてもこの2作にはアメギャンにはない過剰さがあって、観ていて熱くなるんですよね。
またこの3作はストーリーだけでなく、悪役がスマートで、デカがだらしないというキャラ設定も共通しています。でも、その点においてもアメギャンはもうひとつ突き抜けていません。
まずデカから比較すると、イヤドラのスタンリーはニュースキャスターとの浮気からはじまり、彼のせいで部下や奥さんがバタバタ殺されるというお騒がせぶりを発揮。フレコネのドイルに至っては手錠をつかった変態セックス(個人的には変態とは思いませんが一応体裁を気にしてこう書いておきます)をするわ、間違って同僚を撃ち殺すわ、果ては犯人に逃げられるわ、もう滅茶苦茶。それに比べてアメギャンのリッチー刑事は至って普通。というか夜学に通って司法試験に受かるほどの頑張り屋さん。
次に悪役を比べると、これはもうイヤドラのジョン・ローン演じるジョーイが圧倒的に素晴らしい。アメギャンのフランクもいい線いってたんですけど、捕まった途端さわやかな笑顔を浮かべて警察に協力するところが気にくわない。それだったらフレコネのジャルニエみたいに伊達男ぶりを振りまいてスゴスゴ退散する方が粋でいい。
とまぁ散々言いましたが、それでも『アメリカン・ギャングスター』はリドリ−・スコットが近年撮った映画の中ではベストといえる出来です。と言ってもあまり褒めているように聞こえないので、最近のギャング映画の中でも松クラスに入る作品だと言い直しておきます。
『28週後…』
※これからこの作品をご覧になる方は、ちょこっとだけご注意。
気分が悪くなる作品でした、『28週後…』。前作『28日後…』では走るゾンビ、血しぶきが顔面に降りかかる感染描写などゾッとする味つけを発明(走るゾンビはDNAレベルの恐怖感・嫌悪感をおぼえます)。でもラストはハッピーエンドで、青春映画としても観ることのできる仕上がりになっていました。
今回はそんな甘酸っぱいものを期待してはいけません。最初から最後までとことんブルーな気分にしてくれます。まず話の出だしからして異様。普通の作品ならロバート・カーライル演じる父親が頑張って家族を守り、絆を深めてめでたしめでたしとなるんですが、この作品はそうならないところからはじまります。そして、父親の行動が妙にリアルだったりしてさらにブルーな気分に。ラストも分かっちゃいるけど、やっぱりドンヨリした気分になってしまう。
でも、この作品がいちばんブルーにさせるのは、人が情に流された時にことごとく悲惨な結果を招くところ。結局はアホンダラ家族の話ですもんね、これ。こういう皮肉がきいているところはハリウッド産ホラーとひと味違うところ。
気分を悪くさせるのはストーリーだけではありません。揺れまくるカメラワークと細かいカット割りのおかげで間違いなく船酔い気分になります。これは臨場感を出すための流行りの手法なんですが、明らかにやり過ぎ。やっぱり映画は構図をキチンと決めて‘観客に見せる’ことを基本にしないと。案の定 本作の手ぶれシーンは、逃げる人の視点なか、襲うゾンビの視点なのかがはっきりせずイライラする。その点ロメロ先生は『ランド・オブ・ザ・デッド』でもしっかりおさえていらっしゃいました。
で、結局のところ『28週後…』はどうなの?といいますと、めちゃめちゃコワいです。
そうそう、ヒロイン役のイモージェン・ブーツ、間違いなくブレイクします。
父親になって
早いもので我が子(親バカですみません)も2歳になり、だんだんコミュニケーションがとれるようになってきました。まだまだボキャブラリーは少ないのですが、絶妙のタイミングで厳選された言葉を発するのでドキッとさせられます。いやぁ、こわいくらいにこっちの話を聞いたり、見たりしています。
よく 子どもを持ってはじめて親の気持ちが分かるといいますが、これは本当ですね。今までテレビなんかで子ども関連のニュースや番組を見ても何となく‘かわいいな’‘かわいそうやな’と思うだけだったのですが、今では容赦なく涙がこぼれ落ちてしまいます。
なので、『クレイマー、クレイマー』を観てもダスティン・ホフマン演じる父親に‘分かる、分かるよぉ、その気持ち!’と、感情移入しまくり。特に子どもを厳しく叱った後にウイスキーを飲むシーンを観るたびにダスティン パパと大吉へ飲みに行きたくなります。子どもを叱った後というか、忍耐が切れて素で怒ってしまった後の苦々しい気分は親でないと分からないんじゃないでしょうか。
またそれとは反対に子どもの笑い声がとんでもなくハッピーにしてくれることも親になってはじめて知りました。親って教えるよりも教えられることの方が圧倒的に多いです。
ところで『クレイマー、クレイマー』の原題は、『クレイマーvs.クレイマー』。こっちの方がインパクトがあるうえに、親と子どもの関わり、夫婦の関わりが伝わってきていい。是非とも改題してください。
posted by ichio : 12:28PM | | trackback (0) | 2007年12月12日名前からしてふざけてる
日本語には敬意をあらわしているように見せながら、ホントのところは小馬鹿にしている言葉があります。
例えば、「先生」は本来立派な人を指す言葉ですが、最近では「センセ」に変形し、世のスタンダードからズレていてちょっと笑ってしまう人に対して使われています。
「傑作」もすぐれているものに使われるよりも、滑稽なさまを表す言葉として使われる方が圧倒的に多いように思います。
今回ご紹介するルチオ・フルチ監督のゾンビ映画『サンゲリア』は、「傑作」というより「ケッサク」という表現が似合うナイスな作品です。
最近タランティーノが『デス・プルーフ・イン・グラインドハウス』で、チープなアクションや下品なエロなどを詰め込んだC級映画を指す「グラインドハウス」という言葉をポピュラーにしましたが、『サンゲリア』はまさに横綱級のグラインドハウスといえるでしょう。
ストーリーは、行方不明になった父を探す娘(といってもオバさんですが)と新聞記者が南の島にたどり着き、そこでとんでもない目に遭ってしまうという、ホントにどうでもいいもの。
当然見どころはそんなストーリー展開ではなく、海底に生息するシー・ゾンビと人食いザメとの対決や、まったくムダなヌードシーンだったりします。なぜかTバック一丁で潜るレディが酸素ボンベのベルトをしめる股間アップシーンなんて、ファーストフード店員の‘いらっしゃいませ、こんにちは’という挨拶の‘こんにちは’くらい意味がありません。
それと、ヒーロー役をつとめる新聞記者がどうしようもない。登場していきなりヒロインとベッドインしちゃうわ、どうにも感情移入できないヘアスタイルをしているわ、挙げ句の果てにはゾンビに噛まれた男をニューヨークに連れて帰るわ、もうやりたい放題。
しかも、この人たちが南国でユルい戦いをしている間に、アメリカはゾンビのせいで壊滅状態になっているじゃありませんか! そっちを映画にせんかい!
ゾンビがニューヨークに溢れ返っていることを表す戦慄のラストシーン、ぜんぜん普通にクルマ走ってるんですけど…。
実はこのシーン、許可を取らずにゲリラ撮影したためにこうなっちゃったとか。予算の問題だったとしても、人の少ない早朝に撮影するとか方法はいくらでもあるでしょうに。よほど早起きがつらかったのでしょう。
最後のキメのシーンで究極の手抜きをするとはフルチ監督、男前です!
300の点数は80
レンタルショップに行き、たまった鬱憤を晴らせるような映画を探していたら、何やらこっちを睨みつけて雄叫びをあげている男を発見。タイトルをみると『300』と、愛想もクソもない文字が書かれている。
この作品は『ゾンビ』の傑作リメイク『ドーン・オブ・ザ・デッド』を監督したザック・サナイダーの2作目。劇場公開の時から気にはなっていたのですが、てんこ盛りなCG映像に胸やけがしてずっとスルーしてました。
レンタルならズッコケ作でもダメージは少ないし(むしろ失敗作を期待してしまいます)、意味不明な男臭さが漂っていることにも魅力を感じてチョイス!
話は、300人のスパルタ軍が100万人のペルシア軍相手に戦ったといわれているテルモピレーの戦いをベースにしたもの。
300対1000000…。普通はやらんでしょう、こんな戦。少なくとも吾輩は逃げます。というか、100万人側にいても最後尾で頑張ってるフリをするタイプです。
さて、映画の方はありえない話をさらに男気MAXにデフォルメしていて、すごい熱気を帯びています。いやぁ、全編 斬る・KILLでおもしろかったDEATH。
ペルシア軍の大将が頼まれもしないのにわざわざ前に出てきて殺されかかるなんていうトンマな設定もいい。100万の兵隊は何のためにおるねん!
こんなことするのはラオウだけだと思ってました。
ケチをつけるとしたら、CG使いたい放題の戦闘シーンにあまり迫力がないこと。『グラディエーター』序盤の戦闘シーンの方がはるかに迫力がある。
戦闘シーンを面白くする条件のひとつに空間認識力(誰がどこにいるかを観客に伝えること)があると思うのですが、ザック・スナイダーはここが弱い。だから、すごい戦いが繰り広げられていることは分かっても、いまいちスリルがないんですよね。
まぁ、それを差し引いてもザック・サナイダーという人は群衆モノを撮るのがうまい。一人ひとりの人物描写なんか二の次で、とにかく大勢の人間や化け物が襲いかかってくるシーンに全力を注いでいるという感じ。この人には『ピラニア』みたいな数で勝負するパニック映画をつくってほしいなぁ。
生死の間で
ちょっと前、深夜に強烈な腹痛に襲われ、急患に駆け込む目に遭いました。
おへその上辺りの内蔵が絞られるような感じになり、痛みの波が来るごとに情けないうめき声が出てしまう。(途中から‘ちょっと大袈裟かも?’という気がしないでもありませんでしたが)
人が生死の間を彷徨うとき、今までの人生が走馬燈のように浮かぶといいますが、吾輩の頭に浮かんだのは、阪急電車がシンクロナイズドスイミングのように踊る摩訶不思議なビジュアルでした。
腹痛がおさまった後、悶絶中に見たビジュアルがホイットニー兄弟やジョーダン・ベルソンの映像に似ていたような気がして、自分にも映像の神様が降りて来たのかなとドキドキしました。
ホイットニー兄弟とジョーダン・ベルソンは、60年代に幾何学的視覚効果でサイケデリックな映像をつくり出した映像作家。ホイットニー兄弟は『2001年 宇宙の旅』のスターゲート・シーンや、『めまい』のオープニング・シーンを手掛けたことで有名。(ベルソンは確か、キューブリックのオファーを断ったと思います)
ベルソンの映像は曼陀羅などの東洋思想的なイメージが取り入れられていて、かなり面白いです。ただ、音楽がちょっと…という感じ。今のサウンドクリエーターが音をつけたら、もっと凄いモノになると思うんですけどね。レコードにはリミックスやトリビュートなんかがあるんだから、映像作品にもそんなのがあってもいいんじゃないでしょうか。
この人の作品はいくつか持っているので久々に見直してみたら、自分が見た阪急電車のビジュアルとはまったく似ていませんでした…。
そうそう、病院での検査の結果は‘まったく異常なし’。ほな あの痛みは何やねん!
好きやねん ウエスタン
チャンバラの次は西部劇ですか。『ジャンゴ』の影響で、イマドキなアレンジを施された西部劇が量産されそうな気配。
吾輩はバンバン撃ちまくってバタバタ人が死にまくるマカロニ・ウエスタンよりも、昔ながらの男臭い西部劇が好きだったりします。(なので当然『西部警察』よりも『太陽に吠えろ』のファン)
残念ながら西部劇は、本場アメリカでは絶滅しちゃいましたね。純正の西部劇としては、クリント・イーストウッドの『ペイルライダー』と『許されざる者』で打ち止めになったんじゃないでしょうか。
でもカタチこそ違え、ウエスタン・スピリットを受け継ぐ男がいます。そう、御大ジョン・カーペンターです。彼の代表作『ニューヨーク1997』や『エスケープ・フロム・L.A.』でもかなりの男臭さを漂わせていましたが、8×4がいるくらいの男臭さを発散しているのが『ヴァンパイア 最期の聖戦』。タイトル通りの吸血鬼モノですが、中身は完全に西部劇。ジェームズ・ウッズ演じるヴァンパイアハンター〜クロウとその仲間モントーヤの友情の熱いこと。笑っちゃいますが、男なら絶対にジーンとくるはず!
って、それらしいことを書いてますが、この作品を見たホントの理由は「ツイン・ピークス」で世界一きれいな死体(生きてるシーンは不細工)を演じたシェリル・リーのセクシーシーンを拝むため。
期待のシーンは寸止めながら、色気があってなかなかGOOD。
でもよく考えたら、『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』で惜しげもなく脱いじゃってるんですよね。喜んで損した気分になりました。
復活!マット・ディロン
マット・ディロンがチャールズ・ブコウスキーの『勝手に生きろ!』を映画化した『酔いどれ詩人になるまえに』で久々にハマり役をものにして話題になっています。
思えばこの人も‘山あり谷あり’のキャリアですね。YAスターが総出演したフランシス・コッポラの『アウトサイダー』で一躍人気者になり、間髪入れずに同じくコッポラの異色作『ランブルフイッシュ』の主役に抜擢されて‘ジェームズ・ディーンの再来’と言われるくらい注目されていました。当時は今をときめくトム・クルーズよりも輝いていたのですが、だんだんC調な80年代の映画にフィットしなくなり地味な存在に。
『ドラッグストア・カウボーイ』でようやく彼の時代が来た!と思ったものの、いまいちパッとせず。どういうわけか、『イン&アウト』や『メリーに首ったけ』といったコメディでいい味を出したりするから困ったものです。この他にも『ワイルド・シングス』なんていう品のかけらもない作品にも出演してました。(でもこれ、主演は彼とケビン・ベーコンという、かなりの面子なんですよね。いや、この作品の主役はデニス・リチャーズのオッパイでした)
そんなズブズブな80年代後半〜90年代を送っていたマット・ディロンですが、プライベートではアウトローなニューヨーカーを貫いていたので、輝きを失っていくその他多くの俳優とは違う印象を持っていました。
で、21世紀に入り遂にブコウスキーの映画に出会っちゃたんだから嬉しい。彼はこれから10年、いい仕事しまっせ。
ちなみに吾輩はまだ『酔いどれ詩人にまるまえに』は観ていません。
レザーフェイス 復活
夏といえばホラー、ホラーといえば『悪魔のいけにえ』ということで、本格的な夏を前に、このホラー映画の金字塔と誉れ高い作品のDVDが再発されました。
解説によると、今回の再発まで何と10年もの間手に入らない状態だったということで、まずはめでたしめでたし。ジャケのデザインもヤバいし、なかなかいい感じです。これは買わねばと手に取り、値段を確認したところ、これがベリー エクスペンシブル!いくらメジャー作品じゃないといっても、150円でレンタルできるご時世に5000円は高すぎる。単純計算だと、34回観てはじめて得したことになる。これはちょっと手が出ない。同時に再発された同じくトビー・フーパー監督による珍作『悪魔の沼』も手に入れてやろうという吾輩の目論みは一瞬にして崩れ去りました。
仕方なく、憂さ晴らしに近所のレンタル屋さんに行ったら、『悪魔のいけにえ』自体がない状態。横に目をやると『パイレーツ・オブ・カリビアン』が狂ったように並べられている。世の中、間違ってます。
ちなみにまだ『悪魔のいけにえ』を観たことがない方、このまま一生観なくていいと思います。怖いです。エグいです。イタいです。しかも‘んなアホな!’と笑えないリアルな感触があるから始末が悪い。ガハッとドアが開いて、大男にグイッと引き込まれて、再びドカッとドアが閉まる あの瞬間、あれは映画を超えています。
posted by ichio : 12:28PM | comments (3) | trackback (0) |