ファナ・モリーナの世界
ファナ・モリーナの作品は試聴で流し聴きしたくらいで‘ははぁ〜ん、こんな感じか’と分かったつもりでいたのですが、大きな間違いでした。新作の『ウン・ディア』、えらいことになってますやんか!
まずジャケットからして普通じゃない。今まではオシャレだったりカワイかったり、どこか人の目を意識しているところがありましたが、このジャケは吹っ切れている。完全に弥生から縄文にシフトしましたね。
音にしても、彼女のささやくようなボーカルとアコースティックギターにお上品なエレクトロニカサウンドが乗っかるイメージだったのですが、そんな足し算では説明できないユラユラ、フラフラ、ドロドロな世界が繰り広げられています。強引に例えると、ケイト・ブッシュの夢見少女的なオカルトワールドとビョークの巫女的なパワーを合体させて、さらにその先へいったような感じ。何かダメな音楽ライターみたいな書き方をしてさらに分かりにくくなってしまいました。でも、悲しいかな吾輩もきちんと言いあらわせません。
こんな作品をつくってしまったら、ビョークが『ホモジェニック』を境に巫女パワーを減退させてしまったように、モリーナさんも枯れてしまうんじゃないかと心配でなりません。
まぁ、そんな心配をする暇があったら、自分の将来を心配した方が良いとは分かっているのですが…。
そんなことはさておき、前作『SON』まで聴いていたオシャレディたちはこの作品に食いつくんですかねぇ。興味あります。
そして、こんなヘンテコでディープな音楽がCDショップで普通にイチオシされていて、同じ店で羞恥心がガンガンかかっている日本の音楽シーンってのもなかなかディープです。
プリミティブ・ロック
このジャケット、イカすにもほどがあります。
ポルシェの横でカッコよくバイクにまたがっていらっしゃるのは、フィリピンのJuan De La CruzというバンドでギタリストをしていらっしゃるWally Gonzalezというお方です。
MEDITATIONSさんにアナログ盤が飾ってあるのを見てからずっと気になっていたのですが、ベリー・エキシペンシブだったので泣く泣く見送っていたら、知らない間にCD出てるじゃないですか!
というワケでゲット。正直ジャケだけでもう十分満足なんですが、うれしいことに中身もスゴいことになってます。
何かうまくいえませんが、欧米諸国のミュージシャンや日本のアーティスト様が失ってしまった(はなっから持っていない?)ロック本来の原始的パワーが満ちあふれているんです。
ジャケを見てお分かりの通り、全編‘オレ様サイコー節’全開なんですが、この人の場合はそのカッケー姿をロックの神様に捧げているんです。
今時、相当アタマが悪くなければ歌えないようなロックチューンも、背筋が寒くなるバラードも100%マジですから。
特にドチープなシンセ音が飛び交う5曲目「Open Fire」では、絶対にアチラ側のお方と交信しています。このバカさ…失礼、純粋さから生まれるパワーは、カッコつけることしか興味のないアーティスト様やインテリバンドには出せません。
現代芸術の巨匠マルセル・デュシャンは小難しい芸術論を彷徨った末に普通の便器を芸術だとおっしゃいましたが、ゴンザレス様は‘この便器、サイコーっす’と涙を流しているようなもの。受け手にとってどちらにパワーを感じるかといえば、それはもう間違いなく後者。いやはや、すごい迫力です。
と、半分おちょくったような書き方をしましたが、素で聴いてもめちゃめちゃカッコいいです。
ヴァーヴ 再生
今年のサマソニで初来日を果たし、圧倒的なパフォーマンスを披露したと評判のザ・ヴァーヴ。(ポール・ウェラーとヴァーヴが来ていたのに何で行かなかったのか、自分自身でも不思議でなりません)
2度目の再結成(最近はリユニオンっていうらしいですね。…再結成でええんとちゃうん!)によってつくられた『フォース』がいよいよ発表されました。
吾輩の感想は‘やっぱりヴァーヴはすごい!’のひと言。リチャード・アシュクロフトのソロ作品とも、世界中で売れまくった前作『アーバン・ヒムズ』とも違う サイケでグルヴィーなヴァーヴにしか出せない音をブチかましてくれました。
かといって初期の『ア・ストーム・イン・ヘブン』や『ノーザン・ソウル』とも違い、そこはかと叙情感もあったりするところが素晴らしい。これはリチャードのソングライティング力のアップとニックのギタープレイの引き出しが飛躍的に増えたためでしょう。
ここ数年いろいろなバンドがリユニオン…再結成していますが、その多くがお金儲けが目的だったり懐メロ化していたりしてガッカリさせられますが、ヴァーヴの場合は現役感覚を失っていないし、こうして新作までつくるという、本当に意味のあるリユ…再結成だと思います。
こうして考えると、再結成ってホントにむずかしい。その点セックス・ビストルズはどんな醜態をさらしても、すべて逆説的に解釈できてしまうからオイシイですよね。
話はもどりまして、『フォース』は『アーバン・ヒムズ』に比べて売上は落ちるでしょうし、内容的にも傑作とまではいえないものです。でも、このアルバムにはヴァーヴの途方もないポテンシャルが刻み込まれています。次、間違いなくとんでもないアルバムをつくりますよ。またまた仲違いをしなければの話ですが。
最後にリチャードのサングラス、いつも上にあがり過ぎているような気がするんですけど。
ヤンでリハビリ
‘暑い’というか‘熱い’といった方がいいくらいの猛暑がつづいています。
京都の夏は昔から蒸し暑いのがお約束ですが、ここ最近の生命維持に関わる暑さはその範疇を超えています。
暑さから逃れるために涼しいところへ旅行に行きたいところですが、お盆も普通に仕事。しかたないので最近はヤン富田の『MUSIC FOR ASTRO AGE』を聴いて体内温度を下げています。
このアルバムが出た時は音遊び的な編集がうるさくて余り好きではなかったのですが、今は心地よく聴くことができる。何かちょっと気の合う友だちの家に遊びに行って、勝手にレコード棚からレコードを取り出して何やかんやとお喋りをしている感覚になるんです。
このアルバムに収録されている音楽はどれも涼しげで気持ちいいんですが、吾輩の中ではアンビエントとはちょっと違う。ちなみに吾輩の個人的なアンビエントの定義は「イメージの世界に連れていってくれる音楽」。『MUSIC FOR ASTRO AGE』の音は現実の世界とつながっていて、ほのかな緊張感があるんです。
さっき‘ちょっと気の合う友だち’と書いたのはこの緊張感のせいです。フィーリングは合うけど学生時代の友だちとは違う微妙な距離感だと夜遅くなって眠くなってきても一応は我慢しますが、気をつかわない友だちの家だと遠慮なしに寝ちゃいますからね。つい先日も大学時代の友だちが職場の人たちとの飲み会に誘ってくれたんですが、終電を逃したことが判明すると急に眠くなってきてしまい、友だちがいることをいいことにほとんど初対面の人たち(しかも全員女性!)の前で一人グーグー寝てしまいました。おまけに途中から酔いがまわって気分が悪くなり、トイレでゲロンパ。
人間、緊張感をなくすとヤバいです。しばらくは俗世から離れたアンビエントではなく、『MUSIC FOR ASTRO AGE』でリハビリしたいと思います。
ライ・クーダーはサイコーだー!
天才ギタリストにして、ルーツミュージック番長でもあるライ・クーダーが新作『アイ, フラットヘッド』をドロップ。
これは『チャベス・ラヴィーン』『マイ・ネーム・イズ・バディ』に続くカリフォルニア3部作の完結編にあたり、同時にライ・クーダー自身が書いた同名小説に登場するミュージシャンの作品集になっているらしい。
まぁそんなコンセプトはどうでもよくて、ライ・クーダーの新作に触れられることが何より肝心。
80年〜90年代はほとんどアルバムを出さなかったのに、21世紀に入ってから既に4枚のアルバムを発表。しかもすべて傑作! この怒濤の快進撃はなんなんでしょうか。日本が誇る音楽王、細野晴臣さんも感心してはります。
今回の『アイ, フラットヘッド』も期待通り、サイコーです。 『チャベス・ラヴィーン』や『マンボ・シヌエンド』をよりポップにした、まさに21世紀型ライ・クーダーの最新バージョンという感じ。
彼の音楽の魅力は、今作のジャケットのように一見古くさいのに実はとってもモダンなところ。「レトロ・フューチャー」なんて言葉がありますが、彼の場合はもっと奥行きと広がりが感じられる内容になっているところが凄い。専門的なことは分かりませんがアレンジひとつとっても、色んなアイデアやセンスがつまっていて、単なるルーツミュージックとは違う仕上がりになっているんですよねぇ。
そして音が抜群にいい。彼の音へのこだわりは相当なようで、ライブをやらなくなったのは自分の頭の中で鳴っている音がライブでは表現できないからとのこと。
そんなこといわずに是非とも来日公演してほしいものです。
アニキの意気込み
阪神タイガースは金本・下柳・矢野が活躍するアニキ祭で盛り上がっていますが、我が心のアニキ ポール・ウェラーも負けずに気合いの新作『22 ドリームス』をドロップ。
まだ移動中にi Podでしか聴いていないのですが、‘えらい とっ散らかってるなぁ’という印象。1曲目からしてドノヴァンみたいな曲だし、大味なロックチューンあり、スタカンを思わす甘い曲あり、怪しいエレクトロニカ風の曲ありと、まさにやりたい放題。アルバム全体としてだけでなく、曲単位でみても ゴッタ煮気味。
雑誌のレビューは良いのか悪いのか分からない曖昧な内容のものがほとんど(もはや批判的なことがいえない存在になっちゃった?)ですが、個人的には好きでない。
せっかく前作『アズ・イズ・ナウ』で焦点がビシッと合ったアルバムづくりに成功し、何度目かの絶頂期を迎えつつあることを感じさせてくれたのに、ちょっと肩すかしをくらった感じです。
本人はウェラー流“ホワイトアルバム”を目指したといっているので、バラエティに富んだ作風を狙っていたことは確か。
でも長年のファンとしては、『カフェ・ブリョ』のB面や『コスト・オブ・ラヴィング』あたりの散漫さとダブってしまうんですよね。ちょっと心配です。
彼には、歳をとって声に深味も出てきたことだし、超甘口なAORアルバムを出してほしい。この企画が成功することは、ちょっと前に出たライブ盤『キャッチ・フレイム』に収録されていた「ロング・ホット・サマー」を聴いて確信しています。
余談ですが、本作のカバーに載っているアニキがフレッドペリーのシャツを着ている写真にシビれ、吾輩もフレッドペリーでイカすTシャツをゲット。ファンになっておよそ20年、まだまだ熱はさめていません。
posted by ichio : 12:28PM | | trackback (0) | 2008年06月27日リチャード・D・ジェイムスの笑顔
大学時代から約15年、住みかは変われど吾輩の部屋にはずっとエイフェックス・ツイン〜リチャード・D・ジェイムスのポスターが貼られていて、お客さまがいらっしゃると彼が素敵な笑顔で迎えてくれます。
エイフェックス・ツインを知らない人がこのポスターを見ると、決まって一瞬不可解な表情を浮かべた後、何もなかったように完全無視を決め込みます。親戚のおばちゃんが来た時は、某カルト宗教団体の首領を思わすルックスのせいで、やけに心配された覚えがあります。
そんな冷遇に堪え忍んだおかげで、このたびついにパネル化して玄関に飾られることになりました!
提案をしたのは吾輩ではなく つれ合い。15年間強制的に見せ続けられたせいで、今ではなくてはならない存在になってしまったのだとか。人のことはいえませんが、つくづく変わったお方です。
このことがきっかけなのかどうかは分かりませんが、吾輩 最近夜中にちょこちょこエイフェックス・ツインを聴いています。『アイ・ケア・ビコーズ・ユー・ドゥ』や『リチャード・D・ジェイムス』のブチぎれ具合も大好きですが、やっぱり『アンビエント・ワークス』『アンビエント・ワークスvol2』という愛想もくそもないタイトルがついた2枚は別格。今聴いても天才を感じます。
この人ってあまりにもドリルンベースのインパクトが強かったせいか、先鋭的でブッとんだ音楽をつくる人だと思われがちですが、実はどの曲も根底にはシンプルで力強いメロディがある。吾輩は彼を優れたメロディーメーカーだと思っています。その特性が最もストレートに現れているのがアンビエント・ワークスというワケです。
そういう意味では目下エイフェックス・ツインの最新作(といっても もう7年前ですが)である『ドラックス』は残念な作品でした。このアルバムでも得意のドリルンベースが多く収録されているのですが、世の中に彼を真似た人たちが氾濫してしまったせいでまったく新鮮味が感じられなくなっていました。チープな言い方をすると、時代がエイフェックス・ツインに追いついたということでしょう。そしてそれは彼がはじめて聴き手の予想範囲内の音楽を出してしまったことも意味しています。
吾輩としては、アグレッシヴな曲の合間に入っているピアノ曲だけでアルバムを埋め尽くしてほしかった。聴き手の予想を裏切るという点でもいけてるし、彼のメロディーメーカーとしての才能をあらためて確認できる機会でもあったのに。
Erik Mongrain
去年からずっとピックアップしようと思いつつ取りこぼしていたネタを今回ようやくご紹介します。おっと、まだ映像は見ないように。
あれは去年の秋、大学時代からの親友が「とにかくすごい!」という情報量ゼロ、でもすべてを言い表しているメールを送ってきて、You Tubeを見たらビックリ!
そこには今まで見たことのない驚愕のギタープレイが繰り広げられていました。(この時は『BRUTUS』〜「ギター愛」で取り上げられる前)
このErik Mongrainというギタリストのプレイっていうのは…一見は百聞にしかず、とにかく映像をご覧ください。それではプレイボタン、クリクリクリック!
どうですが、ビックリしたでしょ。確かにタッピング奏法をしていた人はこれまでにもいましたが、ここまで極めた人はいないんじゃないでしょうか。
しかも聴いてもらえば分かるように、パフォーマンスとしての完成度もさることながら曲が素晴らしいところが彼の凄いところ。才能でしょう。何かルックスもいい。
ジャズ〜フュージョンにも聞こえるし、ジャック・ジョンソンの流れを汲むオーガニックなサウンドにも聞こえるし、聴きようによってはテクノにも聞こえる。
優れた音楽の多くがそうであるように、Erik Mongrainの音楽もひとつのジャンルにおさまらない魅力を持っています。
吾輩も便乗して、家にあるベースを横にして弾いてみます。
妖気に魅せられて
「アイ・ワズ・ゲイ」と告白したのは、「自分を褒めてあげたい」という名言を残した元マラソン選手のダンナさん。彼がデビッド・ボウイのバイセクシャル宣言に感化されたされたのかどうか、また奥方である元マラソン選手が誰からも求められていないのに公の場でカミングアウトするバカ正直な人を伴侶として選んだことに「自分を褒めてあげたい」と言ったかどうかは定かではありません。
しかしボウイの妖しい表情を拝むと、吾輩も思わず「アイ・ウィル・ビ・ゲイ」と言ってしまいそうになります。
時代と共に自身の姿も変化させてきたボウイの長いキャリアの中で、吾輩がいちばん好きなのは『ロウ』や『ヒーローズ』といった傑作を立て続けにつくっていたこの映像の時代。
どこを見ているのか分からない虚ろな眼差し、爬虫類を連想させるエロチックな口もと、クールでいてエモーショナルな声、すべてが人間ばなれしています。
この映像のようにただ突っ立って歌っているだけで、これほどの存在感を発散する人って、キワ者・クセ者ばかりが集まるロック・シーンでもそうそういないでしょう。
有名な話ですが、この時期のボウイは重度のドラッグ中毒だったようで、もしかしたらあっちの世界におられたのかもしれません。
この後彼はドラッグ中毒から抜け出し、きれいな女性と結婚なんかしたりして、今ではすっかり妖気が消えて陽気なオジサンになっています。
そんな現在のボウイももしかしたら七変化のひとつで、70過ぎたあたりでまたアブない人になるなんてこともあるかもしれません。
ルーツ・ミュージック
ここ数年、まったりしたアダルトな音楽やアンビエントばかり聴いていたのですが、どうも心身共にチカラがわいてこないことに最近気づきました。
これではいかん!ということで、我がルーツ・ミュージックというべきパンク〜ニューウェイヴの円盤に針を落とす。
う〜ん、やっぱりいいですね。身体も心も熱くなってきます!
今回吾輩をチューンナップしてくれたアルバムは次の通り。
◎『メタル・ボックス』(PiL)
ジョニー・ロットン改めジョン・ライドンとなって結成したPiLの傑作セカンド。中学か高校の時、レンタルレコード屋でアルミ缶に入ったいかついルックスを見て釘づけに。当時は何やワケの分からん音楽で、そんなゲテモノを聴いている自分が怖くなりしましたが、今ではフェイバリットのひとつです。
ドラムが少々パタパタもたつくのがキズですが、エキセントリックなキース・レヴィンのギターと地を這うようなジャー・ウーブルの重低音ベースにジョン・ライドンのヴォーカルが絡みつくサウンドはまさに唯一無二。
聴いているうちに頭のネジが飛んでしまい、気がついたら誰もいない部屋でタコ踊りをしていました。
◎『サンディニスタ』(クラッシュ)
クラッシュは男の心を熱くします。このアルバムにはダブ〜レゲエ色の強い曲やかなりポップな曲もあるんですが、不思議と男臭いんですよね。それはジョー・ストラマーの声に拠るところが大きいような気がします。彼の声には彼自身の生き様といいますか、男の負けの美学が滲んでいる。(クラッシュはパンクバンドとして最も成功したバンドなんですが)
吾輩も拳を突き上げているうちに、どうしてだか涙が出てきました。改めていっておきますが、これは自宅の部屋でのことです。
◎ 『ハウ・マッチ・ロンガー』(ポップ・グループ)
これも頭のネジがはずれる系です。メタル・ボックスの時と同じようにタオルをくわえてタコ踊りしていたらチャイムが鳴り一時中断。‘どなだです?’といくら訊いても返事がないので再びタコ踊り会場に戻ろうとしたら、‘○×新聞です’という声が。思わず‘バカヤロー、最初からそう名乗らんかい!’といいそうになる。いい感じに攻撃性も出てきました。
◎『セッティング・サンズ』(ジャム)
締めはジャムの4作目『セッティング・サンズ』。ファンによって意見は分かれるところですが、吾輩は本作か『ギフト』がベスト。勢いまかせの初期に比べポール・ウェラーのソングライティングが格段にスキルアップしていて燃えます。特に1曲目から4曲目までのたたみかけは圧巻。
この人の書くメロディと声は吾輩のツボど真ん中。完全にヒートアップして、頭ブンブン振ってエアギターしまくり。もう一度いいますが、これは自宅の部屋でのことです。
ここ最近の音楽
‘最近、どんな音楽聴いてます?’と訊かれることがありますが、いつもどう答えていいのか困ってしまいます。(まぁ、こちらも同じ質問をして困った顔をされることがあるので お互いさまですが)人によっていろんな聴き方があると思いますが、吾輩の場合とっ散らかっているうえに説明ベタなので頭の中ではいろいろなミュージシャンが浮かぶものの、それをコンパクトにアウトプットすることができません。
ここ2年ほどじっくり音楽を聴く時間がなく、もっぱらiPodでの‘ながら聴き’。そんな中で最近よく聴いているのが次の3枚。
1枚目はジェリー・マリガンの『ナイト・ライツ』。これはアナログ盤しか持っていないので自宅でのリスニング。久々にレコード棚から引っぱり出してきたんですけど、今まででいちばん心に響いてきました。前はムーディーな雰囲気がイラッときたのですが、どうやらそれはこっちの蒼さだったようで、今では聴いているうちに自分のまわりだけ時間が止まったような感じがして心地いい。
2枚目はノンサッチから出ている『ショナ族のムビラ』。これはタイトル通り、アフリカ〜ジンバブエで暮らすショナ族によるムビラ(親指ピアノ)の音楽を収録したものです。本当はOcoraから出ているグバヤ族のアルバムが欲しかったんですけど、あいにく売り切れ(再発の予定もなし)でこっちをゲット。それでもさすがはノンサッチ、内容はグッドです。しかも安い!
3枚目はキャット・パワーの『ジュークボックス』です。ここでようやく同時代の作品が出てきました。えっ、音楽は全然新しくないって? そんなことはありません。たしかに昔の曲をカバーしたアルバムなんですけど、作り手の感性がフレッシュで、今でしかつくることのできない内容になっています。ショーン・マーシャルの天性の声が素晴らしいのはもちろんのこと、バックの演奏もすごくいい。特にドラムが前に出て、そこに今にも消えていきそうなギターの音色とショーン・マーシャルのボーカルが乗ってくるナンバーは、白昼夢といいますか どこにも存在しない懐かしいアメリカを描いているようで引きつけられます。この辺のテイストはビル・フリーゼルに通じるところがあります。
と、まぁ 吾輩の最近の音楽生活はこんなところです。こうやって振り返ると、テンションの上がる音楽がひとつもない。もともとテンション低いのに、これ以上下げてどうすんのって感じです。これは歳のせいか、疲れのせいかどっちなんでしょう。
ポリス ライヴ!
25年来の夢がついにかないました。まさか、この3人が揃ってプレイするところを観られるとは。もうそれだけで涙が出そうでした。近頃の関西は例年にない寒さで、50代半ば(アンディ・サマーズに至っては65歳!)に差し掛かったメンバーがお風邪をひかれないかと心配でなりませんでしたが、無事ステージに登場してくれました。実際に以前スティングのライヴが風邪のためキャンセルになった経験のある吾輩の心配の度合いはお察しいただけるかと思います。
吾輩とメンバーの距離は約40m。ダッシュすれば7、8秒でたどり着ける。大衆演劇ファンのオバサンのようにお札の首飾りをかけに行きたい衝動を抑え、長年の想いを拳に込めて突き上げる。
そして、いよいよ演奏がはじまる。スティングが歌い、ベースを弾く。アンディ・サマーズのギターが曲に輪郭を与え、スチューワート・コープランドのドラムがグイグイとサウンドを引っ張る。だだ広いドームで3人の男がただ演奏するだけ。派手な演出もいっさいナシ。それがこんなに素晴らしいとは。
とにかく3人とも抜群にうまい。何度も‘どこまで上がっていくねん?!’という高揚感がやって来て、失禁&脱糞しそうになりました。‘ポリスの魅力はライヴにあり’といわれる理由を思い知らされました。
再結成発表の直後に行われた小箱でのライヴ映像を見た時、スチューワート・コープランドのスネアの叩き方がスナップを利かせた独特のフォームではなくなっていて、あのスコーンと抜ける音が出ていないので複雑な気持ちだったのですが、この日の彼のプレイを見たらしっかり往年のフォームに戻っていました。今回初めて彼の生ドラムを体感したのですが、想像以上に凄かった。最高です。
もち、アンディ・サマーズも良かった。バッキングはもちろんのこと、ソロパートもキマってました。とても65歳とは思えない。バリバリの現役です。(ただしほとんど動かず、その場で黙々と弾いていらっしゃいました)個人的には、この日の主役は彼だったように思います。
スティングのボーカルはハイトーンでつらそうなところもありましたが、あれだけ歌えればノープロブレム。
今回のライヴを観て改めて感じたことは、メンバー3人が揃ってはじめてポリスサウンドができるということ。スティングがソロライヴでどれだけ優れたセッションミュージシャンをかき集めても、あのサウンドは絶対に出せない。バンドとしてのマジックは今でも消えていませんでした。いやぁ、ファンでいて本当に良かった…。
Who Are You?
エドガー・ジョーンズがまたまたやってくれました。今度のアルバム『ザ・マスクド・マローダー』は、彼の隣りに住む外出恐怖症の音楽家との共作という一風変わった作品。
お察しの通り、引き籠もり男 マローダーというのはエドガー・ジョーンズその人なんですが、彼のダークサイドが別のキャラを生んだということにしておいた方がおもしろ味があっていいでしょう。
ライナーノーツでマローダーが自己紹介紹介しているので、その一部を紹介しましょう。
「私、外出恐怖症の音楽家でございます。外にはほとんど出ません。そんなわけですので、あらゆる意味と意図を込めて、私を‘覆面の襲撃者’と呼んでいただいて結構です」
いいですね、こういうひねりの利いたセンス。トラウマがどうのこうのと さっぱりワケの分からんことばっかり言って悦に入っている自称アーティストも、たまにはこんな気の利いたことを言ってほしいものです。(まったく関係ないですが、最近コブクロのでっかい方が気になって仕方ありません。あのサングラスは何のつもりなんでしょう)
アルバムの内容もエドガー・ジョーンズの作品とは異なり、チープなリズムボックスに乗せて密室性の高いファンク〜ソウルチューンが繰り広げられています。レビューなどではスライ・ストーンの『暴動』と比較されています。なるほど、エドガー・ジョーンズがあの変態アルバムを頭に置いてつくったことは間違いないでしょう。でも何回か聴いているうちに『暴動』よりももっと似通ったフィーリングの作品があるように思えてきて しばし考えた末、判明しました。『ブッシュ・オブ・ゴースト』です。
どこか違和感のあるリズムやアルバム全体を覆う浮遊感は、まさにお化けの森に迷い込んだよう。興味のある方は、夜のおともに是非。
新年はグラスで乾杯
新年おめでとうございます。本年も『KITSCH-PAPER』をよろしくお願いします。抱負といったら大袈裟ですが、今年はのびのびになっている4号を出せるよう頑張りたいと思います。
さて、この年末年始はいつになくゆっくりできる予定だったのですが、初詣で‘今年も家族が健康でありますように’とお願いした途端 吾輩の具合が悪くなってきて1時間後にはダウン。メガトン級の偏頭痛のせいで、せっかくのお正月が台無しになりました。
そんな強制寝正月を少しでも有効利用するため、何年かぶりにフィリップ・グラスの『12部からなる音楽』を聴こうという気になる。(気になっているだけで、聴いていません)
何しろ3時間半近くある大作なので、よほど時間と気持ちに余裕がないとなかなか聴き通せるものではありません。そういう意味では学生時代に聴くのにもってこいの音楽といえるでしょう。吾輩は絵に描いたようなダラダラ&グダグダ&カウパー滲み滲みのキャンパスライフを送っていたので、『12部からなる音楽』も余裕で聴くことができました。いやぁ、あの弛緩しきった時間にミニマルミュージックはハマったなぁ。
何か若い時に聴いておくべき音楽ってありますよね。お金も女っ気もない飢餓状態の時に‘効く’音楽ってやつが。吾輩も大人になってからライヒやグラスなどのミニマルミュージックに出会っていたら、‘なるほどね’なんて感じですまして聴いていただけのような気がします。
吾輩にとってフィリップ・グラスは、20代前半の頃ライヴを体験してしまったことが決定的でした。ニューヨークでの野外ライブで、明るい間はご機嫌なラテンバンドが盛り上げ、陽が沈む頃にグラスのオーケストラが登場し、神秘的かつパワフルな音楽をブチかましてくれた。この時のインパクトはいまだに忘れることができません。ついでに、ブルックリンにあるライブ会場に行くつもりがヤバい雰囲気のエリアに迷い込んでしまい、ヒップホップの裏ジャケに写ってそうなコワい人たちに睨まれまくった恐怖も忘れられません。
『12部からなる音楽』は全編に渡りクラッシック的な紋切り型のフレーズがリフレインされるのですが、これがちっとも心地よくないんです。むしろ違和感があって気が立ってくる。
同じミニマルミュージックでも、ライヒの音楽は陶酔的なのに対してグラスの音楽って覚醒するんですよね。この違いは、たぶん顔から来ていると思います。
ムーヴメントは夢の彼方に
最近、自分の中でストーン・ローゼズが熱くなっています。
このバンドには特別な思いがあるんですよね。
予備校生の頃にはじめてファーストアルバムを聴いた時はホント、ビックリしました。フォークロック的なメロディなのに、グルヴィーで、サイケで、メランコリックで、そして全部ひっくるめて凄くロックだった。
ローゼズやその周辺バンドが大きく注目されるようになって、はじめてリアルタイムでムーヴメントに立ち会えるスリルみたいなものを感じたのをおぼえています。今考えるとかなり恥ずかしいですが、真剣に‘何か’が変わるような気がしました。あの感覚は後にも先にも、この1度だけ。(予備校生の頃の楽しみといえば一日の終わりを告げるセ◎ズリ〈おかずはもち「デラぴん」〉だけだったので、いろいろな良くないものが沈殿していたのだと思います)
ファーストアルバムの後も彼らの勢いは衰えず、クールなファンクチューン「フールズ・ゴールド」で吾輩を秒殺。その後発表されたシングル「ワン・ラブ」(B面「サムシングス・バーニング」も重要曲)ではさらにディープな世界に突入し、吾輩は‘よく分かんないスけど、何か凄いのでついていくッス’といった舎弟状態。
いよいよこれから退屈な世の中に殴り込み!と思った矢先、何を勘違いしたのか彼らは昔の所属レーベルに殴り込みをかけ、社長とその愛人をペンキまみれに。その後も移籍問題などゴタゴタつづき。
そんなこんなで、メンバー間のマジックもなくなり、ファーストアルバムから5年後に発表されたセカンドアルバムは、良くできた普通のロックアルバムになってました。そして、バンドの要であるドラムのレニが抜け、さらにはギターのジョン・スクワイアも脱退してジ・エンド。いやはや、あっけない幕切れでした。
彼らが「ワン・ラブ」を足がかりにつくろうとしてたサウンドって、どんなものだったのだろうと想いながら、今日もファーストアルバムを聴いています。
イアン・ブラウンのソロ作品には‘もしも、ローゼズが解散してなかったら’のヒントがあるように感じるのですが、やっぱり何かが決定的に足りない。
ジョンに関しては才能の枯渇具合に溜息しか出てきません。
あと、プロデューサーのジョン・レッキーの貢献度の高さも改めて痛感します。
実は吾輩…
たまに吾輩がヒップホップを聴くというと、「意外だなぁ」なんていわれます。熱心な音楽ファンでない人からも、B-BOYな人からもいわれます。
アンビエント好きというと、これまた「意外ですね」といわれる。
音楽が好きってこと自体に驚かれる時もあります。
逆に、「いかにも音楽好きって感じがしますよ」なんて微妙な感想を述べられ、微妙な気分になったりすることも。
こういうコメントを聞くと、自分がどういうキャラで受け止められているのかが垣間見えて興味深い。吾輩は他人にどうみられているのか気にならない方なので、自分自身では違和感を感じていても修正することなく、自分からそっちのキャラに近づいていったりして楽しんでいます。(ある意味、すごく気にしているのかも)
だからある人にとってはアホ丸出しのことをするチョイキモなオッサンだったり、またある人にとってはつかみ所のないストレンジャーだったり、ある人にとっては無口で愛想のない男だったりすると思います。
まぁ、そんなわけで吾輩だってヒップホップを聴くわけです。特に最近はピート・ロック & C.L.スムースの『メイン・イングリーディエント』がクセになっています。
マッタリしたこの感じ、夜にサイコーです。ピート・ロックのつむぎ出すメロウなトラックと、C.L.スムースのダルそうな声の相性は格別。(ちなみに、何を仰ってるのかはサッパリ分かりません)もう発表されて10年以上経つのに、いまだに飽きない。傑作です。
ピート・ロックはソロになってからマッチョなサウンドになってしまい、ちょっと残念。そろそろ再結成して、また往年のサウンドを聴かせてほしいですね。
その時は吾輩も、人から「意外だなぁ」何ていわれないようにB-BOYなファッションに身をつつみたいと思います。
ロボットになりたい
娘と一緒の時間以外は、楽しいことなんてありゃしない。
アウトプットばかりの生活で、新しいアイデアも出てきやしない。
パーッと旅行に行きたいなぁと思うものの、なかなか休みがとれない。
そんな『すべての男は消耗品である』ライフを実践する今日この頃。
気分が萎えているせいか、最近ロボットに憧れます。疲れ知らずで淡々とミッションを遂行するあのお姿、惚れぼれします。『スターウォーズ 帝国の逆襲』でルーク・スカイウォーカーが腕を切られたのにすぐさま精巧なメカアームを装着するシーンがありますが、小さい頃あれを見た時はブッたまげました。こんなんやったらロボットの方がええやん!と。
ロボットは何も映画の中の絵空事ではありません。音楽の世界にも『ゼイリブ』的にいるんです。吾輩にはそれが見える!
まずはコレをご覧ください。
どうなってんスか?ロバート・フリップの指。思考回路と指の動きが完全に別物になっちゃってる。見ているだけで頭がおかしくなってきます。間違いなくフリップ卿はロボットです。80年代のクリムゾンって随分評判悪いですが、この人力シーケンサーというべき音楽は今聴いても革新的だし、スリリング。
次はコレをどうぞ。吾輩のヒーローの1人、ジョン・ライドン率いるPiLでございます。この目つき、この動き、もはやヒトではありません。ロボットというよりモノノケっぽいですが…。おそらく神懸かり的な作品を連発している間に、魂だけがあっちの世界に逝ってしまったのでしょう。ちなみにこのPVは、音楽の神さんが彼から離れていった後のものです。(でも、吾輩は結構好き)
最後にベタですが、コレもピックアップしておきましょう。何かなごみます。
それでは今回はこれで失礼します、敬礼!
熱帯夜に
いろいろな仕事が重なり、お盆も普通にワーキング。そんなわけで、つれ合いと娘は里で夏休み。‘この隙に独身貴族を謳歌しなはれ’という悪魔の囁きが聞こえるが、それに伴うお金がないので軽くいなし(この言い方、語弊があるなぁ)、独りエビスビールを飲みながらレコードを聴いたり映画を観たりしています。
でも、ここのところの暑さは半端でなく、エアコンの設定温度を下げたいところなんですが、結局それによってさらに外気をあたためるというわけの分からないスパイラルをつくってしまうので、ここはグッと我慢。その代わりに涼しげな音楽をかけ、気分をスッキリ爽やかにする作戦をとることに。
どんな音楽をかけるのかと申しますと、それはもう、ペンギン・カフェ・オーケストラとドゥルッティ・コラムしかありません。ペンギン・カフェ・オーケストラはかなり久々にレコード棚から引っぱり出してきたのですが、やっぱりいいですね。‘ペンギン’って響きも80年代チックで、いい感じ。そういえば最近、教授のレーベルからベスト盤とトリビュート盤が出たんですよね。ちょっと欲しい…。
それと、ドゥルッティ・コラムも新作出てますね。前作の『キープ・ブレシング』辺りから再評価されているみたいですが、これってどういうこと? この人、やってることはどのアルバムも同じなのに。「時代が音に追いついた」ということでしょうか。いや、ドゥルッティ・コラムの場合「時代が一度追い越して、一周して再び追いついた」といった方が合ってます。
確かにドゥルッティ・コラムの最近の作品もいいんですが、吾輩としてはチープなリズムボックスを使っていた初期の方が、空気の揺れみたいなものを感じることができて好きです。
こんな音楽を聴きながら眠りにおちるのなら少しは‘イカす大人のオトコ’といえるのかもしれませんが、吾輩の場合はやっぱりそうはいかず、近所のレンタル屋まで走って行ってAVでも借りるか!となってしまいます。ちなみに昨日借りたのは『スケ透けエロマダム』。
せっかくペンギン・カフェ・オーケストラとドゥルッティ・コラムに涼しくしてもらったのに、これのせいでまたまたアツくなってしまいました…。
ジョーンズ・ジョーンズ リターンズ
いつの間にか色モノ バンドから伝説のバンドに出世したステアーズのリーダーだったエドガー・ジョーンズ・ジョーンズが、『スージング・ミュージック・フォー・ストレイ・キャッツ』に続く2ndアルバム『ゲッティン・ア・リトル・ヘルプ…フロム・ザ・ジョーンゼズ』をドロップ。今やステアーズのアルバムはコレクターズアイテムとして崇められ、すごい値段で取引されているのだとか。発売当時彼らのことが気になって買おうとしたのですが、音楽雑誌の酷評ぶりに腰が引け、スルーしてしまいました。やっぱり、自分の勘を信じないといけませんね。
さて、今回の『ゲッティン・ア・リトル〜』でも前作同様 ロック、R&B、ジャズ、スカなどを独自のセンスでフェイクしたゴッタ煮サウンドを展開。バックの演奏は前作よりもタイトになり、洗練されています。が、ジョーンズ・ジョーンズのボーカルがオーバーヒート気味で、ちょっと微妙なゾーンに入って来ました。例えるなら、トム・ウェイツがダミ声を必要以上に強調していた『スモール・チェンジ』の頃に似ています。ただジョーンズ・ジョーンズの場合はボーカルスタイルの模索というよりも、ただ単にふさげているだけという感じ。
彼のライヴに行った人の話によると、ライブ中も酒をあおり、へべれけボーカルで‘やさぐれ男’を気取っていたらバンドメンバーに思いっきり睨まれ、素に戻って一生懸命歌い出したという、なかなかお茶目なキャラのようです。
おんなじような感じで‘調子乗りすぎてるんとちゃいますか?’と思う瞬間がところどころあるのですが、まぁイカす音楽なのでまずはOKでしょう。
これから軌道修正するのか、トム・ウェイツのように突き抜けてオンリーワンのスタイルを確立するか、ジョーンズ・ジョーンズの今後に注目です。
YMO 後編〜YMO & PLC
2007年はYMOとPOLICEがピッタリ重なり合った年として、吾輩の脳内では未来永劫語り継がれることになるでしょう
いやホント、このふたつのバンドには共通点があるんです、ワンサカと。
まず、トリオだということ。笑ってはいけません、これは最重要項目です。それは3人という構成が人間関係の中でもっとも成立しにくい形態だからです。きれいなトライアングルを描くためには、お互いのことを認め合わないといけない。これがエゴ丸出しの創作活動でつながった関係となると、さらにややこしい状況になることは想像に難くありません。結局YMOもPOLICEも、そうした人間関係が解散(散解)の原因のひとつになりました。
次の共通点は、どちらも今年再結成したこと。これも笑ってはいけません。5年前でも5年後でもなく、2007年に再結成したことが重要なんです。それはバンドの音が‘今’にフィットしていることからも分かります。
ポリスの再結成に関しては、ジャムバンド・ブームが大きく作用していると吾輩は考えています。多くのジャムバンドがやりたいことをひと通り終えてポップ化に向かった結果、‘アレッ、こんなことやってたバンドっていなかったっけ?……ポリスやん!!’となったわけです。グランジ・ブームの時も一瞬そういう空気が漂ったのですが、あの波には乗らなくて正解。もし乗っていたら90年代のYMO再生のようになっていたでしょうから。
あの再生は「テクノ」という言葉に煽られて、つい集まってしまったという感じでした。でも当時盛り上がっていたテクノとYMOの音楽って違うような気がします。そして、本人たちもそれぞれが思い描くテクノを最後までアジャストすることができなかった。今回の再再生ではYMOと直結するエレクトロニカがあったため、3人の共通イメージが持ちやすかったのでしょう。だからHASでやった時のアレンジって、すごくいいですよね。
さてさて、3つ目の共通点はメンバー構成が似ていること。どちらも2人がほぼ同い年で、あとの1人がちょっと離れた年上。細野さんとアンディ・サマーズ、どちらの年長者もちょっととぼけたキャラクターで、バンドに独特のユーモアを持ち込んでいるのも特徴。
そして、メンバー全員が50を過ぎて、過去のイザコザを笑い話にしているところもよく似ている。‘今がいちばん仲がいい’っていうのが、こっちにも伝わってくるのが嬉しい。バンド時代はメンバーの不和が話題になることが多かった2バンドなのにねぇ。
アンディ・サマーズは最近のインタヴューで「結局はメンバーへのリスペクトと友情が生き残ったというわけさ」という、感動的な言葉を残しています。やっぱり、バンドっていいですね。