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2010年03月12日

音楽ライフ停滞中

100312.jpg去年秋からの忙しさがなかなか収まらず、新しい音楽や映画、本に接する機会が激減。飲みに出かけたこともこの半年一度もなし。当然のごとくガス欠状態になっています。
音楽関連では唯一マッシヴ・アタックの新譜『ヘリゴランド』を試聴したもののスルー。雑誌なんかでは1stや2ndに回帰したと評価が高いようですが、ム〜ンという感じです。質感はむしろ『メザニーン』や『100th ウインドウ』の延長線上じゃないでしょうか。どうも今のマッシヴ・アタックに1stや2ndのような作品を期待するのは間違いのようです。

こんな感じで目新しさのかけらもない音楽ライフを送っている中、静かなブームになっていのがヒップホップ。今までヒップホップはメインで聴くことがなく、カレーライスに添えられたラッキョウ、ストーンスのビル・ワイマン、国際軍団の寺西勇的な存在だったのですが(とはいっても決して欠かすことばできません。……ストーンズはビル・ワイマンなしで全然成立してますね)、この度メインに昇格。
中でもよく聴いているのがコモンの『ファイティング・フォーエバー』とQティプの『ザ・ルネッサンス』。
『ファイティング〜』は前作『BE』のまったり路線を引き継ぎいだテイストで、最初聴いた時はえらく地味な印象を受けたのですが、元をとるため繰り返し聴いているうちにジワジワきました。かなりいいです。それにしてもコモンってオットコマエですよね。せまられたら断る自信ありません。
ヒップホップを寺西勇扱いする者がいうのも何ですが、『ザ・ルネッサンス』は間違いなく傑作です。彼独特の浮遊感あふれるプロダクションと脳ミソを引っ掻かれるようなラップ、サイコーです。ソロとしての1st『アンプリファイド』はヌケが良くなく、やっぱりア・トライブ・コールド・クエストだなと思っていただけに、会心の一撃といったところ。最近出たQティプの幻の2nd『カマール・ジ・アブストラクト』もいいんでしょうか?

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2010年02月05日

土着ポップ

100205.jpg先日、家族で木下大サーカスに行ってきました。サーカスというと楽しさの裏側に哀愁やちょっと怖い雰囲気が漂っている感じがして、個人的には真夜中にピエロが獲物を求めてうごめくといったB級ホラーなイメージが染みついています。
木下大サーカスは世界3大サーカスのひとつというだけあってそういう妖しさはなく、健全で完成されたエンターテイメントショーでした。名前が木下だけに、同じ顔をした木下さん一族がウンパ・ルンパみたいにゾロゾロ出てくることを期待していたのですが、実際は外国人も多くコスモポリタンな世界がくり広げられていました。
しかし中盤、ジャパニーズ感あふれる演目が強引にはさみ込まれ、土着臭がプゥ〜ンとしてきた時は別の意味でワクワクしました。頭では洗練を目指しているのにカラダの内側から湧き出る土着テイスト。この混ざり具合というか混ざらなさ具合が刺激的でした。

ジャンルは異なりますが、そんなストレンジ&キッチュな魅力を発散する決定版といえるのが、60年代後半から70年代前半にシンガポールでヒットした歌謡曲を集めた『シンガポール・ゴー・ゴー』というアルバム。ジャケットを見れば分かる通り、アジアンモンドがフルスロットルで炸裂しています。一応、欧米のポップミュージックを手本にしてつくられた最新流行歌だったのでしょが、ビリビリ感電しそうなファズギターと東南アジア独特の節で歌われるボーカルが合わさった結果、哀しいかな目指したものと真逆の代物になってしまっています。
ですが、この湧き立つ土着臭がすばらしく、1曲目から深いサイケデリックな世界につれていかれます。最近のポップスはカタにはまっていておもしろくないと嘆いている方は、ぜひこのアルバムを体験してください。きっとクセになるはず。
しかしよく考えたら、日本の歌謡曲も外国の人にしてみたらかなりけったいに聞こえるんでしょうね。日本の自意識過剰なアーティストたちの曲も現代の民族音楽としてとらえたら、新たな魅力を発見できるのかも知れません。

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2010年01月30日

真にすごいのはどっち?

100130.jpg‘セナとシューマッハ、速いのはどっち?’‘ライオンとトラ、強いのはどっち?’‘梅宮辰夫と松方弘樹、抱かれるならどっち?’‘淡谷センセと美輪センセ、声のレロレロ度が激しいのはどっち?’
人には相まみえることのない強者を比べ、頂点に立つものを決めたがるサガがあります。それは聖者と崇められる吾輩でさえ例外ではありません。
クラッシュの『カット・ザ・クラップ』とデビッド・ボウイの『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』、真にしょうもないアルバムはどちらか? 吾輩はそこんところがどうしても知りたい。おそらくほとんどの人がそう思っているのではないでしょうか。
どちらのアルバムについても以前このブログで書いているので詳しいことは申しませんが、どちらもどんなに性格がいい人でも‘聴いた時間を返せ!’と怒鳴りたくなる突き抜けた出来栄えです。クオリティ自体もさることながら、このアルバムがロックを代表するアーティストによって作られたというのが驚きです。
パンクの良心ジョー・ストラマーは、パンクのエナジーとペナペナの打ち込みの融合に取り組んだ『カット〜』を、どうかオレのディスコグラフィに入れないでくれと嘆願していたとか。
一方『ネヴァー〜』は、ボウイがかつて放っていたカリスマ性をポピュラリティに変え、その燃えカスで作った作品。‘とつふぜんおとふずれてへぇ〜’と、霊に取り憑かれたような声で日本語の歌詞を歌う「ガールズ」は、涙なしには聴けません。
音楽的にはどちらも聴かれることを拒否する、ある意味アナーキーさを備えている。その昔、クソアルバムとこき下ろされたルー・リードの『メタル・マシーン・ミュージック』なんて甘っちょろい。このアルバム、今では傑作なんていわれていますもんね。おそらく先の2作は間違ってもそんなことにはならないパワーを持っています。
次はビジュアル面。アップした画像は『ネヴァー〜』のジャケ。見ての通り徹頭徹尾ダサいです。『カット〜』のジャケはモヒカン頭のパンクロッカーがストリート感あふれるイラストで描かれていて、ちょっとカッコいい。
ということで『ネヴァー〜』が真の駄作ということにしたいところなんですが、世の中そう単純ではありません。
よく『ネヴァー〜』のジャケを見てください。あまりのダサさに愛着をおぼえませんか。そう、人は本能的にあか抜けないものに惹かれるのです。『ネヴァー〜』に比べると『カット〜』はそういうかわいげがない。よって真の駄作はクラッシュの『カット・ザ・クラップ』に決定です。

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2009年12月27日

オリジナルなものとは

091227.jpgこの不気味な笑みに誘われて、久々に『デジタリア』というアルバムをジャケ買い。主はアレハンドロ・フラノフというアルゼンチン音響派のキーマンとのこと。まったく知りませんでした。
何やら最近は、アルゼンチン=音響派というイメージが根づいているようですね。
音楽をつくる環境がパーソナル化し、国や都市の特色が薄れているといわれますが、時たまこうやって特定の場所がクローズアップされますね。マスコミが煽っていたりもするんでしょうけど、やっぱり自分の近くで刺激的なことをしている人がいると、影響を受ける度合いも違ってくるのでしょう。
未だにポップミュージックの世界では新しさやオリジナル性に対する信仰がありますが、そんなもんポンポンと出るワケがありません。しかも、より多くの人にアピールすることを目的にしたポップミュージックが、本当に新しくてオリジナルなもの(それが何なのか吾輩には分かりませんが)をつくっていたら、それはたちまちポッブでなくなってしまいます。世の中のほとんどのものは何かしらの影響を受けています。新しくて個性的、そして多くの人を魅了するものをつくることなんて、天才にしかできません。

が しかし、そんな天才的なひらめきが吾輩にやってきたのです。
昼下がりに街中を歩いていたら甘いモノが食べたくなって何かないかとキョロキョロしていたら、ポップコーンの出店を発見。残念ながらホップコーンは塩辛い。 ‘なんでホップコーンは甘くないんやぁ’と落胆していたその時、‘だったら甘いポップコーンをつくったらええやないか’という神の声が聞こえたのです。甘いポップコーン……、甘いとひと口にいってもいろいろある。ホップコーンにマッチする甘さとは何だ?
そう考えた時、吾輩の頭にくまのプーさんのハチミツが浮かんだのです。まさにパーフェクトな組み合わせ。サクッとかむと、口一杯に広がるハチミツの甘み。これこそ至福。あまりの完璧さに、神様の声ではなく悪魔のささやきなのかと思うほどでした。
吾輩は帰宅後つれ合いを呼び出し、‘今までいろいろ苦労をかけてすまなかった。しかし、これからは億万長者の暮らしが待っている。何しろ、吾輩はナタ・デ・ココを超えるスイーツを考えたのだから’と、高らかに宣言しました。
つれ合いがあまりの衝撃と感激で何のリアクションもとれないでいたので、自ら‘それは、ハツミツポップコーンだ!’と発表しました。
‘それ、普通にありますけど’ ‘そう、ハチミツもコーンも普通にあるもので、それを融合させることが……えぇぇぇ! あるのッ?!’。
ということで、吾輩の夢物語はあっという間に終わりました。聞くところによると、ずいぶん前につれ合いとハツミツポップコーンの話をしていたそうで、そのことをすっかり忘れていて、ふと思い出したのを発見と勘違いしてしまったようです。ま、世の中こんなものです。

で、フラノフのアルバムの話ですが、それはまたの機会に。

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2009年11月06日

成熟について考えてみる

091106.jpg10月にむかえた誕生日で四十路にリーチがかかってしまいました。感覚としては大学を卒業して数年しか経っていない感じなのですが、いくら数えても39になってしまうということは、やっぱり39歳なんでしょう。精神年齢的には中2からほとんど進歩しておらず、こんな人間が所帯を持っていることに自分でも笑けてきます。
周りを見渡すと、吾輩より年下の人が立派な社会人顔をしていて、バリバリ仕事をしていたりする。そういう姿を見ると、自分はいつ、どこからアウトサイダーの道を歩みだしたのだろうと考えてしまいます。

でも、吾輩とは違う本物のアウトサイダーは歳とともにアウトサイダーとしての年輪を刻むもの。ジム・オルークとデヴィッド・シルヴィアンのそれぞれの新作『ザ・ヴィジター』『マナフォン』を聴いて、それを強く感じました。
作風は違えど、どちらも美しくていろいろなことを想像させてくれる素晴らしい作品。『ザ・ヴィジター』は約40分におよぶインスト曲が1曲だけおさめられていて、ジム・オルーク自身がギターだけでなくピアノ、ドラム、ストリングス、ホーンなどさまざまな楽器を一人で演奏しているという気合いの入りよう。音もすこぶる良く、夜中にヘッドフォンで消えては現れ、現れては消える蜃気楼のような曲を聴いていると、この世に存在しないストレンジな空間へ連れていかれます。
『マナフォン』は前作『プレミッシュ』をさらに深化させたもの。フェネス、エヴァン・パーカー、ジョン・ティルバリー、大友良英などの強者が奏でた音をトリートメントして曲にまとめたという感じで、音のひとつひとつ、デヴィシルの歌声ひとつひとつが聴く者のカラダにツーンと響き、しみ込む。ジャケットの絵のように、深い森に迷い込んだような空気感が張りつめています。
2作とも今まで積み重ねてきたものが肥やしになっている。それに比べ、こっちは何と薄っぺらいことか。でもまぁ、このままスーパーフラットなおっさんとして生きるのもいいんじゃないかと思ったりします。

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2009年09月30日

1周まわってカッコいい地獄

090930.jpgいろんなモノや情報があふれかえっている昨今、何がいいのか分からなくなることがよくあります。
例えば「80'S リバイバル」とかいって、当時流行ったファッションや音楽なんかをちょこちょことアレンジして差し出されると、最初は‘これはないな’と思っていても、何度もテレビや雑誌で刷り込まれ、オシャレなモデルやクリエーターがプッシュ(最近はレコメンドっていうようですね)したりすると、‘意外にいいかも’と、コロッといかれてしまいます。
そして、‘一周まわって’なんて言葉が普通につかわれる世の中になったもんだから事はさらに複雑に。自分自身や他人との意識の探り合いをどこまですればいいのか、正直分かりません。
いま吾輩がいちばん分からなくなっているのが、ジーザス・ジョーンズ。80年代のおわりに登場した元祖ミクスチャーロックバンド(この言い方、ダサい)として当時人気があったのですが、どことなく色モノ的に扱われたせいもあってか、あっという間に過去のバンドになってしまいました。
でも、メロディはツボを突いているし、サウンドもグッとくるものがある。たぶんカッコいいと思うんですけど、どうも自信を持っていうことができません。
ためしにちょっとこのPVを見てもらえますでしょうか。
恥ずかしさとカッコ良さの間の微妙なポイントを突くセンスがイカすと思うのですがいかがでしょう。(関係ないですがこの頃のバンドって、よくヒラヒラ踊ってるメンバーがいましたね)
これがダイレクトなカッコ良さなのか、何周かまわってのカッコ良さなのか、元の足場を失っているが故、ホントのホントに分かりません。
自分がカッコいいと感じるものを素直に褒められない吾輩は、かなり蝕まれていると思います。

余談ですが、仕事でキャッチコピーやタイトルを考える機会が多々あるのですが、先方がまったくイメージを持っていらっしゃらない場合やターゲットが明確に定まっていない場合などは、何周まわったものを書けば良いのかかなり悩んでしまいます。
また、街中に貼られているポスターやテレビCMを見ると、大手企業の、おそらく有名な方が手がけられた宣伝物にも‘こんなんでいいんですか?’っていうものが、かなりの頻度であります。こういうのって、その企画に携わっていた人みんながああだこうだとやっているうちに、何周まわったのか分からなくなってしまったせいじゃないかと思います。

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2009年09月04日

枯れたらファンキーになったYMO

090904.jpg今、‘枯れた味わい’といえば、YMOのことをいうんじゃないでしょうか。昔はトンガりまくって、世界の音楽シーンの先端を走っていた彼らが、21世紀に入りHASをきっかけに集まってからはテクノポップ、アンビエント、エロクトロニカというカテゴリーではくくれない(けど、どの要素もある)、妙に心地の良いオジントロニカを展開。音楽だけでなく3人の関係も和んでいて、すごくいい感じになっています。
そんな彼らが、マッシヴ・アタックがキュレーターを務めた「メルトダウン・フェスティバル」に出演した時のライブを収めたDVD『POSTYMO』を鑑賞。先にCDが出ていたのですが、こちらはあえて買わず、このDVDに楽しみを集中させていました。サポートメンバーはスティールギター〜高田蓮、ホーン&ブログラミング〜権藤和彦、そしてギター〜フェネスという布陣。基本的にはパシフィコ横浜で行われたライブと同じコンセプトの音づくり。
期待が高まる中プレイボタンを押すと、ステージを真正面から捉えた愛想もくそもないショットが映し出される。ややっ?! これはどうしようもなくチープな出来では?!という不安がよぎる。実際、カメラが少ないせいかアングルのバリエーションも少なく、昨今のライブ映像を見慣れた目には間物足りなさを感じるかも知れません。
さらに演奏しているメンバーの手元や、このフレーズの時はこの人を映してよという所謂ファンのツボもことごとくハズして、顔のアップばかりを映し出したりしています。でも怒ってはいけません。カメラマンはきっとメンバーがミュージシャンではない何か別のものにヘンゲしていることに気づいたのです。
その証拠に、教授は首をカクカク動かすゼンマイ仕掛けの人形、高橋さんは仏像、細野さんはお地蔵さんにしか見えません。もちろんこれはサイコーの賛辞です。黙々と楽器を弾くお三方は本当にカッコよく、特に高橋さんの表情が素晴らしい。
さて、肝心の演奏の方は横浜でのライブよりも格段に弾んでいて、中盤からはスライの密室系ファンクみたいになっています。メロディーはコンピューターにまかせて、3人はひたすらリズムを刻んでいるので、これは意図的なものでしょう。特に細野&高橋のリズム隊が素晴らしく、楽器を弾きながら寝ちゃうんじゃないのという雰囲気なのに強烈なグルーヴを出しています。このDVDを見て、高橋さんのドラムの凄さを今までにないくらい感じました。
いやホント、今のYMOはいいです。是非ともアルバムを作ってほしい。

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2009年08月11日

美意識のある音楽

090811.jpg夏の夜、クーラーのきいた心地よい部屋にいると、お酒をチビチビやりながらムーディーな大人の時間を過ごしたいという想いにかられます。でも吾輩はひとり酒ができないタチで、仕方なく氷でキンキンに冷やしたお茶やコーヒーを飲むことになります。別にそれはそれでいいんですけど、ムーディーからは遠ざかってしまいます。
いい雰囲気に浸るためには、音楽も欠かすことができません。どんな音楽を聴いてムーディーなるかは人によって違いますが、吾輩はサイレント・ポエツを重宝しています。
サイレント・ポエツのアルバムはどれも好きで、その中でも特に『Potential Meeting』がお気に入りです。結構ベタな叙情性があったりするんですが、一本スジが通っているのでチープな感じにならないし、今聴いてもまったく色褪せていません。
それと、アルバム中盤になるとダブ色が濃くなってきて、独特のダレた展開になるのも特徴。このあたりはメンバー(今は下田氏のソロユニットになっているようですね)がニューウェイヴの血を受け継いでいることが感じられて嬉しくなる。
とにかくサイレント・ポエツのキモは「美意識」。それは下田氏のDJにもあらわれています(彼のプレイをちょこちょこ聴いていたのはもう10年以上前の話ですけど)。独自の選曲でひとつの世界を作り出していて、すっかりファンになりました。この曲とこの曲を同じ文脈で捉えるのかと、目からウロコ状態になることもしばしば。彼のDJは盛り上げることだけに躍起になっている人や、オレ様サイコー的な人たちとは真逆の姿勢で、いつも音楽が中心にあったように思います。もう一度騒がしいクラブじゃなくて、落ち着いた雰囲気の中で彼のDJを聴いてみたいなぁ。

サイレント・ポエツといえば、風間杜夫と浅野ゆう子の不倫ドラマ『都合のいい女』の音楽をやっていましたね。ドラマ自体がド級につまらなくて、音楽も浮きまくっていたような記憶があります。こっちは、もう一度見なくてもいいです。

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2009年07月09日

夏はアンビエントで煩悩抹殺

090709.jpgこの前の週末は土日とも家族3人で、御所〜メディテーションズさん〜かもがわカフェさんを巡るデジャヴューなコース。ただし、初日は移転されたばかりのメディテーションズさんを見つけられず荒神口あたりをグルグル徘徊。そして夜は近くの商店街の夜店大会に行き、片手にビール、もう片手に鮎の塩焼きなんかを持ってブラブラ。これからいろいろな神社や商店街でお祭りや夜店大会があるので楽しみです。おチビも浴衣を買ってもらい、かなりテンションあがってます。

さて、これから本格的な夏がはじまりますが、皆さん夏といえばどんな音楽を連想しますでしょうか?‘夏はレゲエがイチバン’というピースな人もいれば‘夏フェスに行ってロックで盛り上がる!’という熱い人もいるでしょう。吾輩の場合、夏はアンビエントです。年々暑さに弱くなっているカラダと心を癒すには、アンビエントによるクールダウンが最適。あと、煩悩を抑えるのにも役立ちます。レゲエはヌッタリ、ジャズはマッタリ、ロックはギンギンに愚息が活気づくものですが、アンビエントを聴いている最中って不思議とそういう煩悩がわいてこない。(というのはウソでして、聴き終わったらズリセンしちゃおうかなと考えています)
そんなワケで今年も気温の上昇にともない、吾輩のターンテーブルにアンビエントが乗る頻度もアップしています。最近のお気に入りは、ちょい前にも取り上げたウィリアム・バシンスキーの『92982』とテイラー・デュプリーの『ジャニュアリー』、そして先日メディテーションズさんでゲットしたクラウス・ヴィーゼの『タッチ・オブ・サイレンス』です。
『タッチ・オブ・サイレンス』は約1時間、シンギングボウルというチベット密教でつかわれる法具がゴ〜ンゴ〜ンと鳴らされるだけなんですが、この音色と打ち鳴らされる間隔、波動の圧が凄くて、うっかりしているとクールダウンどころか涅槃に連れて行かれそうになります。
あと、SPEKKからテイラー・デュプリーとステファン・マシューとのコラボ作品がでましたね。試聴したらすごくいい感じのドローンなので、これもこの夏の愛聴盤に加え、吾輩の煩悩抑止に貢献してもらいたいと思います。

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2009年06月21日

心の余裕

090621.jpg今年の初めに仕事場のiMacが故障(この時は奇蹟的にデータは助かり、修理代も4年間保証でタダ)して絶望の縁に追いやられてから半年、今度は完全にクラッシュ! 画面に細いスジが3本入って不吉だなと思っていた矢先の出来事でした。
高い修理代を払ってまたすぐに壊れるのもアホらしいので、思い切って新しいiMacを購入。ライターという職業柄、高価なソフトは必要ないものの、それでも20万円ほどの出費。ミスターTのパンチ並みにはらわたにズシーンときます。
それにしても、こんな高価なものがわずか4年ちょっとで壊れてしまっていいんでしょうか。しかもお店やメーカーの人が半笑いで‘コンピューターのことだから、こればかりは仕方ないですねぇ’なんてことを平気で言うのも納得いかない。晩メシ抜いて半ベソかいてでも直してほしい。
吾輩のようにマシンの機能の5%も使ってない者からいわせてもらえば、高度な機能は要らないから壊れにくくしてほしい。唄にあるように、昔の時計だって100年動くんだから、それくらいのことをしてもらってもバチはあたらないと思います。
とまぁ、パソコンが壊れてブルーになりましたが、今回はバックアップしてあったので、まだ心に余裕がありました。(といっても半月分くらいのデータとすべてのメールが消滅しましたが…)
どれくらいの余裕だったかというと、家に帰ってウィリアム・バシンスキーの『92982』を聴けるくらい余裕がありました。これは大物だけがまとうことのできる風格じゃないかと思います。
さて、『92982』ですが、すごく良いアンビエントミュージックです。ウィリアム・バシンスキーの音楽はメランコリックで美しいタイプと、ちょっとサイケな感じの2タイプがありますが、このアルバムに収められているのはメランコリック系の曲。自宅の窓を開けたままレコーディングしたらしく、まわりから聞こえてくるヘリコプターやサイレンの音も入っています。まさに環境音楽ですね。夏の夜にかければ、エアコンがなくても2〜3℃下がると思います。が、壊れたiMacのことを思い出すと、体温が3〜4℃上がってしまいます。

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2009年05月14日

いい顔

まずは映像をご覧くださいませ。みうらじゅんさんがサックスをはじめたワケではありません。この人はジョン・ゾーンというサックス奏者で、ジャズ、前衛音楽、映画音楽、ユダヤをはじめとする民族音楽などをミックスしたり、切り刻んだりしている音楽シーンの重要人物です。お気づきだと思いますが、今回は彼が主役ではありません。クローズアップするのは、彼の後ろでドラムを叩いているジョーイ・バロンです。
どうです、カッコ良かったでしょ。このセンスとテクニック、脱帽です。ドラムってリズムを刻むだけじゃなく、メロディ楽器でもあることを強烈に教えてくれます。この演奏を見るだけで、彼が最高のドラマーの一人だということがお分かりいただけると思います。
そして演奏だけでなく、ジョーイ・バロンをはじめメンバー全員の顔がいい。『KITSCH PAPER vol.1』の特集でも書きましたが、音楽は半分顔で演奏するものだと吾輩は思っています。たいしたフレーズを歌ったり演奏したりしているワケでもないのにいい顔されると、何かすごくカッコ良く見える。(彼らは演奏もすごいですが)ジョン・ゾーンなんて完全にジョーイ・バロンのプレイで目がトロ〜ンとなっちゃってますよね。そしてバロンも‘オレ、感じさせてるよ’と悦に入っている。まさに男同士の熱いセックスが繰り広げられているのです。この場合4人だから乱交ってことになりますね。すみません、何をいいたかったのかさっぱり分からなくなってきました。
そうそう、セックスもいい顔すれば盛り上がるってことです。…なんか違うような気がする。

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2009年04月25日

ブレてない ゆらゆら帝国

090425.jpgこの2週間、子どもが入院したり(無事退院しました)、夫婦そろってインフルエンザにかかったり、もう大変。『Mr.Boo!ギャンブル大将』の広川太一郎の言葉を借りると、‘一難去って、これ何なん?!’という心境でした。いやはや、健康ってホンマに素晴らしい。

そんなワケでちょい前の話題になるのですが、久々にイカすロックが聴きたくなって、仕事帰りにタワレコへ。ベックの新しいアルバムを試聴したら良かったのでレジへ持っていこうと思ったのですが、やっぱりやめて、ゆらゆら帝国の『空洞です』に。結構新しいアルバムだと思っていたら、発売されたのはもう2年前。前作の『SWEET SPOT』が出たのが去年くらいに思っていたのでビックリ。40近くになると時間の感覚もだいぶユルくなってきます。
『空洞です』、タイトルからしてすごいです。ミック・ジャガーが大口開けてシャウトしても、ジョニー・ロットンが‘アイ・アム・アンチ・クライスト’と唾を吐いても、野外フェスでラブ&ピースな振りをしても、ひと言‘空洞です’といわれたら、いい返す言葉がありません。
しかもサウンドもハンパない強度を誇っている。日本のロックってほとんど聴かないのですが、吾輩の知る限りそうそうある類の音じゃありません。世界的にみてもピカイチのオリジナリティだと思います。
無駄な音をとことんそぎ落とし、バンド名の通りトレモロを多用したゆらゆら揺らぐサウンドは、聴く者の時間感覚を麻痺させてしまう。
歌詞もひと言ひと言、これしかないという言葉が絞り出されていて、心にズンと響いてきます。2曲目「できない」で‘笑顔で最高っていえるか?’と問われ、‘そんな無邪気な時代は終わったさ’と、オトナな言い訳がポツリとこぼれ出る。でも9曲目「ひとりぼっちの人工衛星」で泣きました。
『空洞です』、傑作です。

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2009年04月11日

インC〜カバーの定番

090411.jpgここ数年、アメリカ・日本の映画界で多くのリメイク作品がつくられています。が、たいていはオリジナルのファンに酷評される結果に。吾輩はリメイクものに甘い方で、世の中的には評判が悪くても好きな作品が結構ある。
音楽の世界ではリメイクはカバーと呼ばれ、昔も今も星の数ほどカバー作品が生まれています。音楽の場合は映画ほどオリジナル信奉が強くなく、オリジナルよりも評価されているカバーが多くあります。
音楽だとオリジナルからかなりカタチを変えてもカバー作品と見なされるのに、映画はオリジナルから脱線するとアイデアを借りた別作品になってしまうのは何ででしょうね。作品をひとつのカタチにしばりつける力って、メロディよりもストーリーの方が強いんでしょうか。
さて、数多くのカバー作品がつくられている音楽シーンでも、カバーの定番(スタンダード)とされる曲があります。例えばジャズなら「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」、ボサノバなら「イパネマの娘」、テクノなら「E2-E4」といった曲もそれにあたると思います。そして現代音楽でいえば、これはもうテリー・ライリーの「インC」が一等賞でしょ。
この曲は‘ド’の音を繰り返して鳴らして曲の土台をつくり、その上にあらかじめ用意された53のフレーズを演奏者が自由に重ねていくという、ミニマルミュージックの代表曲です。こんな面白い素材をミュージシャンが放っておくはずがなく、多くの人たちにカバーされています。吾輩もいろんなバージョンを聴きましたが、いちばん好きなのはオリジナルではなく、上海フィルム・オーケストラによるカバーだったりします。
このバージョンはいろいろな民族楽器によって極彩色に塗り上げられていて、もはやミニマルミュージックとは呼べない派手派手しい感じになっているのですが、アジア特有のゴッタ煮汁が出ていていい。
「インC」にはまだまだ聴いたことのないカバーがあるので、気長に集めたいと思ってます。
この曲、学校の音楽の授業でやっても盛り上がるんじゃないでしょうか。

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2009年03月26日

いちばんファンキーな遺作

090326.jpgたまに、最近はすっかり頑固オヤジを見かけなくなったなんてセリフを聞いたり見たりしますが、この鋭い眼光を見たら、慌ててその言葉を引っ込めてしまうでしょう。少なくとも吾輩はオシッコちびりそうになります。でも、家にこんなジイさんがいたら、子どももグレようがないですよね。学校でビビってる先輩の何倍もワルそうですから。
帝王マイルスがこっちをにらみつけているのは、彼が生前最後にレコーディングしたアルバム『Doo-Bop』のジャケットです。このアルバムはビジュアルだけでなくサウンドも、王道にして常に革新的だった彼のスタイルを物語る尖ったものになっています。60歳過ぎてるのにイージー・モ・ビーを引っぱり出してきて、ジャズとヒップホップを合体させちゃおうとしてるんですから。はっきりしたことは知りませんが、このアルバムがつくられた90年代前半にこういうことをしている人ってそんなにいなかっただろうし、しかも今聴いてもダントツにカッコいい(真っ当なジャズファンにはすこぶる評判悪いそうですが)。マイルス・デイビスが凄いのはプレイだけじゃなく、旬の音楽を嗅ぎわける嗅覚とそれを実践するパワー。普通、キャリアの締めくくりに差し掛かると‘偉い人願望’が出てきて、評価されやすい作風になるもんですが、この人はまったく逆。とても死ぬ寸前につくったとは思えません。この貪欲さ、空恐ろしいです。
何でも、晩年、マイケル・ジャクソンが着ている服を見て、お付きの人に‘イカすじゃねえか。俺様の服もあいつと同じテイラーにつくらせんかいッ’と言ったとか。自分のジイさんなりオトンがそんなことを言いだしたら、間違いなく気が狂ったと思います。マイルス・デイビス、やっぱり常人ではありません。

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2009年02月28日

和ジャズへの道

090228.jpg吾輩は、イカすレコードジャケットを楽しむ「Jacket Watch」のメンバーとして、カッコいいジャケットやおバカなジャケットを見つけるため、日々いろいろなサイトやレコ屋を巡回したりガイドブックを物色しています。
そしてつい最近、金山の鉱脈といいますか、開けてはいけないパンドラの箱を発見してしまいました。
それは昭和の和ジャズです。吾輩の中では「ニッポン」と「ジャズ」という組み合わせが、何となくお箸でハンバーガーを食べるような感じに思えてまったくノンタッチでした。それがひょんなことで検索に引っかかってきて、ビビ〜ンと電流が走ったワケです。
ここでピックアップしたジャケでも分かるように、オシャレなのか、カッコいいのか、クールなのか、粋なのか正直判断がつきません。ただ、ブルーノートなどのジャケットを参考にしようとしたものの日本の土着センスがそれに勝ったことで独自の世界が生まれていることは間違いありません。(あと、白木さんが金本アニキに似過ぎなことも間違いありません)
この世界観は観光地でよく見かける‘ヘンテコさ’に似ているんじゃないでしょうか。‘ザ・観光地’の町なみや土産物って、日本情緒あふれる素材を売り込むために西洋から伝来したポップな感覚でアピールしようとしたところ、日本の土着センスと化学反応を起こして‘カワイイ’‘ファンシー’というカタチに変形し、結果どう考えても素材の魅力をブチ壊すものになってしまっている。
和ジャズのジャケットにもそんな危うい配合が見て取れます。こんなステキなものをビジュアルだけ見て満足するか、音にまで進出するかで吾輩の懐具合は大きく変わってきます。あぁ、知らなければよかった…。

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2009年01月14日

M/Dの聴きはじめ

090114.jpg今年の抱負のひとつ「マイルス・デイビスを中心にじっくりジャズを聴いてみる」を実践するために、最近中年の尿漏れのようにチョロチョロ M/Dのアルバムを聴いています。
もともと吾輩はM/Dの熱心なファンではなく、持っているアルバムも代表作といわれるものばかりで、しかも結構な歯抜け状態。そもそもジャズ自体そう熱心に聴き込んだことがない。
ジャズっていうと今でも小難しくて敷居が高いイメージが抜けなくて、こわいオジサンから‘お前なんかジャズを聴く資格なし!’と怒られそうな気がするんですよね。
よく雑誌なんかで‘ジャズを気軽に聴いてみよう’みたいな切口の特集がありますが、やっぱり身構えてしまう。なので、もう開き直って、身構えたまま聴いてやろうという気持ちになりました。で、誰から聴こうかと考えたところ、帝王ことM/Dのイカつい顔が浮かんだというワケです。

そんなプレッシャーを受けながら聴きはじめたのですが、今回改めて『カインド・オブ・ブルー』の素晴らしさを実感しました。このアルバムの凄さは、1曲目「ソー・ホワット」の出だしに凝縮されているといってもいいでしよう。ビル・エバンスのピアノが静かに鳴りはじめ、絶妙のタイミングでM/Dのトランペットが入ってくる。この瞬間、確実に音の爆発が起こっています。それは、ロックのダイナマイト的な爆発とは違う、カラダの芯を燃やす青白い炎がつく感じです。これは、吾輩が今まで聴いた音楽の中でもっともパワーを感じた瞬間と言ってもいいくらい。
ヴァン・モリソンの『アストラル・ウィークス』も同じような熱を持っていますが、こっちはパチッパチッと燃える焚き火で、爆発はしない。
『カインド・オブ・ブルー』は2曲目以降も薄いガラスのように繊細なんだけれど、うちに秘めたアグレッシブさ溢れる演奏が繰り広げられます。特にビル・エバンスとジョン・コルトレーンのプレイが冴え渡る「ソー・ホワット」と「ブルー・イン・グリーン」は極上モノ。要するにモード奏法を体得した強者が火花を散らせているというワケです。ってエラそうにモード奏法なんて書きましたが、耳で聴いて‘モードっぽい’と思うくらいにしか分かっていません。でも、この2曲が他の収録曲と違う雰囲気を持っているのは間違いありません。
はぁ〜、イキって書くと肩が凝りますね。でも、たまにイキると気持ちに張りがでますね。
実は今、『イン・ア・サイレント・ウェイ』をかけているのですが、今までこんなにカッコいいとは気づきませんでした。どちらかというと『オン・ザ・コーナー』や『ビッチェズ・ブリュー』のかげに隠れがちな作品なのに。これは、また別に機会に取り上げたいと思います。

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2008年12月03日

イカすお坊さん

081203.jpg小さい頃よく‘将来、何になりたい?’と訊かれたものですが、今なら迷わず‘ヤル気のない開き直ったお坊さん’と答えます。
仕事のことで頭を悩ましながら街を歩いていたり電車に乗っていたりすると、すっごく楽しそうに談笑しているお坊さんグループに出くわすのは偶然ではなく、やっぱりそういうお坊さんが多いからなんでしょう。
巨人の二岡選手が山本モナとのイチャイチャシーンをスクープされた時、反省して坊主頭にしましたが、微妙にオシャレ坊主のテイストが入っていて余計に納得のいかない気持ちになった人は多いはず。でもこれは、お坊さんに対するイメージがユルくなっているあらわれなのかもしれません。

そんな吾輩のお坊さんイメージを正してくれそうなのが、23スキドゥの『アーバン・ガムラン』というアルバム。
ジャケット、カッコよ過ぎです!ジャケットのインパクトでバンド名は以前から知っていたのですが、アナログ盤はどれも高い値段がついているため聴いたことはありませんでした。
しかし、このたび‘奇跡のCD化!’(店員さんコメント)。聴く前に裏ジャケを見ると、カンフー着を身につけて蹴りを入れている男の写真が。もうこのセンスだけで合格です。にも関わらず、音までサイコーなので参ってしまいました。
ガムランなどの民族音楽やダブをニューウェイブ・バンド独特のセンスで料理した感じで、個人的には同じ畑のポップ・グループやディス・ヒートよりもこっちの方が断然好き。
実験音楽のフィールドだとデヴィッド・シェイ、テクノ〜エレクトロニカだとルーク・ヴィバートのプラグなんかに通じるものを感じるのですが、つくったのはこっちの方がずっと前。すごいトンガリようです。
やっぱり坊主は頭を丸めるほどソリッドになってもらわなければ。別に23スキドゥのメンバーはお坊さんではありませんが、そう思います。

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2008年11月27日

ロックバンドの美しい在り方

081126.jpg最近、フェイバリットバンドのライヴDVDを2本ゲット。ひとつは、スタイル・カウンシルが『カフェ・ブリュ』を発表した直後に行った日本でのライヴを収めた『Far East & Far Out』。もうひとつはポリス再結成ライヴ『サーティファイアブル』。
熱烈なファンだからということもありますが、どっちもサイコーです!スタカンはとにかくポール・ウェラーがカッコいい!ポロシャツにスリムパンツ&ローファー、とどめにサマーセーターを腰にまくという石田純一真っ青の80'sファッションに身を包み、名曲の数々をプレイ。最近のお腹ポッテリ気味なお姿を見て複雑な気持ちになった吾輩は、ソリッドな当時のアニキを見てまたまた複雑な心境に。むかしスタカンは演奏がヘタだとコキおろされていた記憶がありますが、改めてじっくり見ると上手くはないですが案外イケてます。でも、DVDのパッケージはもうちょっとどうにかならなかったんですかねぇ。しかもミック・タルボットしか写ってないて!

ポリスの『サーティファイアブル』は圧倒的な完成度。アンディ・サマーズのルックスは時の流れを感じさせますが、プレイはまったく衰えを感じさせません。嗚呼、京セラドームでのライヴの感動がよみがえる。冗談ぬきでDVDを観ている間、何回も頬を熱いものが流れました。3人の緊張感あふれる関係も昔のままで、デラックス盤についているドキュメントでは未だにスティングとスチュワート・コープランドがやり合っている姿が拝めます。今のスティングに‘お前にはオレの叩き出すビートが難しすぎたか?’なんて言い方ができるのはこの人しかおらんでしょ。でも3人はそんなやりとりを楽しんでいるようで、楽器を持っていない時はやたらニタニタしている。これが大人の余裕ってやつでしょうか。

自分の持っているスキルを出しきってパフォーマンスをするスタカンと、ありあまるテクニックを抑えてバンドサウンドをつくり出すポリス。アプローチは真逆ですが、どっちもロックバンドとして美しい。

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2008年10月29日

ファナ・モリーナの世界

081029.jpgファナ・モリーナの作品は試聴で流し聴きしたくらいで‘ははぁ〜ん、こんな感じか’と分かったつもりでいたのですが、大きな間違いでした。新作の『ウン・ディア』、えらいことになってますやんか!
まずジャケットからして普通じゃない。今まではオシャレだったりカワイかったり、どこか人の目を意識しているところがありましたが、このジャケは吹っ切れている。完全に弥生から縄文にシフトしましたね。
音にしても、彼女のささやくようなボーカルとアコースティックギターにお上品なエレクトロニカサウンドが乗っかるイメージだったのですが、そんな足し算では説明できないユラユラ、フラフラ、ドロドロな世界が繰り広げられています。強引に例えると、ケイト・ブッシュの夢見少女的なオカルトワールドとビョークの巫女的なパワーを合体させて、さらにその先へいったような感じ。何かダメな音楽ライターみたいな書き方をしてさらに分かりにくくなってしまいました。でも、悲しいかな吾輩もきちんと言いあらわせません。
こんな作品をつくってしまったら、ビョークが『ホモジェニック』を境に巫女パワーを減退させてしまったように、モリーナさんも枯れてしまうんじゃないかと心配でなりません。
まぁ、そんな心配をする暇があったら、自分の将来を心配した方が良いとは分かっているのですが…。

そんなことはさておき、前作『SON』まで聴いていたオシャレディたちはこの作品に食いつくんですかねぇ。興味あります。
そして、こんなヘンテコでディープな音楽がCDショップで普通にイチオシされていて、同じ店で羞恥心がガンガンかかっている日本の音楽シーンってのもなかなかディープです。

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2008年09月26日

プリミティブ・ロック

080926.jpgこのジャケット、イカすにもほどがあります。
ポルシェの横でカッコよくバイクにまたがっていらっしゃるのは、フィリピンのJuan De La CruzというバンドでギタリストをしていらっしゃるWally Gonzalezというお方です。
MEDITATIONSさんにアナログ盤が飾ってあるのを見てからずっと気になっていたのですが、ベリー・エキシペンシブだったので泣く泣く見送っていたら、知らない間にCD出てるじゃないですか!
というワケでゲット。正直ジャケだけでもう十分満足なんですが、うれしいことに中身もスゴいことになってます。
何かうまくいえませんが、欧米諸国のミュージシャンや日本のアーティスト様が失ってしまった(はなっから持っていない?)ロック本来の原始的パワーが満ちあふれているんです。
ジャケを見てお分かりの通り、全編‘オレ様サイコー節’全開なんですが、この人の場合はそのカッケー姿をロックの神様に捧げているんです。
今時、相当アタマが悪くなければ歌えないようなロックチューンも、背筋が寒くなるバラードも100%マジですから。
特にドチープなシンセ音が飛び交う5曲目「Open Fire」では、絶対にアチラ側のお方と交信しています。このバカさ…失礼、純粋さから生まれるパワーは、カッコつけることしか興味のないアーティスト様やインテリバンドには出せません。
現代芸術の巨匠マルセル・デュシャンは小難しい芸術論を彷徨った末に普通の便器を芸術だとおっしゃいましたが、ゴンザレス様は‘この便器、サイコーっす’と涙を流しているようなもの。受け手にとってどちらにパワーを感じるかといえば、それはもう間違いなく後者。いやはや、すごい迫力です。
と、半分おちょくったような書き方をしましたが、素で聴いてもめちゃめちゃカッコいいです。

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