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2016.08.29

池波正太郎のエッセイを教科書に

160829b40半ばになると、お酒の席で渋みのある話やジ〜ンとくる“いい話”をしてみたいという願望に駆られるのですが、気がつくとラジオ体操第一の2番目「腕を振って脚を曲げ伸ばす運動」のポーズに萌え要素があることや、某ジャンルの熟女女優(通称:JJ)の魅力など、何のタメにもならず、徳のかけらもない話になっています。
このままでは、ただのスケベおやじになってしまう。年齢相応の男になりたいと思い、ここ1年、池波正太郎のエッセイを読んでいます。

池波正太郎のエッセイといえば、食に関する文章が有名ですが、大人の男の生き方に関する文章も多く書かれています。
特に目の覚めるようなフレーズがあったり、SNSでシェアされるような“いい話”が書いてあったりするワケではなく、どっちかといえば大したことは書いてないのですが、不思議と滋味に富んでいるんですよね。
そのワケを自分なりに考えてみました。まず、大したことを言っていないところが良い。正論やいかにも立派なことを書かれても、読んでいて肩がつまるし、僕のような天の邪鬼はついつい逆らいたくなる。情報過多にならない、さじ加減も絶妙です。
もうひとつの大きなポイントは、押しつけがましくないところ。例え「男は○○であるべき」と書かれていても、それは池波さん自身がそう考えているだけで、みんながそうしなければならないとは言っていないことが伝わってくる。だから、読んでいてイラッとこないんです。
これらの要素に、素晴しいキャリアを築いてきた自信や豊富な人生経験が加わり、味わいや粋、説得力を醸しだしているのでしょう。
例えば僕が「風呂は熱いのに限る」と書いたところで、「それがどうした」「科学的に間違っている」「お前に言われる筋合いはない」「なぜ上から目線なのか謎」「やけどしたらいいのに」となってしまいますが、池波さんが書くと「確かに気持ち良さそう」「男たるもの、グッと熱さに堪える姿勢をもつことが大事だな」と、勝手に行間を読み取らせてしまう。そこが凄い。普通の書き手は、読み手に「いい話だな」と感じてもらうためには(この意図がすでにイラッとしますが)、ダイレクトに“いい話”を書いてしまう、あるいは書かざるを得ないんですよね。

こうして考えてみると、自分が酒場で渋みのある話をするのは絶対に無理。まずもって説得力がないし、何よりも“いい話”をして共感してもらうより、ラジオ体操第一の話で共感してもらう方が百倍うれしいですから。

posted by ichio