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      <title>KITSCH PAPER</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>北の湖親方は凄い</title>
         <description><![CDATA[<img alt="120202.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/120202.jpg" width="140" height="140" class="left" />人生いろいろ、出会いもいろいろ。人は社会という荒波の中で生きてゆくために、時には敵と呼ばれる人と出会ったり、時には自ら敵にならなければいけないこともあります。しかしそんな厳しい状況にあっても、心持ちひとつで苦境から這い出し、栄光をつかむことだって可能です。
敵を土俵の外へ追いやる押しの強さ、敵の攻撃にじっと耐える粘り腰、そして敵の勢いを削ぐ“いなし”が相撲だけでなく人生においても大切であることを身をもって教えてくたれのが、昭和の大横綱、北の湖親方です。
親方は2002年に相撲協会の理事長に就任。すると力士や関係者たちは「はっきょい、残ってみろ！」と言わんばかりに大麻問題や八百長騒動などを引き起こすツッパリの連打。しかし親方はそんなことではまったく動じません。無愛想、いや他人事…、クールな態度でマスコミ・相撲ファン・世間に対応し、日本人が忘れかけていた「怒り」という感情を呼び覚ましてくれたのです。さらに支え合いの時代を先取りし、トップの人間として責任を背負い込むことなく、みんなでシェアするというモデルケースを示してくれました。そんなこんなでこれといった話題もなく冷えきっていた相撲界は炎上…いえヒートアップしたのでした。再び相撲が盛り上がる様を見届け、親方は渋々…ではなくズバッと理事長の座から引きずり降ろされました。
これで一件落着。といきたいところですが、そうはなりませんでした。何と、親方は先日行われた理事長選挙に名乗りでて、見事当選してしまったのです！きっと親方はこれから新しい時代を担う若い世代にネバーギブアップ精神を教えたかったのでしょう。
そして就任会見で記者の「世間から批判の声が出ていますが、どうお考えですか」という意地悪な質問にも、「そんな声は聞こえてこない」と、お茶目に切り返すのですから敵いません。ホイホイ選挙に出る親方のフットワークの軽さも驚きですが、当選させてしまう角界の懐の深さもかなり常識破りです。
それにしても親方、この顔はどういうことになっているんでしょうか？吾輩はこういうお方とは敵としてはもちろん、味方としてもご遠慮したいところです。
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         <category>ETC</category>
         <pubDate>Thu, 02 Feb 2012 00:55:18 +0900</pubDate>
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         <title>目覚めよ、漢！</title>
         <description><![CDATA[<img alt="120119.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/120119.jpg" width="140" height="140" class="right" />去年の暮れあたりから元気がありません。普通ならどんなに調子が悪くても2〜3日周期でお腹の下から突き上げてくる衝動があるのですが、最近はナマズのヒゲがピクリと動く程度。そんな自分を受け入れることができず、一人精を出しています。
「奮い立て、オレの中の大和魂よ！」と自分に喝を入れるために観たのが、大橋未久チャンではなく『スーパーフライ』。この映画はドラッグディーラーが自由を求めてハーレム脱出を企てるというブラックムービーの代表作なんですが、完成度はさておき、とにかく主人公のプリーストがイカすんです！
登場シーンからいきりスッポンポンで美女（実際は微妙）を“抱いて”いるのですからたまりません。どうでもいいことかもしれませんが、この時のプリーストの股の広げようと局部隠しのシーツは絶妙です。
中盤にもお風呂でガールフレンドを“抱く”シーンがあるのですが、これが胸焼けするくらい濃厚。黒光りするすべすべお肌、ボリューム満点のヒップ、チロチロ動く舌…あんまり書くとまたまた女性読者が減るのでやめておきますが、途中からエロというより、きれいな馬の交尾を見ている気分になってきます。
エロの他にこの作品の大きな魅力になっているのがファッションや車などのアイテム。錦ゴイのようなコートを着こなし、無駄にデカいキャデラックを乗り回すプリーストのカッコいいこと！ これぞ、漢（おとこ）です！
でも、プリーストと銭湯で出くわしたら絶対に心もカラダも萎縮するのは間違いありません。そう思うと元気のない吾輩の小姓が可愛く思えてきました。
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         <category>MOVIE</category>
         <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 23:18:43 +0900</pubDate>
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         <title>B-BOY＆B-GIRL</title>
         <description><![CDATA[<img alt="120113.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/120113.jpg" width="140" height="140" class="left" />“伝統と革新の融合”というスローガンはいろいろなフィールドで掲げられていますが、それは仏像の世界も例外ではありません。従来の教科書的なスタンスで“ありがたみ”をアピールするだけではほとんどの人が関心を示さず、存在自体が忘れ去られてしまうことになる可能性だってないとは言えません。仏像の魅力や伝統文化を伝えるためには少なからず今の時代に響くアプローチが必要です。“そんな軽いことできるか！”というご意見もあると思いますが、困っている人のところまで行って救いの手を差し伸べてくださる仏様もいらっしゃるのですから、時代に合わせてアプローチ方法を変えるのは仏像さんたちもOKなんじゃないでしょうか。少なくとも奈良は「せんとくん」を生み出すようなアグレッシヴな姿勢を持っているので問題ありません。
そういう意味では、JR東海のキャンペーンCM「うまし うるわし奈良　東大寺〜戒壇堂篇」は四天王を前面に押し、頭の中で「スモーク・オン・ザ・ウォーター」が爆音で鳴り響くロックテイストあふれるナイスな仕上がりになっています。
四天王とは仏様を守る異能精鋭部隊。みうらじゅん氏はその出で立ちをしばしばロックバンドに例えていますが、東大寺の四天王は数ある四天王像の中でもとびっきりの重厚感を誇る大御所バンドです。特に世の中のすべての苦悩を背負い込んでいるような顔をした広目天（ベース）と多聞天（ドラム）の深みは尋常ではありません。普段は派手な増長天（ボーカル）と持国天（ギター）に目がいきがちですが、ここはベースとドラムが目立つモトリー・クルー状態になっています。

ところで近頃ひしひしと感じるのが大物ロックバンドの高齢化。ストーンズのメンバーは70近くだし、ニューウェイヴといわれる人たちも今や立派なオールドエイジ。彼らのようなスケール感のある若い世代というのもそれほど出ていないようだし、もはやロック自体が若者のカルチャーではないのかも知れません。

ということで仏像界も今後はロックテイストだけでなくストリート感覚を取り入れたアプローチをとるのもいいんじゃないでしょうか。まずはパイオニアがダンサー仕様のオーディオに力を入れているのに乗っかって、ビートの利いた声明で踊ったり、街中でラップのようにお経をあげるB-BOY＆B-GIRL（「B」はもちろんBUTUZOUの「B」）が現われるシーンをつくってはどうでしょう。
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         <category>ETC</category>
         <pubDate>Fri, 13 Jan 2012 14:21:22 +0900</pubDate>
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         <title>子どもの遊び</title>
         <description><![CDATA[<img alt="120104.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/120104.jpg" width="140" height="140" class="right" />新年明けましておめでとうございます。
日本は相変わらず大きな停滞感・閉塞感につつまれており、我が家においてもどういうワケか年末ジャンボがハズれるという予想外の事態が発生して慌てふためくことになりましたが、へこたれずにがんばっていきたいと思います。
さて、年末年始の休暇は比較的ゆっくりとれたのですが、当然のことながら大掃除・実家への挨拶・子どもとの遊びで終了。
子どもがトランプのババぬきと七ならべをおぼえ、狂ったようにプレイ。（神経衰弱は夫婦間で大人のプライドをかけた静かな戦いが繰り広げられ、微妙な空気が漂うため回避）さらにお年玉で買ったリカちゃんのサーティワン アイスクリーム ショップを中心としたリカちゃん祭りが繰り広げられ、そのお付き合いでヘトヘトに。
気力が限界に近づいたのでホンマもんのサーティワンへ行って、お気に入りのバニラonバニラを食べて息抜きをする。家に帰り再開されたリカちゃん遊びを見ていると、リカちゃんだけでなくシルバニアファミリーと木の人形をゴッチャにして遊んでいるではありませんか！　子どもの頃友だちとガンプラで遊ぶ時、スケールの違うものを平気で一緒にするヤツにイラッときていた吾輩としては黙ってスルーするワケにもいかず理由を聞くと、何と、リカちゃんの見ているテレビでシルバニアファミリーを放送していて、シルバニアファミリーが木の人形で遊んでいる設定だという答えが返ってきてビックリ。子どもって無意識にすごいことしをているもんですね。
こういう感覚は大人になるとある程度訓練していないと消えていくもので、先日某バラエティ番組を見ていたら明らかに作り手の中で虚構の階層が整理されておらず、担当した放送作家は日頃本を読んだり落語を聞いたりしていない人なんだなとガッカリしたばかり。

でもうちのおチビの場合はいちばん下の階層である木の人形の世界に夢中になり、上の階層でリカちゃんの友だち役を担当している吾輩は待ちぼうけをくらう『インセプション』状態でした。]]></description>
         <link>http://www.kitsch-paper.com/archives/2012/01/post_539.html</link>
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         <category>DIARY</category>
         <pubDate>Wed, 04 Jan 2012 22:30:06 +0900</pubDate>
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         <title>絶望を楽しむ</title>
         <description><![CDATA[<img alt="111208.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/111208.jpg" width="140" height="192" class="left" />歴史に名を残す偉人たち、自分の目指す道で成功する人たちは、「絶対にあきらめない」というネバーギブアップ精神を持っていると同時に、常識という物差しではかれない執着心の持ち主でもあります。普通の人間はそんな境地に行き着く前にあきらめたり逃げたり知らんぷりをして、安住の地へ引き返します。
メディアや交通が発展し、すぐれたものに出会う機会が多い今の時代、刺激を受けることが増えた反面、“もう出つくした感”によるトンズラ傾向も強くなっているんじゃないでしょうか。
話はズレますが、吾輩はFacebookでいろんな人がアップする出来事を鼻をほじりながら眺めていると、みんなとんでもなく楽しくて充実した毎日を送ってるような気がして言いしれぬ不安を感じてしまう有様です。自分も負けずに‘今日食べた○○のチーズケーキ、超ウマい！しあわせ〜’とアップしようかなと思ったりもするのですが、‘それがどうした’という脳内ツッコミが入ってスゴスゴ引き下げてしまいます。
何が言いたいのかというと、圧倒的なものに出会うと大きな感動と一緒に絶望も味わうということです。
『電子音楽 in JAPAN』（田中雄二）という本を読んだ後も甘くて苦い思いがカラダ中をかけめぐりました。この本は日本の電子音楽の歴史、いや世界の電子音楽の歴史について語り尽くした圧倒的な名著です。べつに吾輩には電子音楽の分野で何かを成し遂げてやろうといった野望はこれっぽっちもありませんが、どの世界にもこれくらい突き抜けた人がいるんだなぁと思うと、何もヤル気がしなくなってしまうのです。
この本の著者はYMOのメンバー3人それぞれにインタビューを行った『イエロー・マジック・オーケストラ』という本も手掛けているのですが、こっちもカルピスの原液よりも濃い内容になっています。実際このインタビュー本を読んでから、他のインタビューを読んでもちっともおもしろく感じなくなってしまいました。よっぽど新しい切り口がない限り、このインタビューを超えることはできないでしよう。
そんな絶望を感じたいＭな人はぜひ読んでください。

田中氏にはぜひとも90年代以降の電子音楽や、パフュームなど歌謡曲・アイドル界における電子音楽の影響について語ってほしいものです。]]></description>
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         <category>BOOK</category>
         <pubDate>Thu, 08 Dec 2011 23:47:37 +0900</pubDate>
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         <title>深化するトム・ウェイツ</title>
         <description><![CDATA[<img alt="111123.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/111123.jpg" width="140" height="140" class="right" />トム・ウェイツがえらいことになってます！ “イカす”オヤジは世の中にままいらっしゃり、“イカれた”オヤジも家でウンコを煮込む人を筆頭にチラホラお見受けしますが、“イカれていて、イカす”オヤジは、この人しかいないんじゃないでしょうか。
キャラクターだけでなく作品でも唯一無二の世界をつくりつづけている彼が、オリジナルアルバムとしては7年ぶりとなる『バッド・アズ・ミー』で、さらにディープな世界に突入。
今回は『リアル・ゴーン』で封印していたピアノが復活。デビユー以来描き続けている“夜の街”のイメージに、『ボーン・マシーン』から開拓しているジャンクな世界観とパーカッシヴなサウンドを合体させ、デビッド・リンチも真っ青なビザール・ワールドをつくりあげてしまいました。
これは偶然の産物ではなく、最初からねらっていたことが、スリーブにある写真からも分かります。ヘベレケなようで、この確信犯ぶりはまさに酔拳。60歳を超えてこの切れ味の鋭さ、スゴ過ぎです。
今作にはキース・リチャーズやレッチリのフリーなど、大物ゲストの参加が話題になっていますが、それよりも注目したいのがマーク・リボーのギター。彼は『レイン・ドッグ』以来、トム・ウェイツには欠かせない存在になっていますが（『ボーン・マシーン』には不参加でしたけど）、今回の演奏はその中でも特別な出来映え。この人、コステロやアート・リンゼイ、デヴィッド・シルヴィアンなどの作品でも絶品のプレイを聴かせてくれます。
そんな強烈な個性を全部飲み込んでオンリーワンの世界をつくりつづける毒マムシことトム・ウェイツからまだまだ目が離せません。
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         <category>MUSIC</category>
         <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 22:31:13 +0900</pubDate>
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         <title>仕事を深めるために</title>
         <description><![CDATA[<img alt="111117.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/111117.jpg" width="140" height="140" class="left" />仕事場に某経済新聞のセールスマンが来て、‘何関係のお仕事をされているのですか？’と訊かれ、何でそんなことを言わなければならないのか疑問に思いながらも根が素直なので正直に答えると、‘それは世の中の流れを理解しておかないと’と、出来の悪い親戚のガキをさとすように言われる。
これには「観音さん」の異名を持つ吾輩もさすがにムッときて、‘これでも新聞はとっていて、テレビ欄とスポーツ欄、それに週刊誌の広告にはちゃんと目を通しているので、世の中の流れは大体把握しています’と反撃すると、‘う〜ん、なるほど。でも、やはり経済新聞を読んで、より詳しいことを知ることがお仕事柄必要だと思いますよ、えぇ’と、またまたしたり顔で仕事についての要らぬアドバイスをされる。
‘いやいや、わたしの仕事内容はあなたがイメージしているようなものではないので経済新聞は要りません’とキッパリ断ると、セールスマンはプライドが傷ついたのか、‘仕事って、どんな内容ですか？’と食らいついてくるではありませんか。いい加減うっとうしくなったので、‘経済新聞より、あなたとの、このやりとりが要らないんです’と伝えて、お引き取りいただきました。
ドアが閉まったあと、静まり返った仕事場でポツンとひとり。彼が言う通り、経済新聞くらい読んでおいた方がいいのかも…。そう思い、この一年間の仕事をふり返ってみる。
医療関係、教育・カルチャー関係、お寺などの観光関係、住宅関係、企業さんなどのサイトや宣伝ツールのコピー、サービスのネーミング、タレントさんや企業さんのイベント台本、キャバクラ関連のコピー、包茎グッズの紹介文などなど。
見事にバラバラ。最後の方はどう考えても経済新聞と関係ないように思うのですが、やはり読めば仕事に深みとキレ味が出るんでしょうか。
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         <category>DIARY</category>
         <pubDate>Thu, 17 Nov 2011 00:29:33 +0900</pubDate>
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         <title>兄弟愛</title>
         <description><![CDATA[<img alt="111107.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/111107.jpg" width="140" height="140" class="right" />アディダスとプーマ、京都の某老舗かばん屋さんなど、せっかく商売繁盛しているのに、というか、商売繁盛したために兄弟でイザコザを起こすというのはよくあるパターン。こういう騒ぎは当事者にしてみれば真剣なんでしょうけど、傍目にはかなり滑稽に映ります。
そんなイザコザ兄弟界の最前線をいくのが、元オアシスのギャラガー兄弟。本業の音楽だけでなくイザコザの分野でもトップレベルの活動をするのだから流石です。
バンドの大半の曲をつくってきた兄のノエルは職人気質の頑固者、フロントマンの弟リアムは典型的なオレ様キャラ。ただでさえ兄弟でバンドを組むという微妙な関係なのに、一筋縄ではいかないキャラのせいでケンカは絶えず、結成から20年近く経った2009年にイザコザ（しかも音楽とは無関係）はピークに達し、バンド解散という最高、もとい最低の最期を迎えました。
その後、リアムはノエルを除くオアシスのメンバーとビーディ・アイというバンドを結成。そしてつい最近、ノエルも満を持してソロアルバム『ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ』を発表しました。
ビーディ・アイが‘好きなロックを好きにやる’というご機嫌志向なのに対して、ノエルの方は落ち着いた大人のロックという仕上がりに。女性コーラスやストリングスの導入など、新しいことにもちょこっとチャレンジしていますが、アルバムのどこを切り取ってもノエル節全開。驚くような新鮮味はなく、内容の方も傑作とまではいえないかもしれませんが、いいソングライターだと改めて感じました。
彼はこの先、リチャード・アシュクロフトみたいにどんどん地味な存在になっていくんでしょうけど、本人はそのことを受け入れているようなので、どんどんいい曲を書いて、歌ってほしいものです。
個人的には、オアシス再結成はなくても無問題です。お互い別々にやった方が、仲直りできそうな気もしますしね。
京都のかばん屋さんの方は、別々にやってもこじれるばかり。あのこじれよう、かなりコワイです。
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         <category>MUSIC</category>
         <pubDate>Mon, 07 Nov 2011 22:01:33 +0900</pubDate>
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         <title>終わりは始まり</title>
         <description><![CDATA[<img alt="111027.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/111027.jpg" width="140" height="140" class="left" />最近起きている国の経済破綻や独裁政治の崩壊、大規模なデモなどを見ると、ここ100年でつくられたいろいろなものがガラガラと音を立てて崩れているような気がします。しかしそれに替わるイデオロギーもシステムもないため、人は困惑するばかり。わたしたち小市民は‘いつか良くなる’という希望を持って前進しつづけるしかありません。
そんな混迷の波は、わが国の球界にもやってきました。そう、「モバゲー」を運営するDeNAによる横浜ベイスターズ買収騒動です。他球団からは早くも‘出会い系サイトをやっている会社がプロ野球チームを持つなどけしからん！’と、クレームが出ている様子。しかし飛ぶ鳥を落とす勢いのDeNAはそんなイチャモンなど気にせず、球団名を「横浜モバゲー・ベイスターズ」にし、さらに監督に新庄サンを据えようというのだから驚きです。ちょっとふざけ過ぎじゃありませんかと思わないでもありませんが、今まで散々まともな人が監督をやってボロ負けしているのですから、‘野球大好きやけどルールはもひとつ分からんねん’という素人を抜擢するのもアリかもしれません。この際、歯が白すぎることもスルーしましょう。
間違いなく新庄効果で客入りも良くなるだろうし、「モバゲー」のノウハウを野球観戦にも活かして、入場料無料、だけど2回からは1回につき1000円ずつ課金というシステムにすれば、球団収入もかなり改善されるのではないでしょうか。
しかし「横浜モバゲー・ベイスターズ」という、何となく縁起の悪そうな名前のせいで有望な選手は出ていき、さらに負け数が増えるような気がしてなりません。そして「ボロ負けする」「ガッカリするようなミスをする」ことを‘モバゲる’と言うのが定着するんじゃないかと心配です。
そんなマイナス効果があったとしても、プロ野球球団を持つ宣伝効果は絶大。希望する球団名が認められれば、もう巨人の渡辺会長に「モガベー」と間違えられることもないでしょう。
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         <link>http://www.kitsch-paper.com/archives/2011/10/post_534.html</link>
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         <category>ETC</category>
         <pubDate>Thu, 27 Oct 2011 23:22:28 +0900</pubDate>
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         <title>ローゼズ、セカンド・カミング！</title>
         <description><![CDATA[<img alt="111020.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/111020.jpg" width="140" height="140" class="right" />なんと、ストーン・ローゼズがオリジナルメンバーで復活！
再結成のウワサが立つのは毎度のことで、最近の盛り上がりも完全にスルーでしたが、まさか実現するとは。彼らのファーストを聴いて、本気で‘何かが変わるかも’と思った人間としては胸が熱くなります。
お金、音楽性、恋の終わり…、バンドが解散する理由はいろいろですが、ローゼズの場合は友だち同士の素のケンカと意地の張り合い。解散後のイアン・ブラウンとジョン・スクワイアの‘あいつが謝ってこないかぎりは…’的なウジウジ・モジモジ発言を見るたびに‘もうッ、イライラするな！’と、声をあげたものです。そんな駄々っ子2人の間に入って、何とか仲直りさせようとがんばっていたマニはホントにいい人です。
でも誰もが、解散から15年経った今、どうして再結成？と思うはず。真っ先に頭に浮かぶのは‘メイク・マネー’。しかし、彼らはそれだけで集まるようなタイプではありません。現にイアンはソロでも成功しているし、マニはプライマル・スクリームのメンバーとして活躍、ジョンもアート方面での活動に本腰を入れ、レニは悠々自適の生活を送っている状態。それをオシッコのキレも悪くなる50歳近くになってリセットし、もう一度いろいろあった昔の仲間と集まるというのは相当気持ちの盛り上がりがないとできません。
記者会見を見ると、みんなイザコザなんてまるでなかったような、いい雰囲気が漂ってます。イアンの態度のデカさや、ジョンの目線の落ち着きのなさも昔のまんま。（ついでにイアンの音痴っぷりも当時のまんま）たぶん4人で顔を合わせた瞬間、‘何を今までスネてたんだ’と、バカらしくなったんでしょう。
活動は当面ライブとのことですが、うまくいけばアルバムの制作もあるとか。マニはプライマル・スクリームを抜けるみたいだし、メンバーの本気度が伝わってきます。
ひとつ気がかりなのは、ながく第一線から離れているジョンとレニの状態。レニは天才肌のミュージシャンなのですぐに調子を取り戻すでしょうが、ジョンにかつての閃きが戻ってくるのか？ライブでしっかり勘を取り戻して、「フールズ・ゴールド」や「ワン・ラヴ」の先にあったサウンドを聴かせてほしいものです。くれぐれも『セカンド・カミング』のようなマッチョ路線には走らないように。
ローゼズが再び動きだしたことをきっかけに、当時彼らに影響を受けた世代は、あの時感じた‘何かが変わるかも’という期待感を自分たちでカタチにしていかないといけませんね。
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         <category>MUSIC</category>
         <pubDate>Thu, 20 Oct 2011 00:19:52 +0900</pubDate>
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         <title>レイア姫を見たら考えざるを得ない美の基準</title>
         <description><![CDATA[<img alt="111013.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/111013.jpg" width="140" height="140" class="left" >海外の女性アーティストに対する‘歌姫’というフレーズに違和感をおぼえたことはありませんか？
悪気はなくても ‘あか抜けない田舎のお姉チャンじゃね？’とか、‘クラスで煙たがられている気の強いオンナっぽい’といったイメージが頭をよぎった人は多いはず。
しかしこれは、強引な売り文句をこじつけたのでなく、美人の基準が日本と西洋ではちがう可能生も考えられます。
最近ブルーレイでBOXセットが発売された『スターウォーズ』のレイア姫を見ると、その思いはさらに強くなります。日本人の感覚に従えば、まずないキャスティング。みうらじゅんさんも『ブルータス』の対談でいってましたが、あのレイア姫をソロとルークが取合うことに、今も昔も醒めてしまいます。
でも、よくよく考えると、『スパイダーマン』や新『バットマン』シリーズなど、ハリウッドのヒット作のヒロインって、みんな同じ感じなんですよね。
やっぱり感性の違いなのか？ 吾輩はもう一歩踏み込んで考えました。意図的に‘これはアカンやろ’というキャスティングにして、観客に違和感というかほとんど反感に近い感情を持たせることが、ヒット作を生むハリウッドのギミックではないのかと。しかもそれは、ノーパンしゃぶしゃぶやノーパン牛丼、ランジェリーたこ焼きといった、日本が誇る文化を参考にしているのではないかと。
そういったお店に行った人の感想を聞くと、その多くが‘食欲と性欲を同時に満たすのはムリ！’というものです。吾輩は一度も行ったことがないので実体験として伝えることができないのですが、いわれてみると説得力のある意見です。いや、行ったことはありませんが、そうに違いありません！
この心理を映画と音楽に当てはめると、こわいほどスッポリとハマるではありませんか。とびっきりの美人をヒロインにすれば、肝心の主人公やストーリーがかすんでしまう。絶世の美人が熱唱すればメロディなんてそっちのけで見とれてしまう。二兎追う者は一兎も得ず。おいしい要素てんこ盛りに見えるハリウッドもメジャーレーベルも、実はギリギリのところで勝負をしているのです。ホントの美人はストーリーや音楽性なんてどうでもいい、C級作品で堪能するのが正しいのかもしれません。
それにしても、レイア姫にあのキャスティングはないわ。]]></description>
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         <category>MOVIE</category>
         <pubDate>Thu, 13 Oct 2011 23:43:06 +0900</pubDate>
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         <title>ナンバーワンorオンリーワン</title>
         <description><![CDATA[<img alt="20111002.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/20111002.jpg" width="140" height="200" class="right" />「ナンバーワンではなくオンリーワン」。よく見聞きするフレーズで、なるほどと思わないこともありませんが、ニヤけた顔で自分からそう言われると居心地の悪さを感じます。
オンリーワンになるためには、まわりと比較して他にはない存在にならなければならないワケですから、ある意味ナンバーワンよりも険しいイバラの道が待ち受けていると思うのですが。少なくとも「オンリーワン＝自分にとって楽な場所」ではないはず。
このことを教えてくれるのがプロスポーツの世界。‘オレは打率2割4分5厘、ホームラン2本、でもオンリーワンの選手なのさ’と言ったところで相手にされないどころか、襟首をつかまれることになるのは間違いありません。‘いやいや、角界のロボコップ、高見盛がいるじゃないか’という声が聞こえてきそうですが、最初からあのポジションを狙うって人はまずいないでしょう。「ナンバーワンこそオンリーワン」、それがプロスポーツ選手の在り方なのです。
この原理をもっとも過激に、そしてもっともドラマチックに体現したのがアイルトン・セナとアラン・プロスト。80年代半ば、F1で頂点を極めていたプロストに新鋭セナが挑んだ、俗にいうセナプロ対決が繰り広げられました。ひとつ間違えば命をおとす状況の中で、相手よりも速く走るためだけに、自分の才能だけでなく、つかえるものはすべて利用して挑んだ2人。そこには「ナンバーワンではなくオンリーワンでいい」なんて曖昧な言葉が入り込む余地はありません。
『セナvsプロスト 史上最速の“悪魔”は誰を愛したのか!?』（マルコム・フォリー）は、タイトルはちょっと恥ずかしいですが、2人の死闘を垣間みることのできるおもしろ本です。プロストのインタビューをメインに構成されているため、プロスト寄りの内容になっているかもしれませんが、「セナ＝正義の味方」という日本のメディアの煽りしか触れたことのない人にとっては新鮮なはず。
プロストに勝つだけでなく、破壊しようとしたセナ。それに必死に抵抗するプロスト。プロストが引退した途端、セナが‘カムバックしてほしい’と直々に電話をかけるという2人の関係。この凄まじさを見ると、「ナンバーワンではなくオンリーワン」と、ニヤけた顔して言えなくなります。

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         <category>BOOK</category>
         <pubDate>Sun, 02 Oct 2011 08:12:59 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>新しい自分に出会うために</title>
         <description><![CDATA[<img alt="110924.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/110924.jpg" width="140" height="198" class="left" />「自己改革」「新しい自分に変わろう！」など、自己啓発書の帯にはこの手のフレーズがよく書かれています。
もう、まったく同感です！吾輩もゾンビがあふれ出したら、すんなりとゾンビに生まれ変わり、新たなゾンビライフを送るつもりです。といっても、手足をむしりとられ、内蔵にむしゃぶりつかれるために自らのカラダを差し出すほど人間ができていません。そこで、メガトン級の痛みを味わうことなく、気軽にゾンビになれる計画を立てています。
まずゾンビが家に入ってこれないよう扉と窓をしっかり塞ぎ、玄関の扉に指が一本入るくらいの穴を開けておきます。もちろん食料などはしこたまストックしておき、とりあえず耐えられるところまで耐えます。いよいよ‘お腹も超へったし、牛乳石鹸もなくなったし、これはヤバいな’という時が来たら、用意しておいた穴を開けて、ゾンビが指をこじ入れるのを待ちます。そして、ゾンビが指を入れた瞬間、腕に引っかき傷をつけてもらう。これで感染完了。ネコに引っかかれるくらいの痛みで無事ゾンビになれる、まさに画期的なソリューション。ゾンビ化するまでに発熱でしんどくなるかもしれませんが、それくらい我慢する覚悟はできています。
この計画は子どもの時からあたためていて、最近読んだ『ワールド・ウォーZ』（マックス・ブルックス）というゾンビ小説を読んで、‘間違いない！’と確信しました。人間とゾンビの壮絶な戦いを、生き残った人たちの取材レポートというかたちで描いたこの小説は、ド派手な描写をおさえ淡々と語ることで、どっちかというとゾンビより人間の怖さがにじみ出てくるなかなかの作品です。ゾンビ好きの人はぜひ。
さて、そもそもゾンビになることはネガティブなこととしてとらえられていますが、もしかしたら今よりも遥かにハッピーな気分になり、慈愛に満ちた世界が広がっているかも知れないのです。そんなゾンビ化に抵抗するのは、自己改革のチャンスを自らブチ壊しているのと同じこと。皆さんも「その時」が来たら、‘新しい自分に変わるためガンバ！’という気持ちでトライしてみてください。
そんな‘ゾンビの世界は素晴らしいかも’というファンタジーを小説にしたのが、『ぼくのゾンビ・ライフ』（S.G.ブラウン）。吾輩はまだ読んでませんが、このワンアイデアで長編を書くのはかなりツラいんじゃないでしょうか。おそらく『じみへん』（中崎タツヤ）という四コママンガにあったネタは超えられないでしょう。
ちなみに『ワールド・ウォーZ』はブラット・ピット、『ぼくのゾンビ・ライフ』はスカーレット・ヨハンソン主演で映画化が決まっているそうです。何なんでしょう、21世紀になってからのゾンビブームは。
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         <category>BOOK</category>
         <pubDate>Fri, 23 Sep 2011 23:23:22 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>絆</title>
         <description><![CDATA[<iframe width="240" height="200" class="right" src="http://www.youtube.com/embed/Isl-5L0Jf5M" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>いま、日本は空前の「絆ブーム」。みんなが仲良くつながることにまったく異論はございませんが、真っ向から‘絆、絆’と言われると（実際に言われたことは一度もありませんが）、キャンプファイヤーで肩を組みながらグルグル回っている絵が頭に浮かんでしまい、顔を赤らめてしまいます。
そんな熱い絆を表す形態のひとつがバンド。成功を夢見て集まった同志が、いつしか意見の違いやエゴなどによって憎み合うようになり袂を分かつものの、‘金がほっすぃ〜！’という共通の目的のもとに再び集まる。これも立派な絆。そして、メンバーにほんの少しでも過去のイザコザを笑い飛ばす気持ちがあれば、‘感動’というオマケがついてくるのです。
今まで心を熱くする再結成はいくつもありましたが、ルー・リードとジョン・ケイルの再会は、20年以上経った今でも色褪せない素晴らしいものでした。
二人は、もとはヴェルヴェット・アンダーグラウンドというバンドのメンバーで、お互いのエゴがぶつかり合いケンカ別れ。もう二度と顔を合わすことはないというくらい関係がこじれていたのですが、バンドを世に送り出してくれたアンディ・ウォーホルの死をきっかけに（ウォーホルとも仲違いしてたんです）、二人で『ソング・フォー・ドレラ』という追悼アルバムをつくることに。アルバムも素晴らしいんですが、当時行われたライブが感動的で泣けるんです！
「スタイル・イット・テイクス」という曲をはじめる前に、ケイルが何ともいえない笑みを浮かべ、それにネズミ男…もといルー・リードが応える。お互いに対する思い、ウォーホルに対する思いが交錯する深い一瞬。まさに絆です。
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         <link>http://www.kitsch-paper.com/archives/2011/09/post_530.html</link>
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         <category>MUSIC</category>
         <pubDate>Tue, 13 Sep 2011 23:47:53 +0900</pubDate>
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         <title>『ピラニア3D』でエロを考える</title>
         <description><![CDATA[<img alt="110903.jpg" src="http://www.kitsch-paper.com/archives/110903.jpg" width="140" height="140" class="left" />こんなことがあっていいのでしょうか？
というのは人食いピラニアによる惨劇ではなく、アメリカンガールズが胸やおしりをフリフリしまくる乱痴気騒ぎ、いや、パラダイスのような光景のことです。これがホントなら、ちょっとくらいピラニアに噛まれてもいいから行ってみたいものです。
いやぁ、こんなに‘オッパイ’や‘ケツ’といった品のない言葉と映像がたれ流される映画って最近観たことありません。グッショブ！（個人的にはケリー・ブルックちゃんがタイプです）
それにしても、どうしてアメリカの若い女性はオッパイやケツを振るのか？
それは間違いなく、圧倒的なボリュームのせいです。あれだけデカけりゃ、男としては‘ちょっとフリフリしてみ’と言いたくなるのが自然の摂理。
それにくわえ、湿度が低く、絵の具で塗ったような青い空が広がる天気の影響も大きい。日本みたいに湿度が高い気候だと‘ちょっと暑さでバテた’という言い訳も通用しますが、爽やかな ‘どピーカン’のもとではそうはいきません。それに、さんさんとふり注ぐ太陽光が最高のスポットライトの役割を果たし、彼女たちもその気になってしまうのです。
このようにアメリカにはオッパイとケツを振る最高の条件が整っており、その法則通り彼女たちは毎日フリフリしているワケですが、エロさは皆無。ほとんどチアダンスに近い感覚です。青空の下で自ら‘見てみて〜’と騒ぐ人に隠すべきものなどあるはずもなく、「恥じらい」の裏返しであるエロスがないのは当たり前。
それに比べ、ジメジメして狭く暗い住宅で暮らす日本はエロを培養するのにもってこいの環境といえるでしょう。
AVでの、ただひたすら行為をフューチャーする洋モノと、シチュエーションを大切にする和モノとの違いは、このへんの環境の差から生まれるのだと思います。
吾輩は、牛丼と同じくらいハンバーガーが好きなように、フリフリもジメジメエロスも大好きです。

どうでもいいと思いますが一応本編の感想を書くと、過去のシリーズ作品だけでなく、いろいろなアニマルパニックものを意識したつくりになっていておもしろい。ノリとしては『スターシップ・トゥルーパーズ』に近いんじゃないでしょうか。ゴア度、かなり高いです。
オフィシャルサイトもナイスです！
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         <link>http://www.kitsch-paper.com/archives/2011/09/3d.html</link>
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         <category>MOVIE</category>
         <pubDate>Sat, 03 Sep 2011 17:17:38 +0900</pubDate>
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