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2019.03.04

色褪せない魅力『Child’s View』

190306 天賦の才を持ちながらさまざまな理由でその才能を発揮できず、ひっそりと表舞台から姿を消した人たちを追うドキュメンタリー・バラエティ番組『消えた天才』。
 積極的にチャンネルを合わせることはないものの、ついていると、ついつい見てしまいます。最初は人並み外れた能力を持つが故の苦労やそれを乗り越えるドラマが垣間見え、興味深く見ていました。(今ではすっかり普通の人になっていた場合は「あたり」、他の世界で成功していた場合は「はずれ」と思ってしまう自分は、心底小さい人間です)
 しかし回を重ねるごとにだんだん天才のインフレが起き、「天才というよりも、たまたまその時に調子が良かったんじゃないの?」という疑問が湧いてくるように。ハンカチ王子こと斎藤佑樹さんの回では、大学時代のレギュラーメンバーが全員、一流企業で働いていることが取り上げられていましたが、これって普通に就活の話ですやん!

 こうした天才の乱発と同じく、音楽の世界も“傑作のインフレ”を起こしがちです。レビューで「傑作」と褒めちぎっているので買ってみたら、普通よりも良くなくて、「この良さをわからない自分はマズいのでは?」と悩んでしまった経験のある人は少なくないでしょう。限られたお小遣いから身を削る思いでレコードを買っている身としては、プロの音楽ライターさんに言葉の重みをしっかりと自覚して書いてほしいと、声を大にして言いたい。

 しかながら、無数の傑作もどきのなかに真の傑作が紛れているのも事実。そのひとつが、竹村延和が1994年に発表した『Child’s View』。当時から傑作といわれていましたが、時が経つほどにその素晴らしさが際立ってくる本物の傑作です。
このアルバムが発売された頃はクラブミュージック花盛りで、ニュージャズのはしりとなる作品や、テクノとヒップホップを合わせたトリップホップといわれる作品が量産されていた時代。そんななか『Child’s View』はクラブミュージックをベースにしながらも、他とはまったく異なる感触の音楽で、かなりの異形感がありました。と同時に、クラブシーンに強い違和感を感じて距離を置いていた、竹村さんらしい作品だと感じたことをおぼえています。
 スタイルとしては、プログラミングされたリズムの上にジャズを基調とした生演奏がのっかっているのですが、ボサノバや現代音楽なんかの要素もブレンドされていて、メランコリックで内省的。けれども聴いているうちに気分が晴れる癒し効果もある。傑作といわれる多くの作品と同じく、さまざまな要素が絡み合って強固な世界観をつくりあげています。サウンドも賞味期限が短いリズムをはじめ、まったく古臭くなっていない。ロバート・グラスパーを筆頭とする新しいジャズの流れと比べても現役感バリバリで、唸ってしまいます。

 ただ本人は後のインタビューで、ゲスト参加しているD.C.リーではなく、ロバート・ワイアットに歌ってほしかったと語るなど、レコード会社の要望をのんで、自分がつくりたい音楽を100%かたちにできなかった様子。
 でも個人的には、外部の意見とぶつかり合ったことで、この作品が生まれたと思っています。彼が思い描いた通りにしていたら、それはそれで良かったのかもしれないけれど、窮屈で聴いていて疲れる音楽になっていた可能性が高かったんじゃないでしょうか。
 実際にこの後に発表された竹村延和版『音楽図鑑』ともいえる『こどもと魔法』はそんな雰囲気が出てきているし、2014年にソロ作品として12年ぶりに発表されたアルバム『Zeitraum』はモロにそんな感じになっています。今振り返ると『Child’s View』は、竹村延和という音楽家を通して時代がつくったアルバムといえるのかもしれません。

 『Child’s View』『こどもと魔法』をモノにして、いよいよこれから類い稀な才能を開花させていくと思っていたら、竹村さんは日本の音楽業界に愛想を尽かしてドイツに移住。表舞台に立つことはほとんどなくなりました。まさに“消えた天才”。
 そういえばメディアによく出ていた時も、彼のテーマだった“子どもの視点(Child’s View)」について質問するライターに不満げでした。というか、ほぼ怒ってました。そこを笑ってやり過ごすキャラだったら、もっと違うキャリアを歩んでいたと思うのですが、それができない人だからこそ『Child’s View』をつくることができたのでしょう。僕も女の人に「その髪型すごく似合ってるね」と気の利いたひと言をサラリと言えるキャラだったら、今より0.5ミリくらいはモテていたかもしれません。でも、そんなことをしていたら、間違いなく精神が崩壊していたでしょう。人生って複雑です。

 ところで雑誌『remix』の1994年ベストディスクを見直したら、ビースティ・ボーイズ『イル・コミュニケーション』、ベック『メロウゴールド』、ジョンスペ『オレンジ』、ピート・ロック&C.L.スムース『メイン・イングリーディエント』、ギャングスター『ハード・トゥ・アーン』、ジェフ・ミルズ『Waveform Transmission Vol.1』などが発表された年でもありました。

posted by ichio