KITSCH PAPER

HOME BOOK DAIRY MOVIE MUSIC ETC
Oh my Buddha!It is such a wonderful site that it's unbelievable.
2022.08.12

素晴らしい特集、ありがとう

220812 こんな本を待っていました! というか、自分で作りたいと思っていたくらい。『BRUTUS〜棚は、生きざま』、「やられた」というジェラシーを多少感じながらも、「ありがとう!」とお礼の言葉で漏れ出るドンピシャな企画です。

 僕は、「棚はその人の頭の中を投影する小宇宙」だと思っている、結構な棚好きです。人によって違うと思いますが、僕の場合、収納好きとは違うニュアンスでとらえています。収納好きはお片付けを目的としいて合理性を重視するのに対して、棚好きは限られたスペースの中で世界観をつくることに重きを置く感じでしょうか。
 うちには壁一面の本棚が1階のリビングと2階の書斎に鎮座されているのをはじめ、さまざまな棚があり、惚れた本や置物を自分なりのイメージに沿って並べているわけですが、そんなところにメイク落とし用の綿の箱なんかを置かれると台無しになるのでぜひともやめていただきたい。

 ついつい愚痴が出てしまいました・・・・。で、今回の『BRUTUS』はテーマが良いだけでなく、内容も見応え充分の出来栄えでした。紹介されているのは“ものづくり”に関わる人が大半だったものの、人によって棚の中身はもちろんのこと、入れ方や飾り方、棚に対する考え方も違うことが伝わってきて、メチャおもしろい。まさに「その人の頭の中を投影する小宇宙」じゃありませんか!
 あまりに整然としていると息が詰まるし、完全なカオスだとフラストレーションが溜まる。個人的には、ものがいっぱい置かれていて、基本的には整理されていながらも、ちょいバラついているくらいが好みです。なので自宅の本棚に関しては、著者別に揃えるのではなく、自分なりのテーマでまとめ、タテヨコいろいろな向きで置いています。一方レコードとCDの棚は取り出しやすさ重視で、アーティスト別・ジャンル別に。
 こんな感じでプライベートではまあまあこだわりがあるのですが、仕事となるとまったく逆で、事務所の棚は雑然としていて、どうにかしようという気もありません。自分でも不思議です。
 あっ、一応念のためにいっておきますが、決して仕事を粗末にしているというわけではございませんので、お仕事関係の方々、どうぞよろしくお願いいたします。

posted by ichio
2022.06.19

最近の読書事情

220619 自分が老眼になっていると気づいたのは、今から約15年前。まだ小さかった子どもの足の爪を切ろうとしたら、いまいちピントが合わったにもかかわらず、安全爪切りということで攻めの姿勢で押し通したところ、横っちょの身もちょこっと削ってしまったのがはじまりです。
 この時は疲れ目と思っていたのですが、次第に対象物から離れれば離れるほどピントが合うという怪現象に気づき、つれ合いに話したところ老眼であることが発覚しました。それから老眼は加速度的に進行しつづけ、今ではスマホを見る際にピントを合わすためには、自分の腕の長さでは足りないほどです。同じ「LOGAN(老眼の人)」ならおわかりいただけると思いますが、これ、冗談ヌキで本当です。

 老眼は日常生活のあらゆる面に影響を及ぼし、特に読書はモロです。僕は外ではグラデーションタイプの遠近両用メガネを使っているのですが、家では古い近眼用メガネを使っているため、小さな字が見えんのです。文庫本は「目が疲れてしゃぁないな」という感じで、CDに付いているライナーノーツになると、ゴマ粒が並べられているようにしか見えません。
(まったく関係ない話ですが、この前、素でメガネのことを「アイウェア」と言う人に出会いました)

 そんなワケでここ数年、読書量はめきめき減っています。ここで開き直ると知識のインプットが減り、感覚的な加齢も進んでしまうので、最近は意識して本を読む時間をつくるようにしています。
 そのなかで印象深かったのが、『思いがけず利他』(西島岳志)と、『自転車泥棒』(呉明益)。
 『思いがけず利他』は、近代日本政治思想を専攻する大学教授が、「利他とは何か」について紐解いてくれる指南書。ここ数年感じていた世の中に対する違和感や居心地の悪さの“もと”がわかりやすく書かれていて、思わず膝を打ちました。何の前知識もなく、タイトルと表紙のイラスト(丹野杏香)に惹かれて購入したのですが、当りでした。

 『自転車泥棒』も書店で偶然見つけた、台湾の作家による小説。映画の名作と同じタイトルということで手に取り、出だしを読んだところ、瞬殺されました。シンプルな言葉しか使われていないのに、イメージがどんどん広がるんです。このあたりは、天野健太郎さん訳も大きく貢献しているんじゃないでしょうか。
 お話はいくつかの時間軸がまじりながら進み、ノスタルジックかつ幻想的な雰囲気があふれていて、村上春樹さんを思い浮かべる一面も。かなりおもしろかったです。この作家の作品は他にもいくつか翻訳されているので、筋金入りのLOGANになる前に読みたいと思っています。
 まぁ、家用のメガネを買い換えれば問題解決する話なんですけど。

posted by ichio
2022.04.25

『ウマ娘』に戦慄

220425 『ウマ娘 プリティーダービー』、ヤバくないですか?

 ちなみに僕は『ウマ娘』について、スマホなどのゲーム、あるいはアニメ作品であるという以外何も知りません。もちろんプレイしたことも鑑賞したこともありません。ただ、夜中に放送していたテレビ番組の紹介コーナーで“いかにも”な造形の、ウマの耳をした女のコたちが、絶妙な前傾姿勢で競馬場のコースを一心不乱に走っている絵面を見た瞬間、「ヤバいものを見てしまった」と直感的に感じたのです。

 それは、画期的なモノが出てきたという驚きでも、斜め上からの冷やかしでもありません。僕にはそんな視点でとらえるほど知識ありませんから。ただ、ウマをアニメチックな女のコに擬人化し、そのキャラたちを競馬場(場所は他の設定に置き換えないのが異様さを強調させています)で走らせる世界観に頭がクラクラしたのです。

 水と油のモノが出会い、イメージがスパークする。それは、マルセル・デュシャンがモナリザにヒゲを付け足した作品「L.H.O.O.Q」をはじめ、美術の世界ではしばしば用いられてきた手法ですが、一般大衆を対象にしたエンターテイメントで用いられ、ヒットしているところがスゴいなと。

 いや、あの絵面にはそんな理屈や制作者の思惑を飛び越えた何かがある気がしてなりません。人の力ではコントロールできない次元のモノが奥底でとぐろを巻いている、くらいに思っています。
 もしかしたら、ヒトがアウストラロピテクス、ホモ・エレクトス、ホモ・ネアンデルターレンシス、ホモ・サピエンスと進化してきたように、今まさに進化の分かれ目に来ているのかもしれません。
 もちろん、何の違和感も感じることなく『ウマ娘』を楽しめているヒトが、次の段階へ進化する新人類。僕のように慄いている種類のヒトは、1万年後には適当な名前をつけられて旧人のカテゴリーに入れられているんじゃないでしょうか。
まあ、1万年後の話やったらそれでも全然いいです。

posted by ichio
2022.03.25

今度のバットマンは金田一耕助だ!

221025(内容にふれるのでご注意ください)

 やっとこさ映画の劇場公開がいつも通りに戻りつつあるこの頃。気になる作品も結構あり、ちょこちょこ劇場に足を運んでいます。かねてから話題になっていた『ザ・バットマン』もそのひとつ。ティム・バートン版から数えて何回目の仕切り直しか分からなくなるくらい“こすりまくり”のネタですが、新作が公開されるとついつい観てしまうんですよね。

 というワケで行ってきました。正直なところ、バットマンのシリアス路線といいますか、中2病お悩み路線は『ダークナイト』でお腹いっぱいになっており、『ダークナイト ライジング』の煮えきらず、やっと動いたと思ったら開き直った態度のブルース・ウェインにイライラ。『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』ではスーパーマンとのしんきくさい揉め事につき合わされ、「何をワケのわからんこと言うとるねん?!」と、どうでもよくなってしまいました。
 今からすると、公開当時は暗いと批判されていたティム・バートン版の何とヌケの良いこと!

 そんなこともあり、今回の『ザ・バットマン』の予告を観た時も「またお悩み路線じゃないの・・・・」と不安を感じておりました。が、幸いこっちの予想を“ある程度”は裏切ってくれました。まぁ今回も悩みはするのですが、それほどウジウジせず行動に移してくれるので、観ている方はノリやすい。最近のバットマンになかった小気味よいテンポが戻ってきたのはうれしい限りです。

 僕の観終わった直後の感想は、“ダイ・ハード3 meets 金田一”。犯人になぞなぞを出題されて相棒と街中を駆けずり回るという設定が、『ダイ・ハード3』と同じという指摘は多くの人がしていますが、それと同じくらい市川崑の金田一耕助シリーズに似ています。

 ざっと思いつくだけでも、暗くおどろおどろしいムード、犯人のケレン味あふれる犯行手口、登場人物たちが「よおし、わかったぁ〜!」と言いながら犯人のトラップに引っかかりまくるところ、事件のカギが過去の出来事や家族に関連していること、結局のところ事件解決に役立っていない主人公のボンクラ感などなど。おまけに話の展開や人間関係が込み入ってくると、わかりやすいように相関図を書いてくれる親切設計まで同じ。冗談抜きで脚本を担当したマット・リーブス(監督兼任)とピーター・クレイグは金田一シリーズを観たことあるんじゃないでしょうか。
 また、善人面した著名人の悪事を晒しまくる敵役のリドラーは、“史上最狂の知能犯”というより、“度が過ぎたガーシーの模倣犯”といった方がしっくりくる感じです。

 一見、クリストファー・ノーラン版のシリアス〜お悩み路線を引き継いでいるように見せながら、キュートさやオフビートなユーモアを散りばめているところが、この作品の大きな魅力であるのは間違いないでしょう。
 バットマンが蒼くさいユルさを残しているのもそのひとつ。今回のブルース・ウェインはバットマン歴2年という設定でしたが、にしてはあまりにも悪党の言うことを鵜呑みにして右往左往し、ゴードンに「しっかりしろ!」と叱られるのが何とも微笑ましい。挙げ句には、あまりになぞなぞが解けないため、リドラーに素で呆れられる始末。最後の問題も近くに警官がいなければ解けていなかったじゃないの!
 これは貶しているのではありません。褒めているのです。D.I.Y.感満載のマスクや、ハイテクになり過ぎない武器の性能具合もふくめ、未完成感がステキです。
 久々にゴッサムシティが存在感を放っていたのも良かった。街そのものがモンスターであることを視覚的に表現した撮影のグリーグ・フレイザー、美術のジェームズ・チンランド、グッジョブです。

 そして、バットマンがジタバタ動いたものの、リドラーの企みを何ひとつ防げなかったことに気づき、利他的な行動をとる姿は最近のダークヒーローものにはなかった納得感がありました。おそらくそれは、バットマンが自分の力を越えた巨大な何かを痛切し、目の前にいる人を救うというヒーローとしての宿命を背負ったことが、映像として描かれていたからなのでしょう。

 次作につづく種もいろいろ蒔かれているので、これからもバットマンとのおつき合いはつづきそうです。

posted by ichio
2022.02.22

「みうらじゅん マイ遺品展」で心が洗われる

220222 仕事がひと山越え、心に余裕ができたので、前から行きたかった「みうらじゅん マイ遺品展」に行ってまいりました。
 そして、“心の師”と仰ぐジェダイマスターに、途方もない遺品を通じて「お前、日和ってるんじゃないか?!」とご指導いただきました。

 マスターみうらのおっしゃる通り、僕は一時期、世の中を駆け巡った「断捨離」という言葉に惑わされ、ダークサイドに堕ちそうになっておりました。

「こんな物持っていても死ぬまで見ないだろう」
「これを手元に置いておくのはちょっと恥ずかしい」
「そもそも何の役に立つのか?」

 そういう邪念が頭をもたげ、コレクションの一部を処分したのも一度や二度ではありません。いや、今も自宅のスペース的な問題で、日々葛藤している状態です。

 マスターみうらは、そんなグラつく僕の心を見透かして、ひとつでは意味を成さない物でも、切り口と数によって意味(価値)が生まれること、“集める”という行為自体が尊いことを教えてくださったのです。そう、「物を集めてきた軌跡こそ人生なり」と。

 みなさんもご存知の通り、マスターみうらは世界の片隅に埋もれている“一瞬違和感を感じるけど、すぐに意識の外側に追いやってしまう物”を拾い上げます。そして名前をつけて物量戦法を展開することで意味を生み出します。それは得体のしれない宇宙といえるでしょう。最近はじめられたという「コスプ(コロナ渦スクラップ)」は、カオス過ぎて頭の中がネジ曲がる快感をおぼえました。
 しかもマスターみうら(この言い方、そろそろ鬱陶しくなってきたでしょうか?)は、ひとつひとつのテーマが濃い上に、そうしたテーマが無数にある状態。宇宙で例えるから、太陽系みたいなものがいくつも集まって巨大な銀河系を構成しているようなもの。
 そしてマスターみうらは、こうした収集を“好き”という初期衝動で行っているのではなく、正体不明の使命感によって行い、最後には“好き”という境地に至る、“行”になっているところにホンモノの凄みを感じます。 

 僕もマスターの教えに従い、「断捨離」というダークサイドに堕ちることなく、ジェダイ騎士の誇りをもって物集めに邁進する所存です。

posted by ichio
2022.01.31

ジョン・カーペンター降臨

210131 ついこの前まで“ホラー映画の帝王”、いや“映画界のD.I.Y.大将”ことジョン・カーペンターの名作を上映する、『ジョン・カーペンター レトロスペクティブ2022』が開催されておりました。今回上映作されたのは、『ニューヨーク1997』、『ザ・フォッグ』、『ゼイリブ』の3本。
 サイコー!やないですかッ!! 年のはじまりを漢の魅力あふれるスネークと過ごせるなんて。
 残念ながら僕は仕事が忙しくてスルーするしかなく、ハンケチをギリギリ噛んでいたところ、とんでもなくイカすパンフレットが発売されていることを知り、すぐさまゲット。
 なんと、VHSのパッケージに見立てた仕様になっているではありませんか。これは、単に公開された時代がビデオ最盛期だったということだけでなく、“ビデオ”というどこか手作り感とキッチュ感漂うメディアと、D.I.Y.精神あふれるカーペンターの特性との親和性を考えてのことでしょう。
 キッチュ感に関しては、彼の作品のどこを切っても漏れ出てきますが、その中でも特に『ゼイリブ』での、まるで延びきったうどんのように弛緩したケンカシーンは特筆に値します。(ケンカの結末自体もヌルっと終わります)
 このシーンを最後まで見届けられるかどうかで、カーペンター作品のトリコになるか、今後一切スルーするかが決まるのではないでしょうか。今のコマ落としをしたスピーディーなアクションシーンに馴染んだ若い人が、どう感じるのかすごく興味があります。

 話をパンフレットに戻すと、魅力はほぼほぼ外身。
 ちなみに中身は、ポストカード16枚と、黒沢清監督をはじめとするカーペンターファン5人の文章。特に文章は5人合わせてペラ紙1枚。読みはじめたら終わってしまうボリュームで残念。ポストカードも、もう一捻りしたものにしてほしかった・・・・。でもまぁ、ここ最近ではいちばん心がざわついたアイテムです。

posted by ichio
2022.01.12

ドーナツ盤に沼る

220112 ドーナツ盤収集やめますか? それとも人間やめますか?

 これは、長年僕の頭の中にこびりついているフレーズです。
 中学生の時にマイケル・ジャクソンがグラミー賞8部門獲得し、テレビで授賞式を見ていたところ、ノミネートされていたデヴィッド・ボウイとポリスのカッコ良さにヤラれてしまい(両方とも授賞式には参加せずPVが流れただけですが)、それ以来洋楽のレコードとCDをシコシコ買いためるようになり、40年近く経った今ではまぁまぁな物量になっております。
 また困ったことにレコード・CDだけでなく、本、映画ソフト、民芸玩具などの置物も収集しているため、最近はいよいよ収納する場所がなくなりつつある状態です。
 解決策としては、「1.広い家に住み替える」、「2.収納性を高めるリノベーションをする」、「3.断捨離をする」が考えられますが、今のところどれも実現できそうにありません(キリッ!)。

 そんな事情を抱えていることもあり、これまではアナログレコードのドーナツ盤収集の熱が上昇しても、そんな自分に気づかないふりをしてきました。
 ドーナツ盤収集というのは、僕が普段買っているロックやソウル、ジャズなどのアルバムとは趣が異なり、昭和歌謡やアイドルをはじめ、昔の洋楽シングル曲、迷盤・珍盤など、さまざまなジャンルが存在するブラックホール。こんなモノに手を出したら、それこそ沼。ズブズブで一生抜け出せなくなるのは明らかです。

 そんなことは重々承知しているのですが、とうとう手を出してしまいました・・・・。
 人間とは弱いもの。「悪魔の誘惑に負けたら人生終わりだそ」と、何度も自分に言い聞かせたものの、あのちっちゃなサイズのジャッケットに漂うキッチュな魅力に負けてしまいました。

 手はじめに買っているのが、「はっぴいえんど」人脈が手掛けた歌謡曲仕事。チョイスした理由は、この辺りなら自分が聴いている音楽と関連があり、脳への刺激が少ないと考えたから。

 で、実際こうした曲を聴くと、想像以上に楽しい。曲自体もよくできているし、つくり手が自分の作品ではできないことにチャレンジしていたり、チャート1位をとらなければならないというプレッシャーの下で書かれた状況が何となく伝わってきたり、いろいろな発見があります。

 今後脳と体がドーナツ盤に慣れてきたら、ムード歌謡や映画の主題歌、演歌など、ディープなものも試してみたいと思っています。
やはり、もう元に戻れないところに来ているのかもしれません・・・・。

posted by ichio
2021.11.15

ちょっと変わったCDショップ、『M-CORO』オープン

211115 先日、CDのオンラインショップ『M-CORO』をオープン。
アクセスはコチラ

https://m-coro.stores.jp

 『M-CORO』は、おみくじ&ガチャコロ感覚でCDをご購入いただけることが特徴で、お客さまの「願いごと」や「(ライトな)悩みごと」「セレクトのリクエスト」に、店長のMr. ジョージ・オハラがドンピシャなCD(アルバム)をセレクト。暑苦しいお客さまへのメッセージと共にお届けします。

 ちなみにMr.ジョージ・オハラ、生まれはアメリカ/アイダホ〜育ちは京都、実家は豆卸問屋の音楽を愛する50代男性。
 僕に似ているようで似ていない、似ていないようで似ている、まるで同一人物のような存在。ゴキゲンで、ちょい謎な人物ではありますが、結構ウマは合います。

 ところで、サブスク時代の今、なぜCDなのかって?
 それりゃ、あの小さくカワイイ、サイズ感がナイスなこと。
 それに好きなものを手にとる満足感は、データでは得られないじゃないですか。“聴く幸せ”だけでなく、“持つ幸せ”も味わえることが大きな魅力。

 「音楽に興味はあるけれど、自分で探すのは面倒…」という、比較的若い方をメインのお客さまに想定しているのですが、よくよく考えるとそういう人って、CDプレイヤー持ってないんですよね。今さら気がつきました。
 サービス内容とターゲットのミスマッチ感が激しいですが、ぼちぼちマイペースで盛り上げていきたいと思っています。
 良ければご利用いただき、楽しんでもらえると幸いです。

 丁度となりにジョージ・オハラがいるので、彼からもひと言ご挨拶。

 「Welcome! 『M-CORO』店長のMr.ジョージ・オハラです。
 CDは今、ビミョーなポジションで忘れ去れつつある存在ですが、ストリーミングにもアナログレコードにもない魅力があります。なんと言っても、コンパクトでかわいいサイズがサイコーじゃありませんか! それに音も捨てたもんじゃありません。
 『M-CORO』をきっかけに、Meと一緒に音楽を楽しんでもらえたらサイコーです!!」

posted by ichio
2021.09.14

ひと味ちがうスタローン〜『ナイトホークス』

210914 シルベスター・スタローン。
 この字面を見て、すでに半笑いになっている人はいませんかッ?!
 まさか、彼のことをやたら筋肉を見せたがる単細胞マッチョ俳優なんて思ってないでしょうね。まぁ間違ってはいませんが、彼の魅力はそれだけではありません。

 いや、もしかしたら、若い方々の中にはスタローン作品を観たことがない人や、「誰それ?」という人がいたりするかもしれない。
 知らないのは、時代の流れということで仕方ありません。問題は、半笑いになってしまうことです。そういう人の大半は、迷作『刑事ジョー ママにお手上げ』が原因ではなく、単細胞マッチョというイメージや、「エイドリア〜ン!!」と絶叫するロッキーのモノマネに引っ張られているんじゃないでしょうか。
 まず、はっきりさせておきたいのは、「エイドリア〜ン!!」と叫ぶシーンは、観ているこっちもヒックヒック嗚咽するくらいの胸熱シーンであることです。人付き合いが苦手で、どん詰まりの人生を送っていたロッキーとエイドリアン。そんな二人が出会い、自分らしくいられる場所を見つけ、ロッキーの人生を賭けた挑戦が終わった時、ボクシングの夢よりも世界でたった一人の理解者の方が大切だと実感して出てきたのが「エイドリア〜ン!!」です。そんな姿を見て泣かずにいられるわけがありません。

 スタローン自身も『ロッキー』の成功をきっかけにスターとなり、1980年代後半からながい迷走期はあったものの、素晴らしい作品を多く世に送り出してきた俳優であり、映画作家だということをご理解いただきたい。今ではロッキー・バルボアとジョン・ランボーという映画史に残る2大キャラクターを看板にしている彼ですが、『ロッキー2』の頃まではロッキーのイメージが付くことを避けるためか、いろいろな役にチャレンジしていました。
 そのひとつが『ナイトホークス』。

 取り上げられる機会が少なく地味な印象ですが、スタローンファンや犯罪モノが好きな人の間では根強い人気がある作品です。何といっても、ストーリーがあるのが素晴らしい。迷走期には、ただ腕相撲をとりつづける作品や、叫びながらマシンガンをぶっ放すだけの映画を連発していましたが、『ナイトホークス』にはしっかりとした筋があり、しかも伏線と回収、どんでん返しが効果的に使われていて、ピリッと引き締まったサスペンスアクションに仕上がっています。

 ところで最近やたら「伏線と回収」というフレーズを見るんですけど、何か僕の中での意味合いと違うんですよね。今って、何かしらの謎が振られて、その答えを明らかにすることを意味しているように感じます。だから、後半に登場人物がセリフでダラダラ喋っても回収成立となる。これじゃ、伏線が全然伏せてないし、単なる説明やん!
 事前にさり気なく後につながるネタが映し出されていたり、会話の中に潜んでいたりして、結果に至った時に「そういえばあの時!」と膝を打つのが本来の「伏線と回収」だと思うのですが。

 話は戻り、スタローンも『ナイトホークス』では、腕は立つけれど人としては癖が強い刑事を好演。癖が強いキャラというと「そんなヤツおらんやろ」というくらいデフォルメしがちですが、抑えた演技で汚れ感と不器用感を良いバランスで演じています。

 そして、この作品最大の見所は、一匹狼のテロリストを演じるオランダ出身のルトガー・ハウアー。非道なテロ行為を平然と行う狂いっぷりと、組織から見放されて追い詰められていく焦燥感を圧倒的な存在感で表しています。子どもの頃に見た時、「世の中にはこんな恐ろしい人間がいるんや」と、震え上がったものです。
 ルトガー・ハウアーはこの後、『ブレードランナー』や『ヒッチャー』でも唯一無二の悪役を演じ、アメリカでスターに。ただ彼もスター街道を走るようになって、スタローンと同じくステレオタイプなニヒルヒーローを演じる時期がつづき、再び渋い演技をみせてくれるようになるまで随分待たなければなりませんでした。

 スタローンは近年、ランボー・シリーズを超ヘヴィな作風で復活させたり、ロッキーのスピリットを次の世代へつなぐクリード・シリーズを始動させたりするなど、現在進行系で素晴らしい仕事をしています。
が・・・・、同時に迷走期の名残が濃ゆい大脱出シリーズもコンスタントにつづけているあたりが、スタローンらしくてステキです。

posted by ichio
2021.08.26

山下達郎、恐るべし

210826 ローリング・ストーンズのドラマーであり、ロック史に名を刻むドラマー、チャーリー・ワッツが亡くなりました。スネアとハイハットを同時に叩かない独特のドラムスタイルは一聴するとスカスカに聴こえますが、キースのギターを引き立たせ、ストーンズならではのノリをつくっているのは、そんな彼のドラムあってこそと言っても言い過ぎではないでしょう。またメンバー間の関係においても、バンドのマーチャンダイズの監督としても、バンドになくてはならない存在でした。心よりご冥福をお祈りします。

 前回この夏いちばんYouTubeで見たのは御陣乗太鼓と申しましたが、この夏いちばん我が家のターンテーブルに乗ったアルバムはというと、ダントツで山下達郎の『フォー・ユー』です。
 これまで山下達郎はテレビから流れてくるのをつまみ聴きするくらいで、ほとんどスルー状態でした。ところが、カーティス・メイフィールドの「キープ・オン・トリッピン」や「トリッピング・アウト」「ネバー・ストップ・ラビング・ミー」といったクール系ソウルの名曲にカラダを揺らしていたところ、「ひょっとしたら山下達郎にもこんな感じの曲あるんとちゃうやろか」とひらめき、早速購入。

 「サブスクで聴いた方が手っ取り早いやん」というご意見があるのは重々承知しておりますが、僕の場合好きになるためには身銭を切らないとダメ派なので、今回も一切視聴せずに購入した次第です。こうした当てモノ感覚で買うと失敗した時のダメージは大きい反面、期待以上だった場合のうれしさは格別です。ちなみに2000円オーバーのアルバムだと、どんなにトホホな代物でも、死にもの狂いで好きなところを探さなければなりません。

 で、『フォー・ユー』は・・・・これ、世界レベルの名作ですやん!
 ソングライター、シンガーとしてのクオリティの高さはもちろんのこと、特に驚いたのがギタリストとしての素晴らしさ。シンプルでフックのあるフレーズをつくるセンスと、グルーヴを生みだす演奏力はただ者じゃありません。そして彼のギターが映えるのは、ボトムを支えるリズムユニット、A・I(ベース:伊藤広規、ドラム:青山純)の鉄壁なバックがあってこそ。

 どの曲もイカすのですが、なかでもワンフレーズで曲をグイグイ引っぱる「スパークル」や「ラブ・トーキン」の気持ち良さは、カーティス・メイフィールドとタメを張ります。
 ただし、さっき挙げたカーティスの曲が蒸し暑い夜を連想させるのに対して、達郎(馴れ馴れしいですが、そう呼ばせていただきます)の曲はピーカンの空に風が吹く、カラッと乾いたイメージ。もひとつ言うと、カーティスの曲からは人や街のニオイを感じるのに対して、達郎が歌う世界は無味無臭なところがおもしろい。もちろんどっちが良いという話ではなく、単に個人的なイメージです。

 その他に「ラブランド、アイランド」のような夏御用達のキラーチューンもあれば、じっくりと盛り上げる「ふたり」のようなバラードもある、さらに後半にはヘビーなファンクナンバー「ヘイ、リポーター」まで取り揃えた、天ぷら 屋さんの“まきの定食”状態。
 もともと僕は大仰な「ふたり」タイプのバラードは苦手で、達郎のボーカルもある意味ねばり気が強めなので胸焼けするところなんですが、不思議とサクッと聴けるんですよね。これは曲の良さに加えて、音楽の神様から授かった声によるところが大きいと思います。
 こんな名盤を今まで聴かずにいたのは、ずいぶん夏を損した気分にならないこともないですが、その分これから聴きまくってもとを取りたいと思います。

 余談ですが、僕と同じような達郎弱者の方も、このアルバムのカバーイラストは見たことあるんじゃないでしょうか。描いたのは80年代を代表するイラストレーター、鈴木英人。僕も小学生か中学生の頃、彼のイラストがプリントされた缶ペンを持ってました。同じくこの時代を象徴する永井博のイラストもあわせて、何周かまわって今すごく新鮮に見えます。

posted by ichio