KITSCH PAPER

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Oh my Buddha!It is such a wonderful site that it's unbelievable.
2009年07月04日

冒険できない

090704.jpg若い頃と比べ、買い物の仕方がずいぶん変わったと感じます。昔は目的もなくレコ屋や本屋に行っては「A to Z」「あ to ん」を見て、ピン!ときたものを買ったりしてました。当然、頭を抱えたくなるような大ハズレもあるのですが、お金がないので(それは今も変わってませんが)無理矢理にでも好きになってやろうと一生懸命聴いたり読んだりしていました。そういう手のかかるヤツは愛着がわいてくるもので、今でも棚にチョコンと並んでいたりします。
あと、学生の頃って友達と一緒に買いに行くことが多くて、友達の買いっぷりに刺激されることもよくありました。相手がワケの分からないZ級のパンクを買っていたら、こっちはヘンテコなジャーマンプログレを買ったり、もう何が目的なのか分からない。でも、それが話のネタになったりして楽しかった。
今は買うものはあらかじめ決まっていて、目的のブツを買ったらサッサと店を出る感じ。だからジャケ買いなんて滅多にありません。ひとつひとつのアイテムに自分なりのエピソードがないから思い入れがない。それと友達や知り合いとの音楽・本談義も情報交換だけで終ってしまい、なかなか体験から生まれるバカ話に発展しない。何かさびしいです。
特にネットなんかで買ったらハプニング的な楽しみは皆無。アマゾンだと「これを買ったあなたにおすすめ!」的な紹介をしてくれますが、あれはまったく大きなお世話。ことごとくピントがズレまくっているんですよね。あれを見るたびに‘そんなつながりで買ったんとちゃうわ!’と叫びたくなる。ある時なんてニコラス・ケイジの作品ばっかり出てきて、すっかりファン扱いされました。マジでアマゾンに‘別にニコラスのファンではないので、おすすめしないでください’と連絡しようかと思いました。
でもよく考えたら、こういうズレが新しい出会いや発見につながるのかも知れませんね。

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2009年06月30日

オジサンのプライド

090630.jpgここ何年かいろいろなメディアで自転車がクローズアップされています。移動といえば自転車というチャリンカーの吾輩にとっては嬉しいことなのですが、今までちょっとの距離でもクルマを使っていた人がいきなり高価な自転車を買ってエコがどうのと語っているのを聞くと、京都の老舗的なイケズをいってみたくなります。
たぶん、今朝出会ったオジサンも同じような心持ちだったのでしょう。吾輩が二条城の脇を愛車ブジョーで走っていると、急にスピード感覚といいますか自分がちゃんと前に進んでいるのか分からなくなる妙な感覚におそわれました。そしてすぐにその原因は前にいるオジサンであることを悟りました。
このオジサン、一見クールビズな服装で出勤中のごく普通のお方なのですが、どういうワケか両腕にお茶の入ったペットボトルを巻きつけ、かなりのスピードで後ろ向きに走っているのです。(しかも一切うしろを見ずに)Yシャツは汗でグッショリで、35キロ地点に差し掛かったマラソン選手のような苦渋に満ち満ちた表情をしていらっしゃる。どんなフレキシブルなセンスで受け止めても、かなり異様です。
この姿を見て一瞬吹き出しそうになったのですが、とんでもない間違いだと気づきました。このオジサンは、若者がスタイリッシュにジョギングするようになる遥か前から走っていらっしゃるのです。きっと雨の日も風の日も、前の晩に飲み過ぎた日も、同じく前の晩に男としてイマイチ調子が出ず落ち込んだ日も走っていらっしゃったに違いありません。それがいつの間にか走り方もなっちゃいないカッコだけイッチョマエな若造たちが澄ました顔で走り出し、オリジネーターとしての格の違いを見せつけてやろうと奮起した結果、このスタイルに行き着いたのです。そうです、腕に装着されたペットボトルは、ケータイを腕に巻いて走る若者へのアンサースタイルなのです。その証拠に、吾輩はペットボトルのお茶が減っていることを見逃しませんでした。これは、ケータイで数値として示される運動データの代わりなのです。‘実態のない数字よりも、目の前のお茶の減り具合こそがリアルなんだ!’という彼の心の叫びが吾輩には聞こえます。
アナログ派の吾輩はこの熱い姿勢に心を打たれ、‘ファイト!’と声をかけようとしたのですが、オジサンはそんな吾輩に目もくれずバックのまま横断歩道を渡り、京の街のどこかへと消えて行きました。
これって、新種の妖怪だったんでしょうか。顔ははっきりおぼえていないのですが、志賀廣太郎さん(写真)に似ていたような気がします。

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2009年06月24日

毒書

090624.jpgここ一週間仕事がヒマ気味だったので、何冊か本を読む。村上春樹の新作『IQ84』も気になっているのですが、今この話題作に飛びつくのも何か恥ずかしい気がしてスルー。(吾輩が何の本を買おうが、だ〜れも気にしちゃいないのは分かっていますが…。『石立鉄男 オフロ DE アフロダンス』というタイトルなら一日くらいは店員さんにおぼえてもらえるかもしれませんが、残念ながらそんな本はこの世に存在していません)
そういうワケで『IQ84』は見送ったものの村上春樹を読みたいという気分は残っていたので、彼が地下鉄サリン事件の被害者62人にインタビューをした『アンダーグラウンド』を読むことに。(吾輩のようなシャイネスボーイは結構いらっしゃるようでようで、書店には必ずといってよいほど村上春樹の過去の作品コーナーがあります)
インタビューは事件のことだけではなく、被害者の事件前後の暮らしもクローズアップしていて、サリン事件とそれを生み出した社会がどれだけ恐ろしいかを浮き彫りにしています。村上春樹らしく、正義を振りかざしてオウム真理教を叩くものでもお涙頂戴の本でもありませんが(もちろん事件を肯定しているワケではありません)、それでもやはり最後に収められている30代前半で命を失ってしまった方の家族の話は涙なしでは読めません。
また読み物としても、被害者が話す断片的なエピソードが重なり合って全体像が見えてくる臨場感があります。
そんな『アンダーグラウンド』を読み終わり、次はつれ合いが図書館から借りてきたものを拝借しようと思って見てみたら、どういうワケか『ヤクザ・マネー』という本が。何に関心を示してるんでしょうか。 このタイトルを見てビンと来た、つれ合いの脳内の電気作用を想像すると笑けてきます。いやはや、知り合って15年以上になりますが、いまだに意表をつかれます。

posted by ichio : 21:56 | | trackback (0) |
2009年06月21日

心の余裕

090621.jpg今年の初めに仕事場のiMacが故障(この時は奇蹟的にデータは助かり、修理代も4年間保証でタダ)して絶望の縁に追いやられてから半年、今度は完全にクラッシュ! 画面に細いスジが3本入って不吉だなと思っていた矢先の出来事でした。
高い修理代を払ってまたすぐに壊れるのもアホらしいので、思い切って新しいiMacを購入。ライターという職業柄、高価なソフトは必要ないものの、それでも20万円ほどの出費。ミスターTのパンチ並みにはらわたにズシーンときます。
それにしても、こんな高価なものがわずか4年ちょっとで壊れてしまっていいんでしょうか。しかもお店やメーカーの人が半笑いで‘コンピューターのことだから、こればかりは仕方ないですねぇ’なんてことを平気で言うのも納得いかない。晩メシ抜いて半ベソかいてでも直してほしい。
吾輩のようにマシンの機能の5%も使ってない者からいわせてもらえば、高度な機能は要らないから壊れにくくしてほしい。唄にあるように、昔の時計だって100年動くんだから、それくらいのことをしてもらってもバチはあたらないと思います。
とまぁ、パソコンが壊れてブルーになりましたが、今回はバックアップしてあったので、まだ心に余裕がありました。(といっても半月分くらいのデータとすべてのメールが消滅しましたが…)
どれくらいの余裕だったかというと、家に帰ってウィリアム・バシンスキーの『92982』を聴けるくらい余裕がありました。これは大物だけがまとうことのできる風格じゃないかと思います。
さて、『92982』ですが、すごく良いアンビエントミュージックです。ウィリアム・バシンスキーの音楽はメランコリックで美しいタイプと、ちょっとサイケな感じの2タイプがありますが、このアルバムに収められているのはメランコリック系の曲。自宅の窓を開けたままレコーディングしたらしく、まわりから聞こえてくるヘリコプターやサイレンの音も入っています。まさに環境音楽ですね。夏の夜にかければ、エアコンがなくても2〜3℃下がると思います。が、壊れたiMacのことを思い出すと、体温が3〜4℃上がってしまいます。

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2009年06月15日

猫も杓子もレギンス

090615.jpg世の中には解せないことがあります。「ハトの乱」ではなく、最近 若いおなご衆が履いているレギンスのことです。
あれは一体何なのでしょうか?!タイツを膝下またはくるぶし辺りでカットしたあのデザイン…。自他ともに認めるパンストラヴァーな吾輩でもまったくそそりません。(理由は大体自己分析できているのですが、非情にコアな話になるのでここでは控えさせてもらいます)
そして‘寒いのか暑いのか、どっちやねん!’といいたくなる、あの中途半端さがイライラする。(半袖の服着てマフラーしている人たちにも同じイライラを感じます)
大体あのファッション、かなり脚が長くないと似合わないんじゃないの?ということは大抵の日本人はやめておいた方が良いことになる。実際、タテに圧縮されたスタイルの方がお召しになっているのを見て、‘残念!’と声をかけたくなることが多々あります。
‘お前なんかに言われたないわ!’はい、そんな声が四方八方から聞こえてきます。いいですよ、罵っていただいて。どうせおだてたところでモテないんだからこの際はっきりいわせていただきます。あなたはレギンスが似合っていない!

ジェネレーションギャップってのは、こうやってだんだんが出来ていくんでしょうね。近頃ではファッションだけでなく、流行りのお笑いや音楽なんかを見たり聞いたりしても、まったく分からないことがほとんど。まぁこういう違和感は幼い頃からずっと感じているのですが、最近のイラッとくる感じは明らかに年齢からくるもののように思います。たぶん近い将来、子どもから‘お父さん、ダサいわ!’といわれるんでしょうね。
最後にそんな哀しさを込めて、ガリレオ風にいわせてもらいます。それでもあなたはレギンスが似合っていない…。

posted by ichio : 23:37 | | trackback (0) |