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2020.05.16

現代中国SFと松本清張

200516Stay Homeにより、時間に余裕のある日々が続いております。仕事の売上的にはまったく余裕ありませんが・・・・。
ということで、自然と「何か儲かることないかな」と夢想する時間と、読書の時間が増えております。読みたい本は次から次に出てくるのに、儲け話は一向に浮かんで来ず。非常に困った状況です。そんな中でハマりつつあるのが、現代中国SFと松本清張。

現代中国SFについては、「ナメててすみませんでした!」と謝罪会見を開きたいくらいです。盛り上がっていることは数年前から何となく感じていたのですが、「中国〜オリエンタリズムを前面に出しているんじゃないの」、「B級感をあえて楽しむアレですか」といった偏見があり、なかなか手がのびませんでした。テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』を、ドゥニ・ヴィルヌーヴが映画化した『メッセージ』はスタイリッシュでしたが、それはヴィルヌーヴ監督の腕だと思っておりました。申し訳ございません。
そして最近、ふと手にしたのが中国系アメリカ人、ケン・リュウの短編集『紙の動物園』。表題作は、下手な人が書いたらお涙頂戴な話になってしまうベタな設定なのですが、ちょっと醒めた視点と、行きすぎないセンス、そしてシンプルな言葉で多くを語るテクニックによって、清々しいジュブナイル小説に仕上がっていました。
ちなみにケン・リュウさんは、ハーバード大学卒で、弁護士、プログラマーという秀才。
そんな彼がさまざまな現代中国のSF作品を集めたアンソロジー『折りたたみ北京』の編集をしているということで読んでみると、これが滅法おもしろい! 僕はSF小説自体に疎くて、今の潮流もまったくわかっていませんが、この本に収められている作品が優れていることはわかります。
特にグッときたのが、リウ・ツーシンの『円』という作品。不老不死に取り憑かれた秦の始皇帝は、円周率の中にその秘密があると聞かされ、“けいか”という学者に「5年以内に10万桁まで円周率を求めよ」という、今なら即パワハラ確定の命令を出す。すると“けいか”はパワハラを訴えるどころか、300万の軍隊を使って巨大な人力コンピュータをつくってしまい・・・・という、子どもでも「そんなん、ありえへん」と呆れてしまうような、荒唐無稽なお話。なんですが、どういうワケかすごく説得力があり、グイグイと物語の中に引き込まれる。
この短編は同じ作者による長編『三体』の中にあるエピソードを改作したということで、そっちも読むと、これまたおもしろいではありませんか。
現代中国SF、まだまだおもしろい作品がわんさとありそうです。

もうひとつハマりかけている松本清張は、恥ずかしながら今まで読んだことがありませんでした。何か、テレビの開局◯◯周年スペシャルドラマというイメージに胸やけがして、敬遠していたんです。それが、なぜだかアマゾンで『黒い画集』をポチッてしまい、ご縁が生まれました。
清張さんの犯罪短編モノを読んで感じたのは、〝江戸川乱歩と谷崎潤一郎の一歩手前〟であるということ。フォーマットは初期の乱歩や谷崎の犯罪小説をベースにして、男女のもつれを描いているものの、乱歩のような怪奇路線に走るワケでもなく、谷崎のような淫靡な世界に迷い込むワケでもなく、あくまでも誰にでも起こり得る日常と地続きの話として描かれているので、読む側はみぞおち辺りがゾワゾワしてくるんです。
「こんな修羅場、経験したくないな」という気持ちと、「人生のアクセントとして、ちょっと味わってみたいかも」というイケない誘惑が頭をもたげたりする。そうした人の奥底にある業が描かれているので、現代中国SFと同じように無理のある設定であっても、説得力があり、心をわし掴みにされます。
清張、クセになります。

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2020.05.06

カツカレー的映画『ファイヤーフォックス』

200405完成度がユルく、かといってB級テイストを愛でる感じでもない作品であるにもかかわらず、どういうわけか繰り返し観てしまう映画って、誰にでもあるんじゃないでしょうか。そんな学食のカツカレー的映画。僕の場合、その筆頭として挙げられるのが、以前このブログでも取り上げた、ロマン・ポランスキー監督、ジョニー・デップ主演の『ナインスゲート』。そしてもう一本、今回ピックアップするクリント・イーストウッド監督・主演の『ファイヤーフォックス』です。
今でこそ風格のある作品を撮るイメージが強いクリント・イーストウッド監督ですが、かしこまる必要はありません。昔はお気楽な作品を数多く撮っていました。

ストーリーをざっくりまとめると、ソ連がマッハ6で飛び、パイロットが考えるだけで自動的に操縦・攻撃可能なスーパー戦闘機、MiG-31〝ファイヤーフォックス〟を開発。これにビックリしたアメリカ〜NATOは、軍事バランスを保つためにファイヤーフォックス強奪作戦を企て、イースドウッド演じる元トップパイロットのミッチェル・ガントに運命を託す! とまぁ、こんな感じです。
話は、作戦を遂行するためにガントが訓練を受ける前半、ソ連に潜入してファイヤーフォックスにたどり着くまでを描く中盤、敵パイロットとドッグファイトを繰り広げる終盤の3幕構成。
売り的には『スターウォーズ』で特殊視覚効果を手がけたジョン・ダイクストラによる空中戦が見せ場ということになるのですが、あまり期待してはいけません。それは技術が進歩した現在とのギャップで言っているのではなく、劇場公開当時から「結構ショボいなぁ・・・」という仕上がり具合でした。ただ、そんな中にもD.I.Y.感というか愛嬌が漂っていて、観ていられる。

実質的な見せ場は、ガントが麻薬売人になりすましてソ連に潜入し、現地工作員の協力を得ながらファイヤーフォックスに乗り込むまでのサスペンス。ここでも敵役のソ連軍大佐がガント一味の一網打尽を目論んでいるとはいえ、そこまで泳がしますか?という疑問が湧かないわけではありませんが、それでもハラハラしながら観ることができます。この辺りはイーストウッド監督の手腕に拠るところが大きいといえるでしょう。それと、ガントのキャラもハラハラ要因のひとつ。普通のスター映画なら主人公は冷静沈着なヒーローとして描かれますが、ガントは事あるごとに慌てふためく頼りなさ。本気でイライラします。そんな情けなキャラをドM気質のイーストウッドが生き生きと演じているのも楽しい。
「こんな奴でホントに大丈夫?」という頼りない主人公が観る側の興味を持続させ、クライマックスの空中戦でほんわかさせる。まさに緊張と緩和。実際、この映画のリピーターになると、空中戦は「ここはもう観なくていいか」とスルーするようになります。そんなことが許される気軽さもクセになるポイントです。

それと、よくよく考えると、アメリカサイドは人様のお宅に忍び込んで盗みをはたらく〝あかん〟人たちなんですよね。この作品が公開されたのは、米ソ冷戦の真っ只中の1982年。「アメリカこそ正義」、「アメリカ万歳!」といった空気が色濃く漂っていたこの時期に、こんな皮肉めいた映画を撮るところもイーストウッドらしい。決して傑作・名作といわれるような作品ではありませんが、好きになる要素は多分にあると思います。興味のある方はぜひ。

posted by ichio
2020.04.20

巣ごもり

200420新型コロナウイルスの影響で、この1ヶ月巣ごもり状態。仕事もできる限り自宅でしています。というか、相次ぐ無期延期・キャンセルで勝手に自粛状態に。多分、新型コロナウイルスのせいだと思うのですが・・・・。まぁ、慌てふためいても状況が良くなるわけではないので、できることを粛々として、なんとか乗りきりたいと思っております。
それにしても「COVID-19」という名前、まったく定着しませんね。個人的に「新型コロナウイルス」という呼び方がイマイチしっくり来ないので、「COVID-19」を使うように頑張っています。が、まわりの影響は大きく、ついつい「新型コロナ」と言ってしまい、慌てて「COVID-19」と訂正。当然のことながら相手からは面倒臭がられています。スラッと出るように80年代にヒットした「19」という曲をヘビーローテーションして脳内に刷り込んでいます。ちなみポール・ハードキャッスルが「なななな、ななな、な、ナインティーン」とつぶやく「19」とは、新型・・・・COVID-19のことではなく、ベトナム戦争におけるアメリカ兵の平均年齢を表しています。

さて、テレビの情報番組で辻仁成さんがパリからできる限り外出しない(花見を控える)ように訴えかけた際、「桜は来年も再来年も咲く〜」とおっしゃっていました。この言葉の通り、我が家の植物たちも本格的な春を迎え、新型コロ・・・COVID-19に関係なく、新たな葉をムクムクと伸ばしはじめたため、長い巣ごもりを終え、外に出してあげることに。おひさんの下で水をやっていると、こっちの気分も少しばかり晴れます。
前を通りかかったおばさん方からも、「いやぁ、よろしいなぁ」、「うまいこと育ててはんね」など胸アツなお言葉をいただき、思わず鼻の穴が膨らむ。
そういえば以前は買う植物を片っ端から枯らしていたのに、最近はそんなこともなくなりました。なんでだろうと考えたところ、一瞬経験を積んで良い塩梅がわかってきたのかなと思ったのですが、そうではなく植物側がこっちに合わせてくれている気がしてきました。
これって仕事でも言えるような。自分でうまくやっているつもりでも、まわりの人たちが合わせてくれていたりするんですよね。今回のコヴィット・ナイン・・・・あぁ面倒くさい! 新型コロナウイルスによる巣ごもりをきっかけに、謙虚な気持ちを忘れないようにしたいと思います。

家にいる時間が増えたので、自分のコレクションにあるもののほとんど聴いていないアルバムを聴き直す、名盤発掘に精を出しています。今のところのオレ的隠れ名盤No. 1は、サンタナの『サンタナⅢ』。ぶっ飛んだジャケットと、サイケとラテンが絶妙に合わさったサウンドがサイコーです。

posted by ichio
2020.03.03

ブラックミュージック・ラビリンス

200304完全に魔宮に迷い込んでしまいました。当分抜け出せそうにありません。
ここ数年ブラックミュージックをつまみ食い程度にいろいろ聴き漁ってきて、いよいよ70年代後半〜80年代前半のディスコの息がかかったファンク、ソウルに漂着。具体的な名前を挙げると、ブラザーズ・ジョンソンや映画『ゴースト・バスターズ』でお馴染みのレイ・パーカー・ジュニア、MCハマーのヒット曲「ユー・キャント・タッチ・ディス」のサンプリングネタを作ったリック・ジェイムスといった方々です。ジャケットを見ても分かるように、みなさん派手といいますが、チャラいといいますか、夜の街で会ったら注意が必要なヤニコいオーラが漂っています。
実際にリック・ジェイムスはかなりブッ飛んだ人で、晩年はドラッグでボロボロに・・・。またリック兄貴は、MCハマーが「ユー・キャント・タッチ・ディス」で自分のフレーズを無断で使用したことを訴え、多額の賠償金をゲット。この判例によってサンプリングのあり方がガラッと変わったという、ある意味音楽の歴史を変えた人でもあります。

先ほど名前を上げた御大たちのレコードは今の流行りからかけ離れているせいか、ワゴンに放り出されて500円くらいで叩き売られている状態。しかし、音楽がつまらないのかというと決してそんなことはありません。ぞんざいな取り扱われ方やチープなビジュアルイメージを除去して聴くと、一撃で彼らが才能あふれるミュージシャンで、素晴らしい音楽を生み出していたことが分かります。確かに今聴くとダサい音色が混じっていたりしますが、それは「一周まわって新しい」と、こちらで忖度してあげましょう。
特に僕はブラザーズ・ジョンソンにグッときています。軽やかで切れ味のあるギターカッティングと独特のうねりのあるチョッパーベース、そしてタイトな人力ドラム。自宅で彼らのご機嫌な曲を流しながら、微妙にズレたステップを踏んでいます。

またブラザーズ・ジョンソンからの流れで、ジャクソンズやチャカ・カーンの素晴らしさにも開眼。中学生の時、録画した音楽番組で彼らのプロモーションビデオが流れるとすぐさま早送りしていたことを思うと、ずいぶん遠くに来たものだと感じます。

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2020.01.17

建物がまとう魔力は人がつくる

200117秋口から続いていた忙しさも、年が明けてようやく落ち着いてきました。先日、仕事で高知に行った際も時間と気持ちに余裕があったため、泊まって観光を楽しむことができました。真っ先に訪れたのは、「土佐の九龍城」、「日本のサグラダファミリア」といわれる沢田マンション(通称「沢マン」)。沢田マンションは、専門的なスキルを持たない大家さん夫婦が自ら建てた、地上5階地下1階の鉄筋コンクリート建築物。つまり近年流行っているDIYの元祖であり究極型です。建物は、大家さんの直感(あるいは斜め上からの啓示)による自由過ぎる増築が繰り返されてきたため迷路状態に。しかも各部屋からにじみ出ている古参住人のオーラが凄い。一人で探索していると空間や時間の感覚だけでなく、こちらの価値観までねじ曲がっていくような感覚になります。

そんなアメージングな体験をして思い出したのが、『HOME Portraits Hakka』(中村治)という写真集。どえらい存在感のある、おばあさんの顔の表紙を開いてまず引きつけられるのが、客家(はっか)という中国の移民が暮らす、福建土楼と呼ばれる集合住宅。外界を拒むようにそびえ立つ外壁をくぐると、何百年も前にタイムスリップしたような、それでいて単にレトロという言葉では片付けられない、こちらの感覚をねじ曲げる磁力をもった空間が広がっています。まさに沢田マンションの熟成版といった感じ。
しかし、ページをめくっていくと、この写真集の主役は建物ではなく、そこに住む人であることが分かります。ほとんどがおじいさん、おばあさんで、味わい深過ぎる顔をしている。みなさんレンズを見ているのに、その先のずっと遠くを見つめている感じなんです。その瞳には、その人のこれまでの人生だけでなく、土楼という閉ざされた空間で暮らしてきた人たちの生活や、脈々と続く生命のサイクルが映し出されているように感じます。
写真家の中村さんはあるインタビューで、建物を撮っても観光写真のようになってしまうため、そこで暮らし続けている人に焦点を当てることにしたと語っています。おそらく中村さんは客家の人たちの瞳を直視して、『2001年 宇宙の旅』のラストのようなトリップ感を体感したんじゃないでしょうか。
『HOME Portraits Hakka』に収められている写真は、すべて土壁に反射した黄色い光に覆われています。それはあとがきに記されている通り、魔術的な雰囲気を醸し出していて、まるで土楼の中の小さな世界が幻であるかのように思えてきます。

現在、福建土楼は世界遺産に登録されて観光地化が進み、多くの人は近くの現代的な家で暮らしているとのこと。中村さんが10年ぶりに訪れたところ、みなさんライフスタイルが変わって若返って見えたものの、撮影当時に感じた得体の知れない生命力は消えていたそうです。建物も住む人がいなくなるにつれ、磁力を失うでしょう。
そこでがんばってほしいのが、沢田マンション。福建土楼や九龍城、軍艦島を受け継ぐ“生きたラビリンス”として、歴史を重ねていってくれることを願います。

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2019.10.20

悪の根拠

191020『ジョーカー』観ました。評判通り、おもしろい。ホアキン・フェニックスの演技をはじめ、キャストとスタッフの気合いがビンビン伝わってくる快作でした。
ただ、こういうことを言うと身も蓋もないのかもしれませんが、本作のような悪役の“ビギニングもの”を観ると、作品の善し悪しとは関係のないところでガッカリしてしまうんです。あれだけ怖かった怪物(悪)の底が知れてしまうというか、説明がついてしまうことに。勝手にイメージを膨らませていた余白を、「正解はコレです」と塗りつぶされるような気分になるんです。
その最たる例が、ハンニバル・レクター博士。『羊たちの沈黙』では、常人の善悪の観念を超えたところで動く初老の天才に得体の知れない怖さを感じたのに、シリーズ作を重ねる毎にただの壊れたインテリ男になっていったレクター先生。そしてビギニングにあたる『ハンニバル・ライジング』では彼が狂ったエピソードが明かされ、「それじゃあ、並の犯罪者と同じじゃないの」と失望しました。
『ジョーカー』も同じパターン。映画の前半では後にジョーカーになる青年アーサーが壊れていく様を丁寧に描いています。でも、丁寧に描かれれば描かれるほど、彼の狂気に理由があることが分かってシラケてしまうんですよね。それに、今回のアーサーが経験することって確かに悲惨ではありますが、多かれ少なかれ誰でもそういう目に遭ってますよね。だから、「アーサーよ、しっかりしろ!」という説教じみた感情が湧いてくる。そうなると、歯がゆさや物悲しさは感じるけれど、恐怖は感じません。
当然ながら、こうしたジレンマは僕の勝手な思い込みと作品の方向性がマッチしていないだけの話で、『ジョーカー』は何も悪くありません。もっともこの作品は、こうしたツッコミをいなす作りにはなっています。

同じように一人の平凡な男が堕ちていく様を描いた『ドッグマン』は、“ビギニングもの”のノイズがないので手放しで楽しめました。正確には、「手放しでブルーな気分になりました」です。
主人公のドッグサロンを営む中年男マルチェロは、ささやかな幸せのために慎ましやかに生きようとしているだけなのに、何か自分で判断しなければならなくなった時、すべて間違った選択をしてしまう。アホやなぁと呆れつつも、「いや、人のことは笑えないぞ」と怖くなってくるんです。自分の弱い面がジワジワと浮き彫りになってくる感じといいましょうか。
だから、この作品の場合は『ジョーカー』とは反対に、堕ちていく過程が分かれば分かるほど怖くなっていきます。映画の予告では「不条理」という言葉が使われていましたが、僕には条理の果ての物語に思えました。こんな話を淡々としたトーンで描ききったマッテオ・ガローネ監督に脱帽です。マルチェロを演じてカンヌ映画祭で主演男優賞を獲ったマルチェロ・フォンデさんの、どこまでが素で、どこからが演技なのか分からない“なりきりぶり”も凄いです。

余談ですが、『ジョーカー』も『ドッグマン』も、町が重要な役割を果たしています。かたや誰もが知る悪名高きゴッサム・シティ。かたやイタリアのさびれた海辺のまち。特に海辺のまちは、とてもイタリアとは思えない、暗くてジメジメした雰囲気でインパクトあります。実際はナポリから40キロほど離れたところにあるコッポラ村というところだそうで、同監督が撮った『剥製師』と『ゴモラ』でも撮影をしているそうです。

posted by ichio
2019.09.21

新しい時代の予感

190921おそらくほとんどの人にとっては、ちょっと前にヤン坊マー坊がデザインリニューアルされたことよりどうでもいいことだと思われるF1。(ちなみに新しく生まれ変わった8代目ヤン坊マー坊は、何とCG化されたデジヤン&デジマーに!)
話を戻すと、F1は自動車レース最高峰の世界選手権でありながら日本では数年前に地上波から姿を消し、日本人ドライバーも現れないことから、今や多くの人にとっては存在しないも同然の状態。いま思うと、「ガソリン撒き散らして同じところをグルグル回っているだけ」と嫌味を言ってもらえるだけでもありがたいことでした。F1の名誉のためにいっておくと、世界的にみればファン離れが危ぶまれるなかでも「世界三大スポーツイベント」のひとつとして、オリンピック、サッカーワールドカップに次ぐ三番目の席を、ラグビーワールドカップ、ツール・ド・フランスと争うくらいの人気とスケールを誇っています。

一見さんにとってはとっつきにくいF1ですが、だまされたと思って一度観てください。地上波では放送していないので、DAZNかスカパーに加入するか、現地に足を運ぶかしか方法はありませんが・・・。
そこまで推すのはワケがあります。それは今、若い世代が新しい時代をつくっていくターニングポイントを迎えているからです。
ここ10年はベッテルとハミルトンという(記録の面では)F1史上に名を残すドライバーが、前半後半5年ずつ支配する状態で、それぞれ圧倒的に強いマシンに乗っていたこともあり、正直退屈でした。しかしここ最近、大きな才能をもった若手が現れ、頭角を現しはじめているのです。
その筆頭が、「翼を授ける」でお馴染みのレッドブルに所属するマックス・フェルスタッペンと、今年名門フェラーリに電撃加入したシャルル・ルクレールという青年。どちらもまだ21歳! 普通なら「そろそろ本気で就活せなヤバいな」と焦りはじめている年齢です。
フェルスタッペンは並外れたスピードとドライビングテクニック、揺るぎない自信の持ち主で、どちらかというとヒール的な存在。こういうと語弊があるので、北の湖的な存在と改めます。一方ルクレールはどえらい才能に加え、日本人好みの甘いマスクも備えた千代の富士的なキャラクター。このキャラクターのコントラストがいいじゃありませんか。

しかもフェルスタッペンが乗るマシンのパワーユニット(エンジン)は、日本が世界に誇るHONDA製。
実はHONDAは2015年に華々しくF1に復帰したものの、浦島太郎状態になっていてなかなか現代F1の技術に対応できず、さらに当時タッグを組んでいたマクラーレンというチームが混迷期に陥っていたことも影響して、期待されていた結果を挙げられずにいました。しかし今年からレッドブルがパートナーとなり、優れたチーム力とフェルスタッペンという才能に助けられながら大躍進。まさにサクセスストーリーはこれからという状態なんです。

さらにフェルスタッペンとルクレールの他にも優秀な若手が出てきているので、ジャニーズJrを応援するように誰がブレイクするかチェックするのも楽しいでしょう。
フェルスタッペン、ルクレールを中心にしたこれからの時代をつくる若武者と、ハミルトン、ベッテルというこれまでの時代を背負ってきた強者が、来シーズン激突することになるのは間違いありません。しかもそれぞれが絶好のタイミングで。今なら間に合います。世界中から集まった天才ドライバー、ごっつ頭のいいデザイナーやエンジニアたちが繰り広げる熱いドラマを目撃しましょう!

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2019.09.15

こんなん聴いたことない!摩訶不思議なボーダレスサウンド

190915なんや、このめくるめく世界は!
こんなトキメキを感じたのは、熟女セクシー女優の矢部寿恵さんに出会った時以来じゃないでしょうか。といっても、そっち方面の話ではなく、音楽の話です。
偶然CSで出くわし、聴いて5秒も経たないうちにノックアウト。あまりに一瞬の出来事でバンドの名前も分からないまま。思いつく限りのキーワードを絞り出して検索したところ、モニタにさっき見た「いつの時代からタイムスリップしてきたん」という、インパクトのあるルックスが現れたではありませんか。
名前はKHRUANGBIN(クルアンビン)。タイ語で飛行機を意味するそうです。2014年にテキサスで結成された3ピースのインストバンドで、ローラ・リー(ベース)、マーク・スピアー(ギター)、D.J.(ドラム)というラインナップ。ちょっと前からコアな音楽ファンの間で話題になっていて、今年のフジロックにも参加していたらしい。単独ライヴもすぐにソールドアウトになるほどの盛り上がりようとのこと。知らんかった・・・。なんか損した気分です。

彼らのサウンドを聴いて真っ先に脳ミソをくすぐられるのが、東南アジア的な旋律。聞こえる音の通り、60〜70年代のタイ・ファンクから強い影響を受けていて、そこにサイケデリック・ガレージやポスト・ロック的な要素を絶妙の塩梅でミックスしています。メロディはレトロでエスニックな雰囲気だけれど、リズムがクエストラヴやクリス・デイヴ以降のグルーヴを叩き出しているところがフレッシュ。ボノボが彼らをフックアップしたのが頷けます。
マーク・スピアーのギターも達者で、演奏技術だけでなくリバーブを駆使した空間づくりがなかなかエグい。東南アジアやメキシコなどの旋律を効果的に使っているものの、単に上っ面だけを拝借するのではなく、カレーメシのようにドロドロになるまで信じて混ぜて、自分流のスタイルに消化しているところが凄い。サウンドのタイプは違いますが、デヴィッド・バーンとブライアン・イーノによる快作(怪作)『ブッシュ・オブ・ゴースト』に近いんじゃないでしょうか。とにかくポール・サイモンの『グライスランド』のシャバシャバ感とは真逆のスタンスです。(僕は全部好きです)
クルアンビンの場合、消化剤になっているのがブルース。エスニック的な要素とブルースフィーリングが等価で混ざり合っていることで唯一無二の音になっている。テキサス出身というルーツが活きていますね。こうして様々な要素が渾然一体となったサウンドはフュージョンにも聞こえるし、アンビエントやエレクトロニカにも聞こえます。そしてとにかく刺激的で、矢部寿恵さんのようにエロいです。
こうした音楽がニューヨークやロンドンではなく、テキサスというローカル都市)から生まれていることも今っぽい気がします。

ということで最近はKHRUANGBINかけまくり。ついでにタイやシンガポールの歌謡曲、フィリピンやトルコのロックなんかも引っ張り出してきて、夢うつつな世界に浸っている状態です。KHRUANGBIN、おすすめしたいのですが、かなり中毒性が高いので注意してください。

posted by ichio
2019.08.22

『離婚伝説』のカオス

190822ちょっと前に幻のアルバム『ユーアー・ザ・マン』が発売されたこともあり、マーヴィン・ゲイ熱が上昇中。好きなミュージシャンって、聴く時期によって刺さるアルバムが変わるものですが、今は『離婚伝説』がキテます。
別に僕がそういう問題を抱えているワケではありません。至って円満ですッ! 
まずタイトルにクラッとくるじゃありませんか。“離婚”という、どちらかといえばマイナスの意味合いのある言葉(人によっては「離婚してハッピー♪」というケースもあると思いますが)と、プラス的な意味合いで使われることの多い“伝説”という言葉が合体することによって生まれる圧倒的な違和感と意味不明感。個人的にはピンク・フロイドの『原子心母』やT.レックスの『電気の武者』レベルのインパクトです。

そしてジャケットデザインもタイトルに負けない、なかなかのインパクト。裸で抱き合う石像をバックに、ゲイさん(とってもバリバリの女好きです)もギリシャ彫刻になってポーズをキメている。カッコ良くもなければ味もない、かなりマヌケなデザインです。黒光りしているさまは、男としてギンギン状態であることを表すメタファーでしょうか。どっちにしても、「何、これ?」「何か変やな」と思わせるオーラが充満しています。

さきほど“意味不明”と書きましたが、『離婚伝説』というタイトルには深〜い意味があるのは有名。このアルバムの原題は『Here, My Dear』。“愛する人よ”が、なぜ真逆の意味合いになるのか・・・。
当時ゲイさんは、浮気がもとで奥さんとうまくいっていませんでした。この奥さんというのが、ブラックミュージックの名門レーベルであり、ゲイさん自身も所属していたモータウン・レコードの社長であるベリー・ゴーディ・ジュニアの姉、アンナ・ゴーディさん。ちなみに17歳年上の姉さん女房です。
アンナさんはゲイさんの度重なる浮気に目をつぶっていたものの、17歳年下の女性との関係にはブチキレ、離婚することに。当然ながらその際モメにモメて、ゲイさんは財産の大半を失い、さらに慰謝料として新作を作ってその印税をアンナさんに支払うことになりました。それが、『離婚伝説』というワケです。
この背景を知ると、原題の『Here, My Dear』がどれだけ嫌味かおわかりいただけるでしょう。つけ加えると、前作の『アイ・ウォント・ユー』というタイトルは離婚の原因になった浮気相手に捧げられたもの。そして先ほど触れた『離婚伝説』のジャケットデザインは、アンナさんとの離婚裁判を表していて、“強欲女にいじめられている可哀想なオレ”をアピっています。
しかも歌詞は全編に渡って嫌味や恨み節、生々しい暴露が綴られています。はっきり言って「おっさん、何しとんねん!」です。

でも、困ったことに音楽はいいんです。スキャンダルもあり発売当時から長らく駄作のレッテルを貼られてきましたが、個人的には『ホワッツ・ゴーイング・オン』に次ぐ傑作だと思っています。少なくともスルーするのは勿体な過ぎる作品です。
どこがそんなに良いのかというと、『ホワッツ・ゴーイング・オン』『レッツ・ゲット・イット・オン』で開花したメロディメイカーとしての才能と、『アイ・ウォント・ユー』でモノにしたボーカルの多重録音技術が絶妙の塩梅でミックスされているところ。そして、バックメンバーは黄金期のラインナップではないものの手堅い演奏。こうした要素が合わさって、曲単位だけでなくアルバム全体を通してファンクネスとクールネスが同居する唯一無二のサウンドが完成したといえるでしょう。
ゲイさん自身も手応えを感じたのか、本来ならテキトーに作ってさっさと元奥さんへの義務を果たせばいいのに、2枚組の大作を作ってしまいました。こうした矛盾を抱えているところにも不思議と惹きつけられます。
彼がしたことは今ならSNSで大炎上モノですが、傑作というのはワケのわからないカオスから生まれるのかもしれません。

posted by ichio
2019.07.12

旅先での出会い、本のカバー買い

190712去年の夏に家族で金沢を訪れた際、何気なく入った雑貨店のギャラリースペースで版画家のタダジュンさんの個展が開かれていました。作品はいろいろなところで見たことはあったのですが、作者の名前を知ったのは恥ずかしながらこの時がはじめて。
作品はどれもユーモアと毒っ気があって、すごくイカしてます。欲しい・・・・でも値段が・・・・・・・・。一人では決心がつかないので奥さんの様子をうかがったところ「いいやん」と許可をいただき、購入に向けてズズズンっ!と前進。しかし僕はCD1枚買うのに何ヶ月も思案する小心者です。OKが出たからといってすぐに何万もする大物を「これ、ください」と言えるワケがありません。想像しただけで喉がカラカラになってくる。さらに奥さんがOKを出したのは、自分も欲しいもの(それも版画と同等かそれ以上の大物!)をゲットするための策略じゃないかと、疑心暗鬼になる始末。
これはいかんということで、一度頭を冷やして冷静に判断するため、近くにある本屋さんへ。すると、その本屋さんにタダジュンさんの作品が飾られているではありませんか。お店の人に話しかけると、その方はタダジュンさんのファンで、少しずつコレクションしているのだとか。この話を聞いて、作品の魅力だけでなく、好きな作家の作品を所有して楽しむという行為にもウットリする。
これは“買い”だな。気合いを入れてギャラリーに再突入したのですが値札を前にしておじけづき、結局逃げて帰りました。

それから1年経ちますが、ちょこちょこその時のことを思い出し、「買っておいたらよかった」と思ってしまうこの頃です。
そんな後悔を少しでも晴らすため、最近タダジュンさんが装画を担当した本を集めはじめました。レコードの“ジャケ買い”ならぬ本の“カバー買い”。まだ買いだして間もないのですが、タダジュンさんは結構たくさん装画を手がけられていて、どの本もおもしろいんです。僕が読んだなかでは、ポルトガルの作家 ジョゼ・ルイス・ペイショットが書いた『ガルヴェイアスの犬』と、ドイツの作家で弁護士でもあるフェルディナント・フォン・シーラッハの『犯罪』という小説が良かった。特に『ガルヴェイアスの犬』は“へんぴな村にU.F.O.が墜落した”というキッチュな設定で、どこにでもいる人たちのしょうもない出来事を通して人生の機微を浮かび上がらせる、僕の大好物な作風。ヒトってどこまでもアホで不器用で愚かだけれど、愛おしい。そう思える作品です。
小説と音楽、フィールドは違いますがU.F.Oつながりということで、僕の頭の中では1940~50年代のロサンゼルスにあったチカーノ・コミュニティを題材にしたライ・クーダーの大傑作『チャベス・ラヴィーン』と重なっていたりします。

当たり前のことですが、こうしてカバー買いを楽しんでいても、本物の版画とブックカバーはまったくの別物で、僕の欲求が満たされることはありません。むしろ版画欲しい熱はさらに熱くなっています。
でも、今後作品を手に入れたとしても、金沢で買っていたら感じたであろうワクワク感は味わえないでしょう。やっぱり旅先での出会いは大切にしないといけませんね。

posted by ichio