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Oh my Buddha!It is such a wonderful site that it's unbelievable.
2019.03.04

色褪せない魅力『Child’s View』

190306天賦の才を持ちながらさまざまな理由でその才能を発揮できず、ひっそりと表舞台から姿を消した人たちを追うドキュメンタリー・バラエティ番組『消えた天才』。積極的にチャンネルを合わせることはないものの、ついていると、ついつい見てしまいます。最初は人並み外れた能力を持つが故の苦労やそれを乗り越えるドラマが垣間見え、興味深く見ていました。(今ではすっかり普通の人になっていた場合は「あたり」、他の世界で成功していた場合は「はずれ」と思ってしまう自分は、心底小さい人間です)
しかし回を重ねるごとにだんだん天才のインフレが起き、「天才というよりも、たまたまその時に調子が良かったんじゃないの?」という疑問が湧いてくるように。ハンカチ王子こと斎藤佑樹さんの回では、大学時代のレギュラーメンバーが全員、一流企業で働いていることが取り上げられていましたが、これって普通に就活の話ですやん!

こうした天才の乱発と同じく、音楽の世界も“傑作のインフレ”を起こしがちです。レビューで「傑作」と褒めちぎっているので買ってみたら、普通よりも良くなくて、「この良さをわからない自分はマズいのでは?」と悩んでしまった経験のある人は少なくないでしょう。限られたお小遣いから身を削る思いでレコードを買っている身としては、プロの音楽ライターさんに言葉の重みをしっかりと自覚して書いてほしいと、声を大にして言いたい。
しかながら、無数の傑作もどきのなかに真の傑作が紛れているのも事実。そのひとつが、竹村延和が1994年に発表した『Child’s View』。当時から傑作といわれていましたが、時が経つほどにその素晴らしさが際立ってくる本物の傑作です。
このアルバムが発売された頃はクラブミュージック花盛りで、ニュージャズのはしりとなる作品や、テクノとヒップホップを合わせたトリップホップといわれる作品が量産されていた時代。そんななか『Child’s View』はクラブミュージックをベースにしながらも、他とはまったく異なる感触の音楽で、かなりの異形感がありました。と同時に、クラブシーンに強い違和感を感じて距離を置いていた、竹村さんらしい作品だと感じたことをおぼえています。
スタイルとしては、プログラミングされたリズムの上にジャズを基調とした生演奏がのっかっているのですが、ボサノバや現代音楽なんかの要素もブレンドされていて、メランコリックで内省的。けれども聴いているうちに気分が晴れる癒し効果もある。傑作といわれる多くの作品と同じく、さまざまな要素が絡み合って強固な世界観をつくりあげています。サウンドも賞味期限が短いリズムをはじめ、まったく古臭くなっていない。ロバート・グラスパーを筆頭とする新しいジャズの流れと比べても現役感バリバリで、唸ってしまいます。

ただ本人は後のインタビューで、ゲスト参加しているD.C.リーではなく、ロバート・ワイアットに歌ってほしかったと語るなど、レコード会社の要望をのんで、自分がつくりたい音楽を100%かたちにできなかった様子。
でも個人的には、外部の意見とぶつかり合ったことで、この作品が生まれたと思っています。彼が思い描いた通りにしていたら、それはそれで良かったのかもしれないけれど、窮屈で聴いていて疲れる音楽になっていた可能性が高かったんじゃないでしょうか。
実際にこの後に発表された竹村延和版『音楽図鑑』ともいえる『こどもと魔法』はそんな雰囲気が出てきているし、2014年にソロ作品として12年ぶりとなるアルバム『Zeitraum』はモロにそんな感じになっています。今振り返ると『Child’s View』は、竹村延和という音楽家を通して時代がつくったアルバムといえるのかもしれません。

『Child’s View』『こどもと魔法』をモノにして、いよいよこれから類い稀な才能を開花させていくと思っていたら、竹村さんは日本の音楽業界に愛想を尽かしてドイツに移住。表舞台に立つことはほとんどなくなりました。まさに“消えた天才”。
そういえばメディアによく出ていた時も、彼のテーマだった“子どもの視点(Child’s View)」について質問するライターに不満げでした。というか、ほぼ怒ってましたね。そこを笑ってやり過ごすキャラだったら、もっと違うキャリアを歩んでいたはずですが、それができない人だからこそ『Child’s View』をつくることができたのでしょう。僕も女の人に「その髪型すごく似合ってるね」と気の利いたひと言をサラリと言えるキャラだったら、今より0.5ミリくらいはモテていたかもしれません。でも、そんなことをしていたら、間違いなく精神が崩壊していたでしょう。人生って複雑です。

ところで雑誌『remix』の1994年ベストディスクを見直したら、ビースティ・ボーイズ『イル・コミュニケーション』、ベック『メロウゴールド』、ジョンスペ『オレンジ』、ピート・ロック&C.L.スムース『メイン・イングリーディエント』、ギャングスター『ハード・トゥ・アーン』、ジェフ・ミルズ『Waveform Transmission Vol.1』などが発表された年でもありました。

posted by ichio
2019.02.12

『サスペリア』リメイク版が凄いことになっている件

100212なんか、圧倒的にヤバいものを見たような気がしております。何がどうヤバいのか説明できないだけでなく、自分が何を見たのかさえも理解できないほど、まだ頭の中がクラクラしています。強いて例えるなら、知り合いのうちにお邪魔した時に気さくに迎えてくれたお母さんが、その世界では有名なホンモノの女王様だった時の衝撃を10倍したくらいの感じでしょうか。この例え、知り合いの“奥さん”ではなく“お母さん”で、紹介された後に女王様であることを知るのではなく、紹介されたその時に気づくことが重要です。
これだけ言えば、僕が何の話をしているのかお分かりでしょう。そうです、リメイク版『サスペリア』です。
『サスペリア』といえば、暗黒提督ダリオ・アルジェントが手がけたホラー映画の金字塔。作品を観たことがない人でも、「決して一人では見ないでください」というキャッチコピーを知っている人は少なくないでしょう。この恐怖の聖典が40年の年月を経て甦ったのだから、ただ事ではありません。

バレリーナを目指すスージーは、夢膨らませてドイツのバレエ名門校に入学。ところが何だか学校の様子がおかしくて、次々に奇々怪々なことが起こる。学校に秘密が隠されていると感じたスージーは、前から気になっていた謎の扉を開けて……、というのがオリジナルのストーリー。
リメイク版のストーリーも基本的には同じなんですが、内容はまるっきり違うものになっています。まず、世界観が違う。オリジナルは漆黒と極彩色を多用した、ギトギトした色彩だったのに対して、リメイク版は画面全体の色合いがおさえられていて、灰色がかった地味なトーン。しかし、画面のどこかに赤色が配置されていて、血を連想させる仕掛けになっています。またオリジナルは、ビックリハウス的な要素が多分にありましたが、リメイク版はグロいシーンも淡々と描いているのが印象的。個人的には、後者の静かな空気感に恐怖を感じます。
た・だ・し! 怖いのは雰囲気だけで、作品全体でいうと、ちっとも怖くありません。これがホラー映画という範疇に入るのかさえ怪しいほど。でも、今回のリメイク版は怖い・怖くないというのは問題ではなく、目の前の映像を2時間半、ひたすら浴び続けることに意味があるように思うのです。
序盤の“起こりそうで何も起こらない”不穏な雰囲気、バレエという特異な人体の動きを通じて発散される、人間の内に潜む魔。中盤のパラノイア的な映像。そして、クライマックスの大狂宴!!! これを見たら、この後仕事の効率が落ちるほど尾を引くこと間違いなしです。

この“とんでも映画”を監督したのは、前作『君の名前で僕を呼んで』(これ、どういうことですか?)で世界的に高評価を得た、ルカ・グァダニーノ。アルジェントと同じイタリアのお方です。彼の過去作からすると、ホラー映画を手がけること自体が驚きだったのですが、出来上がった作品を観て、何となく合点がいきました。この作品はホラー映画という形式を借りていますが、救いの作品であり、希望の映画でもある。だから、あれほど凄まじい映像をぶっかけられても、そんなにイヤな感じがしないのでしょう。『ヘレディタリー 継承』とは真逆のベクトル。ただ、アルジェントは最後の展開のこともあり、リメイク版に大激怒しているとのこと。
トム・ヨークの音楽もハマっているし、サヨムプー・ムックディープロムによる撮影、衣装デザインのジュリア・ゾエルサンティの仕事も素晴らしい。そして、今回大々的にフィーチャーされたコンテンポラリー・ダンスと、スージーを演じたダコタ・ジョンソンの透け乳首がトンマで、妙にエロチックなところも高ポイント。余談ですが、ダンスの振付を担当したのはダミアン・ジャレというベルギーのダンサーさんだそうだすが、“ダミアン”という名前がもうひとつのホラー映画の傑作の主人公と同じで、ちょっと怖い。
その他にも、舞台となっている1977年のベルリンの社会背景や、ドイツにおける前衛バレエの歴史、スージーが生まれた血筋など、さまざまな要素が盛り込まれているのですが、その辺りはオフィシャルサイトにある町山智浩さんの『サスペリア』解説をご覧ください。
とにかく、この映画は是非、一人で見てください。

posted by ichio
2019.01.28

忙しさの報酬となった『恐怖の報酬』

20190128去年の後半から年明けにかけて、『ボヘミアン・ラプソディ』『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』『斬、』『クリード 炎の宿敵』などの良作が立て続けに公開され、仕事で忙殺状態のなか、ちょっとした祭りになっていました。残念ながら近年稀に見るホラー/オカルトの傑作と誉れ高い『ヘレディタリー 継承』は、大好物なはずなのにグッときませんでした。ハンバーグがおいしいと評判の洋食屋さんに行ったら、上等な牛肉100%のハンバーグが出てきた時のような、“こういうのとちゃんねん感”とでもいいましょうか。でも、ビックリハウス的なホラーや適当につくったサイコパスもの、あるいは主演女優のトニー・コレットさんの顔芸ムービーではないなので(ただ、トニー・コレットさんの顔で恐度、陰惨度、おもしろ度ともに3割はアップしてます)、違う気分の時に観たらハマるのかもしれません。

年末年始に観た映画のなかで思わぬ収穫だったのが、『恐怖の報酬』。『フレンチ・コネクション』や『エクソシスト』で知られるウィリアム・フリードキンがメガフォンをとった1977年公開のサスペンス・アクション大作。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったフリードキンが2000万ドル(現在の100億円相当)という莫大な製作費を投じてつくった渾身作だったものの、結果は大コケ。この前代未聞の大失敗で、70年代から80年代にかけて中心的存在になるはずだったフリードキンは完全に失速してしまいました。
コケた原因は、同時期に公開されて大ヒットしていた『スター・ウォーズ』の影響をモロに受けてしまったことに加え、映画会社が「長ったらしい」という理由で勝手に人間ドラマの部分をカットしたせいといわれています。映画会社はそんな黒歴史をなかったことにするために、この作品を長い間上映できないようにして闇に葬っていたというのだから酷い話です。
フリードキンは相当に恨めしく思っていたようで、40年近く経った後にややこしい権利問題をクリアして自分がつくりたかった完全版として蘇らせ、世界各国の映画祭で上映したところ絶賛の嵐。それがいよいよ日本でも上映されるというのですから観ないワケにはいきません。とは言いながら、僕はこのエピソードはまったく知らず、短縮版も観たことはなく、たまたまチラシを見つけて「何か凄そう」と思って馳せ参じた“にわか”です。
ですが、作品はそんなことを抜きにしてもサイコーでした。話は、油井の火災を消すために、ワケありの男たちが現地にニトロを運ぶという、どシンプルなストーリー。アクションもジャングルの中を軽トラが走るだけ。でも実はこれ、『マッドマックス2』や『マッドマックス 怒りのデスロード』、『アポカリプト』などの傑作と同じ、“行って帰ってくる”黄金の構成なんです。そして当たり前ですがCG一切なしで、嵐の中トラックで吊り橋を渡ったり、油井をぶっ飛ばしたり、ホンマにやってもうてる迫力は否定のしようがありません。『地獄の黙示録』と同類の狂気が充満しています。もう、こんな映画を撮ることは時代が許してくれないでしょう。ラストもアメリカン・ニューシネマの残り香があっり、男心をくすぐられます。
ただ、前半に「ニトロをヘリコプターで運ぶのは振動が激しくて、ちょっと無理」という説明が入るのですが、どう考えてもトラックの方が危ないし、山道を走り出して3分あたりで絶対に大爆発を起こしてるはずというモヤモヤはぬぐえません。

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2018.11.17

オヤジの夢がつまった“ナメ殺”ムービー

101117近年、密かに盛り上がりをみせている、ギンディー小林氏命名“ナメてた相手が実は殺人マシンでした映画”。これは名前の通り、悪党が腑抜けたオヤジをナメてかかって怒らせてしまい、度を超えた返り討ちにあってしまう映画を指します。こういう話は昔からの定番で、B級・C級映画として量産されるのが大半でした。
僕もこうしたパターンの映画が大好物で、内容的にはちょっとズレますが、『ランボー』や『プレデター』1作目、『アポカリプト』などを、“追っかけてたつもりが、いつの間にか追っかけられてるムービー”として楽しんでいました。

かつて“ナメ殺”ムービーは、何も考えずに流し見する程度の映画と軽んじられる存在でした。そんな差別を受けていたジャンルがステータスを得るきっかけとなったのは、リュック・ベッソンが製作と脚本を手がけ、リーアム・ニーソンが主演を務めた『96時間』。
もともとこうしたジャンルムービーは、演技力は二の次で、アクションがそこそこできて、見た目は無駄にタフガイ、ギャラはお手軽な俳優さんと、間違ってもイキってアートっぽい映像を撮らない、しなびた職人監督の独占領域でした。(けなしているように見えますが、褒め言葉です) 
それが『96時間』では第一線で活躍する有名監督がガッツリ関わり、演技派俳優のリーアム・ニーソンが主役を務めたのですから、それだけでもインパクトがありました。内容も、モッサリしたこれまでの諸作とは違い、話の展開はスピーディーで、演出も垢抜けている。主役の男も何やら渋みがある。要するに、結構おもしろかったワケです。これはイケると分かったハリウッドのお偉いさんたちは、同じ系統の俳優やスタッフを起用した作品を作りだし、“ナメ殺”ムービーが盛り上がってきたというのが大まかな経緯。
そんな “ナメ殺”ムービーの最高峰が、アカデミー俳優デイゼル・ワシントン主演、アントワン・フークア監督の『イコライザー』。この二人は、裏バディムービーの傑作『トレイニング・デイ』を生み出した、ゴールデンコンビ。再びタッグを組んだ二人は、“ナメ殺”ファンの期待を裏切るどころか、期待をはるかに上回る痛快作をつくってくれたのです!
“ナメ殺”ムービーのキモは、主人公であるオヤジのくたびれ具合とキレた時の無双っぷり。デイゼル・ワシントン演じるバート・マッコールさんは、このすべての要素を完備しているだけでなく、普段は結構人付き合いが良くてインテリ、でも病的な整頓好きという新鮮なアレンジが加えられているところが秀逸。そして、強い。いや、強すぎる。娯楽映画の主人公は、一度はピンチになるものですが、マコールさんの場合はヒヤっとすらしません。大した武器も持たずに、たった一人で相当デカい裏組織をぶっ潰すのですからただ者じゃありません。世の中の揉め事は、全部マッコールさんに任せた方がいいんじゃないかと思うくらいです。
今のところマッコールさんは、一応正義のために悪党を殺しまくっていますが、明らかに普段よりもイキイキしています。もしタガが外れてしまったら、スーパーのセルフレジで手間取って待たせしまったり、定食屋で注文した品の順番が入れ違ったりしただけでブチ殺されるのではないかと不安になります。

どうして、僕が“ナメ殺”ムービーに惹かれるのか。それは、自分がナメられサイドの人間だから。露骨な態度をとられたことはそんなにはないものの、「コイツ、おれのことナメとるな」と感じることは確かにあります。そんな時は、マコールさんモード発動! 脳内で小芝居がはじまります。ワルくて強そうな輩はブルース・リーばりの電光石火の早ワザで叩きのめし、仕事の打ち合わせの時にワケの分からんビジネス用語を連発しながらノートパソコンを叩く、デキる風ビジネスパーソンには完璧な仕事で黙らせるなど、バリエーションは豊富。まぁ、後者は夢想ではなく実行しろよと、自分でも思いますが。
このように“ナメ殺”ムービーは中年男の夢がつまっているので、これからもジャンジャンつくっていただきたい。最近公開された『イコライザー2』も秀作なので、日頃ナメられていると感じている人は必見です!

posted by ichio
2018.10.12

フィリップ・ワイズベッカー作品集

3101012本屋さんで偶然見つけた、『フィリップ・ワイズベッカー作品集』を夜な夜な眺めるのが、近頃の一服タイムになっています。フィリップ・ワイズベッカーさんはフランスのアーティスト、イラストレイターで、資生堂、サントリー、JR東日本、無印良品などの広告や、小山田浩子さんのブックカバーを手がけるなど、日本に馴染みが深いことでも知られています。彼の名前を聞いたことがなくても、作品のクセが強いので何かひとつ見れば、「だったらアレも、この人が描いたんじゃないの?」となるでしょう。
この人のクセ(個性)は、とことん余計なものを削ぎ落としたシンプルな鉛筆画。そして、独特のパース感。学校で習うデッサンのお勉強としては完全に間違っていて“いびつ”なんですが、不思議としっくりきて、引き込まれてしまうんです。直線がすべて定規で書かれているのも、なんかよく分かりませんが、すごく変態っぽい。この、“ヘンテコだけど気持ちいい”感覚は、J ディラのサウンドと似ているように感じます。
ワイズベッカーさんが描くのは、古いクルマや工具、工場など。どこにでもあるモノなのに、なぜか描かれたモノたちが時を重ねてきた、これまでの時間をあれこれ想像させる力をもっているんです。そうやっていろいろ思い巡らせていると、自分を取り巻く日常も“良さげ”に思えてくるんですよね。それは、彼が描くモノのどんなところに惹かれるのかをしっかり捉えているからでしょう。う〜ん、すんごい観察力と洞察力。僕もこの力をもってお気に入り熟女女優を見れば、きっと新しい世界が拓かれる気がします。
今回発売された作品集は、2000年以降に描かれた作品を網羅した内容で、彼の世界観を堪能することができます。作品集をつらつら眺めて感じるのは、彼の絵単体でも素晴らしいのですが、そこにタイポグラフがついてデザイン化された広告ツールも、それに引けを取らないくらい素晴らしいということ。こうした広告ツールをもっと取り上げてくれたら、僕的にはさらにGoodでした。あと、カバーの紙質はもう少し丈夫なものにしてほしかった。フニャフニャで、本体を入れても、たわんでしまいますやん!

posted by ichio
2018.09.07

すごいぞ、シュワルツェネッガー!

180907この表紙をご覧ください。一体どうして、こんなポーズで、こんな表情で写真を撮るのか。普通に考えて、どこかが狂っているとしか思えません。
そして、どうして、こんな男に惹かれて、本まで書くことになるのか。これも普通に考えて、どうかしています。
でも、狂っていて、どうかしているからこそ素晴らしい。
おそらく日本初のアーノルド・シュワルツェネッガー論、『シュワルツェネッガー主義』。この本の主役である筋肉ダルマ、もといアーノルド・シュワルツェネッガーと著者の てらさわホークさん、どちらも最高です!
アラフォーからアラフィフの人にとっては凄まじい人気を誇った全盛期をリアルタイムで体験しながらも、どこか半笑い扱いしてしまう存在。平成生まれの方々にとっては、顔は見たことあるけど何者なのかイマイチ分からないデカいおじいちゃん。そんなかわいそうな状態になっているかつての大スターを、ノスタルジックな視点と今の視点の両方から、愛と笑いをもって総括したのがこの本であります。
本の存在を知るきっかけとなったのは、宇多丸さんがパーソナリティを務めるラジオ番組『アフター6ジャンクション』で特集された「シュワルツェネッガー総選挙」。この回と前章となった「アーノルド・シュワルツェネッガーの重要性とは」での話が滅法おもしろく、購入する前から傑作であることを確信していました。(ディストピア映画をテーマにした『映画のディストピア』という本に掲載されているホークさんの文章もナイスです)
新聞に掲載される映画広告ではじめて“アーノルド・シュワルツェネッガー”という異様な文字列を見て驚愕したエピソードは、僕もまったく同じ体験をしており(おそらく同世代の人はみんな体験していると思います)、居酒屋でレモンサワーを飲みながら語り合いたくなりました。

本の内容は、シュワルツェネッガーの半生を振り返りながら出演作について論じるという構成で、ラジオ番組でのトークをザックザックと掘り下げたものになっています。
情報量もさることながら、この本を特別なものにしているのは、ホークさんのシュワルツェネッガーと出演作に対するスタンス。ところどころツッコミを入れて笑いをとるのですが、バカにしているのではなく憧れや尊敬、畏怖の念があるので、シュワルツェネッガーがいかに(いろんな意味で)規格外で、スゴい人であるかが伝わってきます。

ちなみに僕のフェイバリット・シュワムービーは『ターミネーター』、次点『プレデター』です。『コマンドー』『トータル・リコール』も捨てがたい……。
『ターミネーター』の、クラブでニワトリみたいに首を動かしながらサブマシンガン ウージーをブッ放すシーンの恐怖は、30年以上経った今も当時のまま。それに比べて『ターミネーター2』で少年に「アイル・ビー・バック」とか言ってサムアップする姿を見ると、言いようのない虚脱感をおぼえます。

ホークさんはあとがきにシュワルツェネッガーを追い続けてきた理由をまだ説明することができないと書いていますが、帯に記された「すごい肉体! すごい顔! すごい映画! 暴力と愛嬌!」という言葉だけで十分です!

posted by ichio
2018.08.29

サマソニ〜ベックのパフォーマンスに脱帽

18082950近いオッサンがキャッキャッとはしゃぐ姿というのは、若人たちにはどう映るのでしょうか? 興奮が醒めていくに従い、「キモい、このオッサン」と思われていたのではと、ワキ汗が滲む今日この頃です。
サマーソニック大阪でベックを観て、年甲斐もなく盛り上がってしまった話をしております。
実はベックのライヴを生で観るのは今回がはじめて。これまで映像で観る限りでは、あくまでメインの活動はレコーディングであり、ライヴはグッとこないタイプのミュージシャンだと勝手に決めつけておりました。が、まったくそんなことはありませんでした。というか、もうサイコーで、圧倒されました!

当日はお昼過ぎに会場に到着。熱中症対策として屋内会場でソルティライチを飲みながらスタンバイ。しばらくすると注目していた新鋭、トム・ミッシュのライヴがはじまる。ソウル、ブルース、ジャズ、そしてヒップホップのエッセンスを絶妙の加減でミックスし、極上のポップソングに仕上げている。自ら演奏するギターは透明感あふれるジョン・メイヤー直系。聴いていて気持ちいい。20代前半にして、このセンスとソングライティング能力。間違いなく近い将来メインストリームに駆け上がるでしょう。ちなみに僕が彼と同じ年齢の頃は、毎日「彼女ほしい〜」と悶絶していました。

お目当てのミュージシャンが特にいない時間帯になったので、「せっかくなので」ということで、ONE OK ROCKを観賞。普通にカッコいい。森進一さんのご子息、こんな感じになっておられたのですね。
この頃になると、クーラーボックスに飲み物を詰め込んでやって来た友だちが、となりでせっせとつくってくれるチューハイでホロ酔い気分に。「アテがほしい」ということで屋台ゾーンに行って飲み食いしている間に、楽しみにしていたチャンス・ザ・ラッパーを見逃してしまいました。

そしていよいよ、ベックの登場。がんばって前へ移動すると、御用達のサンローランを身にまとい、ギターを持ったベックが目の前にいる。と、いきなり「デビルズ・ヘアカット」がはじまり、「ルーザー」へとなだれ込む必殺の展開。ジェイソン・フォークナーやロジャー・マニングjrらをはじめとするバックバンドが繰り出すサウンドは、ひたすらラウドで面食らう。そんなオッサンの驚きなどおかまいなしに、この後も目下最新作の傑作『カラーズ』を中心にキラーチューンのオンパレード。完全にパーティーモードというか、花火大会モード。前で踊りまくる外国人に感化され、こちらも大はしゃぎ。“ひとつになる”って、こういう感じだったんスね! 一体感を体感していると、外国人は彼女さんをハグしたりチューしたりとヒートアップ。やっぱり“こっち”と“そっち”には高い壁がありました……。
ライヴはあっという間に後半。メンバー紹介に合わせて、シック、ストーンズ、ニュー・オーダー、トーキング・ヘッズの曲をちょこっと演奏するのですが、これがイカす! 「ブルー・マンデー」なんか確実に本家よりカッコいい。(ニュー・オーダーは、ド級のヘタさが魅力なんですけどね)
やってもやっても尽きないキラーチューンと完成度の高いパフォーマンスに、20年以上に渡りミュージックシーンの最前線を走りつづけている男の凄みを感じました。
今年のサマソニ大阪はかなりショボいラインナップで、実際にお客さんの入りも残念だったようですが、ベックの最新型ライヴを観ることができただけで大満足です!

posted by ichio
2018.08.10

ボブ・マーリーの新発見

180810今年の京都は命にかかわる酷暑がつづき、オヤジがイキって外に出てもろくなことはないので、休みの日は家でおとなしくしています。ですが、もともとじっとしていられない質で、昼を過ぎるとウズウズしてきて近所散策に出かけるのですが、案の定軽い熱中症になって帰ってきます。
夕方になるとシャワーをして、冷や奴とビールで火照ったからだを冷やすわけですが、こんな時にかける音楽はレゲエがいちばん。完全に脳内の回路がシャットダウンし、ゾンビ状態になります。しかしこんな時に限って子どもが「数学の宿題のヒントちょうだい」と来るんですよね。ほろ酔い気分の時にほとんど忘れてしまった連立方程式で頭を悩ますのって、けっこう地獄です。

タレ流し用レゲエの新しいレコード(といっても古いルーツレゲエですが)が欲しいなと思い、ボブ・マーリーのメジャーデビュー前のアルバムを購入。これまで彼の初期の曲は、スタジオ・ワンのコンピレーションに入っているスカしか聴いたことがありませんでした。何といいますか、左上のジャケットデザイン(『アフリカン・ハーブスマン』)のような粗雑さが買う気を削ぐんですよね。何周まわっても決していい感じには見えないデザインと同じように、音の方も残念なクオリティになっている気がしたんですよね。
同じ理由で僕はブートレッグも買いません。あのテキトーなジャケットが受けつけなくて。アルバムは音だけでなく、ジャケットも世界観をつくる大切な要素。そこがおざなりになっていると冷めてしまうんです。それに大半の場合、ミュージシャン本人がライブの出来栄えに納得していないから正規盤として発表しないわけで、それをさらに録音状態の悪いレコードを買うっていうのはどうなのかなと個人的には思っています。ちょっと違うかもしれませんが、自分の仕事でも制作途中のものを見られるのって、キン◯マ見られるより恥ずかしいですから。………いや、僕の場合キンタ◯は見てほしい願望があるかもです。

話は戻り、御大リー・ペリーがプロデュースを担当した『ソウル・レベルス』と『アフリカン・ハーブスマン』のアナログ盤を買ったのですが、すごくよいではないですか! やっぱり食わず嫌いはいけません。曲調は絶頂期のような緊張感はなく、のんびりしていて、ボーカルはピーター・トッシュ、バーニー・ウェイラーとのコーラスがフィーチャーされている。サウンドもメジャー作品のようなクリアな音ではなく、全体がグシャッとひとつの塊になってモコモコと鳴っている感じで、低音もズッシリと重い。行ったことはないけれどジャマイカの陽の光や風、砂ぼこり、人ごみの匂いが脳裏に浮かんできます。
レゲエは針がこすれてプチプチ鳴るノイズもいい具合になる要素なので、アナログ盤がベスト。ただ、リー・ペリーがつくるサウンドはのどかに聴こえるものでも、奥に病的なものが漂っているので、知らないうちに酔いは醒めてしまいます。

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2018.07.27

カマシ、脂がのってます

180726すっかり“時の人”になった感のあるカマシ・ワシントン(どうでもいいですけど、“カマシ”という響き、独特のクセがあります)。ジャズをはじめさまざまな音楽雑誌で大きくフィーチャーされるだけでなく、『ポパイ』にまで登場する盛り上がり様。
そんな旬な時期に発表されたのが『ヘブン・アンド・アース』(右画像)。天国と地球……。スケールが大き過ぎて何が言いたいのかイマイチ伝わってきませんが、“その筋”のド真ん中なタイトルに、この人の本気と天然を感じます。
“その筋”とは、後期コルトレーン、サン・ラ、ファラオ・サンダース、ジョージ・クリントンなど、地球を越え遥か彼方の銀河にまで想いを馳せ、目に見えないモノと交信し、最後には宇宙船に乗ってしまう人たちのことです。初期症状としては、ジャケットに太陽や地球、古代神などがあしらわれ、サウンド面では鈴が鳴り響くといった特徴が挙げられます。そして、そのまんま宇宙船のイラストが描かれたり、ド派手な衣装をまとってインパクトのあるポーズをキメたりして、奇妙な電子音を鳴らしはじめたら、仕上がったなと思っていただいて結構です。新作のジャケットを見ると、カマシはここ何十年間お目にかかることのなかった強者に仕上がったといえるでしょう。

と言いながら、僕はまだ『ヘブン・アンド・アース』を聴いていません。レビューを読むと、なかなか好評な様子。待望の新作が出たにもかかわらず聴いていないのは、お小遣いが底尽きただけでなく、ちょっと前に出たミニアルバム(といっても6曲収録されています)『ハーモニー・ディファレンス』があまりにも素晴しかったから。「しばらくはこの音に浸っていたい」という感動がわき上がってくると同時に、「これをどうやって超えるの?」という不安を抱いてしまうくらいの出来栄え。傑作です。
単なるスピリチュアルジャズの焼き直しではなく、ヒップホップやポストロック的な感覚も血肉化し、進化したモダンミュージックになっているところが凄い。こうした音をつくりあげたのは本人の才能はもちろん、今作に参加しているサンダーキャットやテラス・マーティン、マット・ヘイズ(この人のギターも素晴しい)といった、同時代のミュージシャンの存在も大きいといえるでしょう。
そんなカマシがサマソニにやって来るということで慌ててチケットを買ったら、大阪は別日の公演! 少ない小遣いを削って観に行くか悩み中です。それにしてもサマソニ大阪、東京と比べて随分ショボくないですか?

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2018.07.12

オレの説

180712世の中には「ホントですか?!」と声があげるような真実味のあるものから「それはない」という眉唾レベルのものまで、さまざまな説があります。実は僕もかなり自信のある説をもっておりまして、今回は特別に紹介いたしましょう。この説を拡散すると世の中がザワつくことになるので、どんなに衝撃を受けても、そっと自分の胸の内にしまっておいてください。それでは発表します。

“オレが観る映画には、必ずサミュエル・L・ジャクソンかリリー・フランキーが出ている”

いかがでしょうか。かなりの人が「その通り!」と、ひざを叩いたと思います。
別にこの二人を目当てに観たワケではないのに、映画がはじまってしばらくするとヌルッと出てきて、主役を喰うインパクトを残していく。そんな居酒屋メニューにおけるナマコ酢のような存在。
実際に二人の出演作を調べてみたところ、8割から9割程度は観ている。この人たち目当てで観ていないにもかかわらず、これだけ高い確率でヒットするのであれば、もはや赤の他人とは言えません。
二人に共通するのは、基本的にはクセのある脇役で、作品によっては主役格の役もこなすところ。そして、これまたクセの強い監督や、とんがった作品に多く出演しているところも似ています。リリー・フランキーさんについては完全にかつての“岸部一徳枠”を独占しており、しばらくは敵なし状態がつづきそうです。あの爬虫類的な佇まいは唯一無二で、強烈な中毒性がある。僕のなかのベスト・オブ・リリー・フランキーは、『SCOOP!』のチャラ源です。映画を観終わった時、あのクスリ漬けのヤバい顔しか印象に残っていません。
サミュエル・L・ジャクソンは、リリー・フランキーさんに比べて作品や役の幅が広く(というか節操がない)、飛行機の中で大量のヘビが逃げだすパニックムービー『スネーク・フライト』や、理想の交尾相手を求めて旅する『童貞ペンギン』など、相当くだらないものにも出ています。サミュエル・L・ジャクソンがこれまで演じた膨大な役のなかで最も有名な役といえば、やはり『パンプ・フィクション』のギャング、ジュールス・ウィンフィールドでしょう。もちろんこの役も好きですが、個人的には『ディープ・ブルー』の製薬会社の社長や『キングスマン』のIT長者がベスト。
お二方には、これからも“オレが観るすべての映画”に出演しつづけてほしいものです。

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