KITSCH PAPER

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2017.04.06

おやじに夢中

170406朝鮮系のおやじにハマっています。
ひとつは、ナ・ホンジンがメガフォンをとった、とんでもムービー『コクソン』に登場する二人のおやじ。一人は主人公で、猟奇殺人事件の謎に迫る田舎まちの警官。このおやじ、かなりダメな人で、職場でも家でもまったく“うだつ”が上がらない。事件の真相に迫るといっても、実際のところはビビって逃げまくっていたものの、のっぴきならない状況になって巻き込まれていくだけ。ダメおやじ系の作品に目がない僕はこれだけでも満足なんですが、この作品にはさらに國村隼が出ているんです。しかも「ウホォ!」と声が出る、ふんどし姿で。この二人を中心にアウトなおやじ共が繰り広げる珍事がサイコーです。
ネタバレするので詳しくは書きませんが、この映画、最初は宣伝で紹介しているようなサイコもののつもりで観ていたら、『フロム・ダスク・ティル・ドーン』を遥かに凌ぐ、思てたんとちがう展開に。そういえばナ・ホンジンの前作『悲しき獣』も、冴えない男の一発逆転劇だったはずが、気がついたら別のおやじが牛骨を振り回す話になってましたね。スムーズな話の流れなど完全に無視したこのパワー。ナ・ホンジンは、今観るべき監督の一人に確定です。

もうひとつのおや汁作品は、『マッド・ドッグ』(菊山尚泰)という小説。朝鮮の貧しい村で育った男が日本に出稼ぎにきて、戦後の裏社会でのしあがっていくサーガで、これが無類におもしろい! とにかく主人公が、人を殴る、殴る、殴り倒す。圧倒的な暴力で富と力を手に入れていくプロセスだけでなく、執拗な暴力描写(『その男、凶暴につき』のビンタ乱れ打ちに似た不快感)もこの小説を特別なものにしているといえるでしょう。
作者である菊山氏の父親がモデルになっているらしく、菊山氏自身も殺人を犯し、無期懲役囚として服役中。塀の中で獄中記や自らの体験をもとにした小説を書いているとのこと。恥ずかしながら、この本を読むまで知りませんでした。頻繁に出てくる暴力描写は表現の引き出しが少ないせいでパターン化してしまっているのですが、これがアニメのセル画の使い回しやリミテッドアニメーションのようで、劇画チックな味わいを醸し出しています。
前半は主人公のサクセスストーリー、後半は息子との親子愛に重点が移る構成になっていて、特に後半は主人公が一本気な男として描かれ、いい話風になるのですが、何度も「いやいやいや、あかん人でしょ!」と、我に返ることになります。家族や親戚、スナックで居合わせた一般客などを容赦なく殴る人間って、他にいい面があったとしてもダメでしょ。現におやじの影響をもろに受けた息子(作者)も一線を越えてしまうわけですから。それでも思い出ではなく、現在進行形で「俺のおやじ最高」といえる親子関係って凄い。
このように物語後半は、作者がいい話風味のネタふりをして、読者がツッコミを入れる関係になって楽しいです。
いやぁ、むさ苦しく、匂い立つおやじ、たまりません!
ダメおやじを特集した『KITSCH PAPER vol.4』をつくりたいけれど、時間がないんですよね……。

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2016.08.29

池波正太郎のエッセイを教科書に

160829b40半ばになると、お酒の席で渋みのある話やジ〜ンとくる“いい話”をしてみたいという願望に駆られるのですが、気がつくとラジオ体操第一の2番目「腕を振って脚を曲げ伸ばす運動」のポーズに萌え要素があることや、某ジャンルの熟女女優(通称:JJ)の魅力など、何のタメにもならず、徳のかけらもない話になっています。
このままでは、ただのスケベおやじになってしまう。年齢相応の男になりたいと思い、ここ1年、池波正太郎のエッセイを読んでいます。

池波正太郎のエッセイといえば、食に関する文章が有名ですが、大人の男の生き方に関する文章も多く書かれています。
特に目の覚めるようなフレーズがあったり、SNSでシェアされるような“いい話”が書いてあったりするワケではなく、どっちかといえば大したことは書いてないのですが、不思議と滋味に富んでいるんですよね。
そのワケを自分なりに考えてみました。まず、大したことを言っていないところが良い。正論やいかにも立派なことを書かれても、読んでいて肩がつまるし、僕のような天の邪鬼はついつい逆らいたくなる。情報過多にならない、さじ加減も絶妙です。
もうひとつの大きなポイントは、押しつけがましくないところ。例え「男は○○であるべき」と書かれていても、それは池波さん自身がそう考えているだけで、みんながそうしなければならないとは言っていないことが伝わってくる。だから、読んでいてイラッとこないんです。
これらの要素に、素晴しいキャリアを築いてきた自信や豊富な人生経験が加わり、味わいや粋、説得力を醸しだしているのでしょう。
例えば僕が「風呂は熱いのに限る」と書いたところで、「それがどうした」「科学的に間違っている」「お前に言われる筋合いはない」「なぜ上から目線なのか謎」「やけどしたらいいのに」となってしまいますが、池波さんが書くと「確かに気持ち良さそう」「男たるもの、グッと熱さに堪える姿勢をもつことが大事だな」と、勝手に行間を読み取らせてしまう。そこが凄い。普通の書き手は、読み手に「いい話だな」と感じてもらうためには(この意図がすでにイラッとしますが)、ダイレクトに“いい話”を書いてしまう、あるいは書かざるを得ないんですよね。

こうして考えてみると、自分が酒場で渋みのある話をするのは絶対に無理。まずもって説得力がないし、何よりも“いい話”をして共感してもらうより、ラジオ体操第一の話で共感してもらう方が百倍うれしいですから。

posted by ichio
2016.07.21

夏はミステリーの季節

160721セミの声が響くのをボケ〜と聞いていると、この世ではない場所に誘われる、ちょっと怖くて、不思議な気分になります。
しばしば言われることですが、夢や幻と“うつつ”は切り離された別世界ではなく、地続きになっている気がしてなりません。

現にレンタルビデオ屋さんに行くと、まったく借りた記憶がないのに、「以前にレンタルされていますが、よろしいですか?」と訊かれる。
実は、僕が暮らしている“現実”と呼ばれる世界と似た別の世界があって、知らないうちにそちら側に迷い込んで……ということがあるのかもしれません。が、そんなことよりも取りあえず、レンタルビデオ屋さんの“前に借りたことがあるのを教えるサービス”をやめてほしい。別に同じ映画を観ることって、そんなに珍しくないでしょ。というか、映画の場合は間違えて同じ作品を借りるより、また観たいと思って借りることの方が多いんじゃないでしょうか。せっかくご機嫌にお気に入りの映画を観ようとしているのに、僕のことなどまったく知らない店員さんから、したり顔で「前に借りたことあるぞ」と言われて、いい気持ちになるワケがありません。
百歩譲って、通常の映画ならそう言われても冷静にやりすごせますが、18歳以上限定のジャンルとなると、その恥ずかしさたるや「パネェ」です。この場合の店員さんの「以前にレンタルされていますが」という言葉は、「どんだけ気に入っとんねん!」という意味であり、それがマニアックな作品だったりすると、恥ずかしさ倍増です。
しかも、このジャンルの場合は本当に借りたことがあるのを忘れていることが多く、それは自分でも気づかないうちにパッケージの写真やタイトルに釣られて借りているのを意味するワケで、ある意味こっちの方が恥ずかしい。
40過ぎてこんなことで慌てふためくところを、20歳そこそこの若造に悟られるのも癪なので、そう訊かれた時は「それで結構です。」と、胸を張って言い切るようにしています。

少々話は逸れましたが、夏は不思議な出来事に遭遇しやすいミステリアスな季節。例え本当に不思議なことに出会わなくても、ミステリー小説を読んでいろいろなことを空想するのも一興です。
僕も今、日影丈吉というミステリー作家の作品を読んでいるところ。先輩格の江戸川乱歩に比べると、彼の作風はより幻想的で、知らない世界に迷い込んだような浮遊感を味わえることが魅力。しかも、おどろおどろしいことが起こりそうで、結局は語り部の想像で終わったりすることが多く、「ホントのところはどうなの?」と余韻が残るところもいい。昭和中頃に漂う不穏な空気感と、ノスタルジックな雰囲気に浸りたい時にオススメです。
18歳以上のジャンルでオススメを知りたい方は、個人的にご連絡ください。

posted by ichio
2016.03.12

狂気のティスクガイド

160312北朝鮮ご自慢のガールズバンド「モランボン楽団」のインパクト冷めやらぬタイミングで、ディープなディスクガイドが出ました。
その名も『共産テクノ ソ連編』(四方宏明)。タイトルの通り、冷戦時代のソビエト連邦で製造されたテクノポップ〜ニューウェイブ系のアルバムがズラリと紹介されています。
“共産主義とテクノポッブ(90年代以降のテクノではございません)” って、一見“ノ○ピーと覚せい剤”に似たような現代アート的なミスマッチ感がありますが、YMOが中国の人民服やナチを連想させるコスチュームを着たように、テクノポップは共産主義や全体主義のイメージを利用することがままありました。
おそらく無機質なマシンビートと人間的な感情を否定する共産圏のお国柄を重ね合わせたり、宇宙開発をはじめとする科学技術のアピールや未来志向がキッチュに見えたりしたことが理由だと思われます。
しかし、本物の共産主義国が資本主義国と火花を散らせていた時代に、ピコピコしたテクノポップをつくっていたとは。しかもイギリスや日本、アメリカなどが共産主義国をパロったレコードジャケットのデザインを、本家がパクり返すというねじれ具合。これ、武田鉄矢が金八先生のモノマネをする芸人に引っ張られてどんどん基本が崩れていくのを見る以上に、変な感覚になります。

表紙から放射される熱でお分かりいただけると思いますが、この本はモランボン楽団人気にあやかって、ちゃちゃっとネットでリサーチして作ったような底の浅いものではなく、筋金入りのテクノポップマニアである著者が2014年に“共産テクノ”というコンセプトを掲げて以来、手間ひまをかけて練り込んだ濃い内容となっています。正直、情報量だけでなく、一寸の隙も許さない潔癖性的な文章に狂気すら感じます。(念のためにお断りしておきますが、著者はそっち方面の支持者ではないとのこと)
“共産テクノ”というコンセプトを掲げた当時、サイトで『ニセドイツ』や『共産主婦』など、共産趣味を題材にした本を出しているパブリブという出版社に書籍化のラブコールを送っておられたようなのですが、その甲斐あって本書はそこから出版されたようです。
ところで、ここで紹介されているアルバムって、どこで買えばいいんですかね。

posted by ichio
2015.12.29

ハービー・ハンコックの奥深さ

DownloadedFile器用貧乏。一般的にはマイナスの意味で使われる言葉ですが、僕はそんな風に受け取られているミュージシャンに魅力を感じます。いろいろなことが気になり、ついつい手を出してしまう落ち着きのなさや、すでに固まっているスタイルをいじくるおもしろさに魅せられる性分、そしてひとつのことを突き詰めたところで“どうせオレでは…”という、冷めた視線が人間臭くていい。
この感覚は、世の中にオリジナル信仰がムダに蔓延している気持ち悪さの裏返しなのかもしれません。そもそもオリジナル性や独創性って、何をもっていっているのかが分からない。コピペ時代の今だからこそ、もっと器用貧乏の地位が上がってほしいと切に願います。

というワケで、ハービー・ハンコックです。僕の中でこの人は、まさに“器用貧乏の達人”。(実際は“器用カネ持ち”だと思いますが…)ジャズピアニストとして一流の腕を持ち、最前線で活躍しながら、それだけに留まらずタコのようにあちこちに触手を伸ばす様は、器用貧乏のお手本といえるでしょう。
そんな彼の音楽に対する姿勢や生き方を、『ハービー・ハンコック自伝 新しいジャズの可能性を追う旅』で知ることができます。彼のキャリアの変遷については長くなるので割愛しますが、彼の音楽を聴いたりこの自伝を読んだりして感じるのは、表向きにはいろいろ派手にやっているものの、どの作品も突き抜けていないということ。師匠であるマイルス・デイビスのエレクトリック期でのズブズブ具合や、フリージャズの旗手であるオーネット・コールマンのヤンチャ具合に比べると、実にお行儀がいい。もちろんこれは揶揄しているのではありません。突き抜ける寸前で寸止めする、AV男優的な妙技に感服しているのです。
“ライト”や“ソフト”という言葉がつくと、作り手の手間や作品の内容までお手軽的な印象をもたれがちですが、ハービー・ハンコックの音楽を聴くと、ひとつのことを突き詰める道以上に険しいケモノ道を感じます。

また、この本を読んで印象に残るのは、彼自身のことよりも、彼が出会ってきた人たちのキャラの濃さ。マイルス・デイビスは別格として、アニキ分であるドナルド・バードの男前ぶりや、弟分のトニー・ウィリアムズのイケイケぶりも結構なインパクトで、後半にハンコック自身がヤバいドラッグに手を染めていたというエピソードを出されても、「あぁ、そうなの」と読み流してしまいました。つくづく薄い人です。

posted by ichio
2015.09.30

想定外の状況に出くわした時、人はどうするのか

150929考えられへん! ということは、毎日の生活の中であると思います。そしてその大半は、腹立つ“あるある”的な想定内の出来事だったりします。
しかし僕の場合、本当に“考えられへん!”光景にしばしば遭遇するのです。例えば、道端でおじいちゃんがスキージャンプの滑走ポーズをしているので目を凝らして見ると、ケツ丸出しにして脱糞していました。
また、真昼の四条河原町でカッパ黄桜のテーマ曲を歌いながら、自分のカッパを出して上下にプルンプルン振り回している陽気なオジさんを見たこともあります。
また、小学生の時、ナイフを持って野球グランドを走り回るという、変わったトレーニングをしている男性に出会ったこともあります。(すぐ警察官に止められていましたが)
さらに、京阪三条から河原町御池までの間で、市バスが10台くらい数珠つなぎになっているのを見たこともあります!(これ地味ですが、いちばん凄くないですか?)
このように、あり得ないと思っていることがいきなり目の前に現れても、何ら不思議ではありません。そして、不条理な状況下でどのようなリアクションをとるかは、人間の本質に関わることなんじゃないかと思うワケです。(ちなみに僕は上記の状況に出くわした時、何をするでもなく、ただ「ウワウワ」と声を出していだだけでした)

それを分かりやすいカタチで表現したのが、カフカの小説『変身』です。あり得ない状況を唐突に提示する手法は、小説において定番のひとつ。その中で“変身”を扱っている作品は数知れず。『変身』はその名作とされる作品ですが、吉村萬壱の『臣女』も仲間に加えていただきたい。いや、臨場感という点でいえば、『変身』のはるかに上をいっていると思います。
『変身』は主人公が毒虫に変身した“さま”を三人称で語っているのに対し、『臣女』は主人公の妻が巨大化していく“さま”を一人称で語っているのがミソ。この微妙な距離感がリアルなんです。さらに、この作品ではクサい臭いについて執拗に描かれているのが特徴。臭いって、動物としてのプリミティブな感覚に直結しているので生々しいんですよね。ワキの臭いを嗅ぐことが密かな愉しみという話を人から聞くと、ちょっと引くけど内心「分かる、それ〜!」と、激しく共感するあの感じ。その感覚が凄みとなって押し寄せてきます。
このように話のコアな部分がリアルなので、読んでいるうちに「もし自分が同じ目に遭ったらどうするのか?」を考えずにはいられません。夫婦円満のため僕の答えはひかえますが、つれ合いが巨大化するよりも、自分が巨大化した方がどれだけ楽かと思ったことは確かです。

吉村萬壱さん、芥川賞を受賞した『ハリガネムシ』はいまいちピンと来なかったのですが、『臣女』を読んでイメージ変わりました。次の『ボラード病』も良いみたいだし、遅ればせながら要チェック人物リストに再登場です。

posted by ichio
2015.05.11

最高のろくでなし

150411「人と比べても意味がない」 「下を見るより上を見ろ」
子どもの頃よく親から言われ、今では子どもに言っている、このフレーズ。
確かにそうなんですが、『ポップ1280』(ジム・トンプソン)を読んだら、「こいつよりマシや」という、後ろ向きな言葉がこぼれてしまいます。
これまでいろいろな小説を読み、さまざまな登場人物と出会ってきましたが、『ポップ1280』の主人公、ニック・コーリーは断トツのろくでなしです。
ニックは、人口1280人のポッツ群の保安官。にも関わらず、町を守るどころか、私欲のため、保身のために、次々と悪事を重ねていきます。私欲、保身といっても、大きな利権やどうしようもない事情が絡んでいるワケではなく、心底しょうもなくケチなことばかり。
しかも、悪さの手口は行き当たりばったりで、姑息。“小悪党”という言葉を使うのがもったいなく思えるくらいのクズ具合を発揮します。町の人たちも彼のクズぶりは知っているものの、バカとハサミは使いよう精神で放置。しかし、バカ故そこらじゅうにほころびが生じ、四面楚歌の状態に。
そこで、ニックは考えます。この窮地を脱する術はないものかと。普通の小説に出てくる悪党なら、ここで完全犯罪を思いつくとか、大胆不敵な計画をくわだてたりしますが、彼の場合は、自分がどうすればいいのか皆目見当がつかない、という結論に達するだけ。仕方なく今まで通り、行き当たりばったり&姑息な悪事を繰り返す羽目に。しかし、そういうことに限っては妙に悪知恵がはたらいたりして、身の毛がよだちます。
でも、ニックがみっともないことをすればするほど、『北斗の拳』のジャギ&アミバ ファンである僕の心は弾むのです。どうして、彼に惹かれるのか。それは、一方で「人と比べても意味がない」 「下を見るより上を見ろ」という正論を振りかざしながら、もう一方では「こいつよりマシや」と思ってしまう、矛盾を炙りだしてくれるからなのかもしれません。
物語は一見、荒唐無稽に見えますが、古い価値観や風習が残るスモールタウンの闇をリアルに描いています。この小説が出たのは1964年ですが、今の日本でも地方から妙な議員さんが出てくることからも分かるように、ここに書かれていることがいかに本質を捉えているか、ご察しいただけると思います。

作者のジム・トンプソンは、キューブリックの『突撃』 『現金に体を張れ』や、ペキンパーの『ゲッタウェイ』の脚本を手掛けるなど、映画と縁の深い人。近年ではマイケル・ウィンターボトム監督が『キラー・インサイド・ミー(内なる殺人者)』のメガホンをとりました。ぜひとも誰か、『ポップ1280』も映画化してほしい。コーエン兄弟がハマりそうですが、ちょっとハマり過ぎて面白味がないですかね。

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2015.03.25

原題直訳のタイトル

150325もう随分前の話になりますが、映画『バス男』が原題通りの『ナポレオン・ダイナマイト』に戻されましたね。以前の記事にも書きましたが、この邦題は誰も得をしないホントに酷いものでした。ただ、素直に過ちを認めて改めたことは評価したい。
それにしても近頃の邦題は、ますます残念な感じになっています。昔も『愛と○○の〜』や『愛の〜』といった適当なものもが多くありましたが、今は日本語に訳すか英語読みのままにするかのレベルで、「あり得へん!」という代物が多いように感じます。むずかしい英単語が入った長ったらしいタイトルは、どういう意図があってつけられたのか、ぜひとも教えていただきたい。「B’zの『愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない』に触発されて」という答えが返ってくるならまだいいですが、たぶんそんな思い入れもないでしょう。
それなら、ピンク・フロイドの『Atom Heart Mother』を『原子心母』としたように、原題をそのまんま日本語に置き換えることをおすすめしたい。例えば、デヴィッド・リンチの『エレファント・マン』も『象男』にすれば、この作品が持つグロテスクさや怪奇テイスト、それを描いたリンチの想いが、より伝わると思うのですが、いかがでしょう。日本人はカッコいい漢字を持っているのですから、もっと活かしたいところです。

最近読んだ『動物農場』(ジョージ・オーウェル)も、タイトルの字ヅラと直訳(原題は『Animal Farm』)の響きにクラッときて、手に取った代物。“動物”と“農場”、単体であればほのぼのとした雰囲気の言葉なのに、合体すると異様なイメージが沸立ってくる。これが“アニマル・ファーム”だと、異様さが全然伝わってきません。これこそ、言葉のマジック。昔は“団地妻”に代表されるように、エロの世界がこの力を駆使していたのに、めっきりお目にかかれなくなったのが哀しい。
話の内容も、人が全体主義に傾く心理を寓話スタイルで描いたディストピア小説で、“動物農場”という響きがピッタリ。ジョージ・オーウェルといえば『1984』が有名ですが、こっちもおもしろいです。

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2014.09.13

掘り下げるおもしろさ

140913.jpgなかなかに凄い本が出ました。タイトルは『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』。著者は、木村カエラや椎名林檎などを手掛ける音楽プロデューサー、冨田恵一。
僕が携わっている広告の仕事では、商品の特徴や魅力をターゲットに理解してもらうために腐心しますが、必ずしもそうしなくて良いことをこの本は教えてくれます。
内容が分からなくても、発信する人がおもしろがっていること、好きなことが伝われば、受け手も興味を持つんですよね。マニアやフェチの話を聞くと、内容は理解不能でも、いや、不能であればあるほど嬉々として話す人がおもしろくなってきて、だんだんその人が好きなことにも興味が湧いてくる、あのパターン。
この本では、まさにその現象が起こっています。長いロックの歴史の中でも異才を誇るドナルド・フェイゲン。彼が1982年に発表した初ソロアルバム『ナイトフライ』について、1冊丸ごと語り尽くしているのです。曲構成からはじまり、録音方法、セッションに参加したスタジオミュージシャンのテクニック、エンジニアが果たした役割などを、豊富な知識と経験を武器に、本のタイトルと同じ“何か、かたいなぁ”という、ある意味初々しい語り口で、どんどこ掘り下げていきます。正直なところ、半分くらいは分かったのがどうかも分かりません。そして多分、ほぼすべてどうでもいいことです。でも、無性におもしろいんです、これが。
抜群にクオリティの高い音楽が、どのように作られたのか解き明かされることがおもしろいのではなく、一心不乱に語る著者の熱量の半端なさがおもしろいんです。ドナルド・フェイゲンは周りが引くほどのこだわりの持ち主ですが、冨田氏も負けてません。
名盤といわれる『ナイトフライ』ですが、個人的にはピンとこなくて、20年以上レコードラックの肥やしになっていました。せっかくなので、何年かぶりに引っ張り出して聴いてみたら、素晴らしいアルバムじゃないですか!

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2014.07.14

人に勧める本について

140714.jpg息苦しい!
本屋さんに行くと、ひと昔前は‘うんち、したい…’となるのがお決まりでしたが、最近はこう感じます。理由は、説教クサい本がやたら多いから。エッセイなのかなと手にとってみると、書かれているのは自己啓発チックな内容で、寒イボが出るということがよくあります。
先日も某有名デザイナーの本を開けると、「そんなん自分の心の中で思といたらええやん」ということが、自己陶酔的にタラタラ書かれていてビックリしました。
こういう本が嫌いなのは、“ザ・啓発書”みたいなテイストではなくて、お洒落チックで、さも自然体ですという感じで書かれていながら、実はエゴ丸出しないやらしさが透けて見えるから。僕的には、こういう人がむっつりスケベだと思います。矢部寿恵のパッケージを見てニヤけるのは、断じてむっつりスケベではありません(キリッ)!

ということで、今回は思い切り自由を感じる、『パイプ党入門〜ゆとりとくつろぎの世界』(深代徹郎、春山徹郎)という、W徹郎によるバカ本をご紹介しましょう。
タイトル通り、パイプの魅力と知識を紹介する指南書で、終始一貫しているのが‘現代人よ、自由たれ’というメッセージ。冒頭の「パイプ党入門へのすすめ」という章では、‘パイプ党には、流行っているから俺もやるという付和雷同型の人間はいない’と、いきなり敷居を上げる自由っぷりを発揮。パイプに親しんでほしいのか、ほしくないのか、どっちなのか? というか、それ以外の理由ではじめる人っているの?  そんな、つまらない常識にとらわれた僕の疑問などお構いなしで話は進みます。
「パイプスモーキングのなかれ四カ条」という章では、「恥ずかしがることなかれ」「年齢を気にすることなかれ」「人の意見を聞くことなかれ」「値段にこだわることなかれ、」という、今だったら怒られそうな主張をブチまけます。(ちなみにこの本が出たのは1976年です)
さらに、おすすめのシチュエーションとして、「歩きながら」「スポーツしながら」「ドライブしながら」などを、人に迷惑かけない程度にやれば的なユルい感じで提案してくれます。その割に、ドライブ中に吸っていて急に振り向くと、窓にコツンとぶつけるから注意しろと、細かい注意をしたりするところがカワイイ。やっぱり、何か人に勧める場合は、ユルさと可愛げが重要ですね。

posted by ichio