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Oh my Buddha!It is such a wonderful site that it's unbelievable.
2021.08.26

山下達郎、恐るべし

210826 ローリング・ストーンズのドラマーであり、ロック史に名を刻むドラマー、チャーリー・ワッツが亡くなりました。スネアとハイハットを同時に叩かない独特のドラムスタイルは一聴するとスカスカに聴こえますが、キースのギターを引き立たせ、ストーンズならではのノリをつくっているのは、そんな彼のドラムあってこそと言っても言い過ぎではないでしょう。またメンバー間の関係においても、バンドのマーチャンダイズの監督としても、バンドになくてはならない存在でした。心よりご冥福をお祈りします。

 前回この夏いちばんYouTubeで見たのは御陣乗太鼓と申しましたが、この夏いちばん我が家のターンテーブルに乗ったアルバムはというと、ダントツで山下達郎の『フォー・ユー』です。
 これまで山下達郎はテレビから流れてくるのをつまみ聴きするくらいで、ほとんどスルー状態でした。ところが、カーティス・メイフィールドの「キープ・オン・トリッピン」や「トリッピング・アウト」「ネバー・ストップ・ラビング・ミー」といったクール系ソウルの名曲にカラダを揺らしていたところ、「ひょっとしたら山下達郎にもこんな感じの曲あるんとちゃうやろか」とひらめき、早速購入。

 「サブスクで聴いた方が手っ取り早いやん」というご意見があるのは重々承知しておりますが、僕の場合好きになるためには身銭を切らないとダメ派なので、今回も一切視聴せずに購入した次第です。こうした当てモノ感覚で買うと失敗した時のダメージは大きい反面、期待以上だった場合のうれしさは格別です。ちなみに2000円オーバーのアルバムだと、どんなにトホホな代物でも、死にもの狂いで好きなところを探さなければなりません。

 で、『フォー・ユー』は・・・・これ、世界レベルの名作ですやん!
 ソングライター、シンガーとしてのクオリティの高さはもちろんのこと、特に驚いたのがギタリストとしての素晴らしさ。シンプルでフックのあるフレーズをつくるセンスと、グルーヴを生みだす演奏力はただ者じゃありません。そして彼のギターが映えるのは、ボトムを支えるリズムユニット、A・I(ベース:伊藤広規、ドラム:青山純)の鉄壁なバックがあってこそ。

 どの曲もイカすのですが、なかでもワンフレーズで曲をグイグイ引っぱる「スパークル」や「ラブ・トーキン」の気持ち良さは、カーティス・メイフィールドとタメを張ります。
 ただし、さっき挙げたカーティスの曲が蒸し暑い夜を連想させるのに対して、達郎(馴れ馴れしいですが、そう呼ばせていただきます)の曲はピーカンの空に風が吹く、カラッと乾いたイメージ。もひとつ言うと、カーティスの曲からは人や街のニオイを感じるのに対して、達郎が歌う世界は無味無臭なところがおもしろい。もちろんどっちが良いという話ではなく、単に個人的なイメージです。

 その他に「ラブランド、アイランド」のような夏御用達のキラーチューンもあれば、じっくりと盛り上げる「ふたり」のようなバラードもある、さらに後半にはヘビーなファンクナンバー「ヘイ、リポーター」まで取り揃えた、天ぷら 屋さんの“まきの定食”状態。
 もともと僕は大仰な「ふたり」タイプのバラードは苦手で、達郎のボーカルもある意味ねばり気が強めなので胸焼けするところなんですが、不思議とサクッと聴けるんですよね。これは曲の良さに加えて、音楽の神様から授かった声によるところが大きいと思います。
 こんな名盤を今まで聴かずにいたのは、ずいぶん夏を損した気分にならないこともないですが、その分これから聴きまくってもとを取りたいと思います。

 余談ですが、僕と同じような達郎弱者の方も、このアルバムのカバーイラストは見たことあるんじゃないでしょうか。描いたのは80年代を代表するイラストレーター、鈴木英人。僕も小学生か中学生の頃、彼のイラストがプリントされた缶ペンを持ってました。同じくこの時代を象徴する永井博のイラストもあわせて、何周かまわって今すごく新鮮に見えます。

posted by ichio
2021.07.06

一生モノ級の傑作、『アメリカン・ユートピア』

210706 サイコーやないですかッ!! デヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』。
 カッコ良すぎて涙腺が崩壊し、ヒックヒックするくらい泣いてしまいました。

 ざっくり内容を説明しますと、かつて彼がフロントマンを務めていたバンド、トーキング・ヘッズとソロになってからの代表曲をメインに構成されたブロードウェイのショーを、映画監督のスパイク・リーが映像化した作品です。
 といっても、単なるライヴやミュージカル仕立てにならないところが、デヴィッド・バーンのデヴィッド・バーンたる所以。何と、裸足でお揃いのスーツを着た11人のミュージシャンが、舞台狭しと日本体育大学の集団行動のように複雑なフォーメーションをとって行進したり踊ったりしながら、演奏するんです。
 しかも演奏はシンプルかつグルーヴィーで、グイグイ腰にくる完成度。デヴィッド・バーンのボーカルも年齢を重ねて滋味が滲み出てきて、若い頃とはまた違った魅力があります。

 あまりにスゴ過ぎて、「こんなクオリティの高い演奏と複雑な動きを同時にするのは無理。絶対に口パク」と邪推する人がいても、僕は怒りません。生演奏だと知っていても、途中から「そうはいっても、ちょっとくらい口パクしてるんじゃないの?」と疑ってしまうくらいですから。
 しかし、こうした疑問に対して、デヴィッド・バーンはメンバー紹介を交えながら本当の本当に生演奏であることを証明し、観客を改めて唸らせます。

 『アメリカン・ユートピア』が素晴らしいのは、技術的にすぐれているからだけではありません。むしろ、デヴィッド・バーンのセンスと知性、そしてひょうひょうとした佇まいがあってこそといえるでしょう。
 実際に踊り自体は高度な技を披露しているわけではないのですが、ユルいところとバシッとキメるところのメリハリをつけることで、カッコ良さが際立っているんですよね。
 余談ですが、ピーター・ガブリエルのライヴにも同じような魅力を感じます。
 こういうスタンスは、肉体的な経年劣化が加速している中年として、是非ともお手本にさせていただきたいところです。

 また、このショーではデヴィッド・バーンの語りや舞台演出によって、さまざまなメッセージが発信されているのも特徴。でも、それが頭デッカチになっていないのが粋。近年顕著になっている世界の断絶に対しても、特定の個人や国を糾弾するのではなく、その原因は一人ひとりの心にあるとしている点にも共感。しかも、それをあんなモノ、こんなモノで表現するなんて、イカして過ぎてますやん。

 あともう一つ、おそらく複雑・高度であろう撮影や構成をそうとは見せず、没入体験させてくれるスパイク・リーの手腕も素晴らしい。そして、パフォーマーが全集中している緊張感と、音楽が楽しくてしかたないと感じている姿がとらえられていて、胸が熱くなります。音楽が好きでないと、こういう映像は絶対に撮れません。

 もうベタ褒めを通り越してネチョ褒め状態ですが、ブロードウェイ公演されたのを知った時は、昔のヒット曲を焼き直ししているように思えて、「デヴィッド・バーンも年をとったなぁ」と残念な気持ちになったことを白状します。
 いやもう、完全な間違い。菓子折りを持ってニューヨークまで謝りに行かなければなりません。

 彼は「これはいつ書いた曲なのか」といったみみっちいことにはこだわらず、「“いま” 意味のある曲は何か」という視点でとらえているんです。
 また、ラテンやアフリカの音楽を積極的に取り入れてきた彼は、かつて「人様の文化を搾取している」、「植民地主義だ」など、批判されることもありました。当時から評論家のこじつけ感がハンパありませんでしたが、今振り返るとさらに、そういった物言いの方がはるかに傲慢なエリート主義であることが分かります。
 デヴィッド・バーンは、異文化の音楽を奪ったのではなく、異文化の音楽に心を奪われたんです。そして、音楽の素晴らしさと力を心から信じているんです。
 そんな彼に魅了されないわけがありません。

posted by ichio
2021.05.27

FANTASTICO FANIA!

210527 新型コロナウイルスの影響が長引き、自粛疲れが出てきている方もいらっしゃるかと存じます。いろいろな制限がある中で張り合いのある生活を送るためには、まずカラダとこころの健康が大切。
 僕もカラダの健康に関しては、ずっとしている超ライトな筋トレに加えて、ランニングをはじめました(正確には幾度の挫折からの再挑戦です)。しかし体力の衰えは隠しようがなく、いちびって若い人をオーバーテイクしてしまったら最期。すぐにしんどくなってペースが落ちてくるのですが、一度抜かした人に抜き返されるのは恥ずかしいので、死にもの狂いで走る羽目になってしまいます。限界が来た場合は、さも走り終わった素振りを見せつけて歩きに切り替えます。

 メンタルケアの方は、もっぱら音楽鑑賞。僕の場合、とことんダークなものと、ご陽気なものをセットで聴いくことで相乗効果を高めます。
 ダークサイドで愛聴しているのが、デヴィッド・シルヴィアン+ホルガー・チューカイ『ブライト&プレモニション』、ウィリアム・バシンスキー+リチャード・シャルティエイ『無題』、トム・ヨーク『サスペリア』といったところでしょうか。これ、本当に奈落の底に引きずり込まれそうな音楽なので、ホラー映画を観て爆笑するような人でないと聴かない方が良いと思います。くれぐれもご注意ください。

 一方ご陽気サイドで愛聴しているのが、ラテン音楽。中でもFANIAというラテン音楽専門レーベルの作品がお気に入り。針を落として音が鳴りはじめた瞬間からウキウキ♪ 元気になります。
 男性のみなさん、「FANZA」ではありません。「FANIA」です。お間違いのないよう。まぁ、FANZAもある意味、元気にはなりますが・・・・。

 FANIAは1964年にニューヨークで設立されたレーベルで、1970年代に盛り上がったラテン音楽シーンを支えた存在。ウィキペディアによると、ジャズにおけるブルーノート、ソウルにおけるモータウンのような感じだったとのこと。
 現在は他のレコード会社に買収されたものの、レーベル自体は存続しているので、比較的簡単に作品を手に入れることができます。

 僕はここ何年かチビチビと買い集めているのですが、とにかく「FANIAにハズレなし」といえるくらい、どれも素晴らしい。特にオススメしたいのがラリー・ハーロウというピアニスト。
 今回ピックアップしたジャケットは胃もたれしそうなビジュアルですが、グッとこらえて聴いてみてください。艶のある歌声、高らかに鳴り響くホーン、自然と腰が動きだすリズムを刻むパーカッション、そして転がるようなドライブ感を生みだすハーロウのピアノ。きっと、こころの空模様は曇りから快晴に変わるはず。
 個人的にラリー・ハーロウのアルバムでは代表作とされることの多い『エル・エキシジェンテ』(写真)よりも『ヘビー・スモーキング』が好きです。

 いきなり聴き慣れないラテン音楽を聴くのはハードルが高いという方は、まずFANIAのサイトにアクセスしてみてください。ピックアップした写真に勝るとも劣らない濃ゆい面子がズラリと並んでいて、見るだけで楽しい。これがきっかけとなり、新しい扉が開くかもしれません。
 男性のみなさん、しつこいようですが、FANZAのサイトではありませんよ!

posted by ichio
2021.01.09

どんどん好きになる『ガウチョ』の魅力

210109b 仕事をするうえで、あるいは日々生活するうえで、人には「はじめに思い描いたイメージを忠実にカタチにしたいタイプ」と、「最初のイメージから変化することを良しとするタイプ」の2タイプが存在します。
 「何のイメージもなく、どうなっても良いタイプ」も少なからずいらっしゃいますが、今回は除外させていただきます。ついでにいうと、こういう人に限って自分では何もしない(できない)のに、非生産的で的外れなケチだけつけるんですよね。前向きな展開にするために意見交換しようとすると、自分が何も考えていないことがバレるので、「こっちは素人。あんたらプロがどうにかせい」と開き直るのがパターン。
 みなさん、それぞれ具体的な顔が浮かんだと思います。この話をしだすと止まらなくなるので、このへんでやめときましょう。

 音楽も先の2タイプに分けることができます。乱暴に分別すると、例えば前者はクラシック、後者はジャズといったところ。またポピュラーミュージックにしぼると、前者はレコーディングを重視する人、後者はライヴ感を重視する人に分けることができます。
 レコーディングを重視するミュージシャンは、録音してパッケージ化された作品を自分の表現手段ととらえていて、スタジオワークを駆使して生演奏で再現するのはむずかしいサウンドをつくる傾向があり、完璧主義でちょっと狂気じみた人が多いように思います。

 今回取り上げるのは、その代表的な存在のスティーリー・ダン。
 スティーリー・ダンは職人的な音楽活動をしていたドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーを中心に、1970年代前半に結成されたグループ。初期はソウルをベースにしたひねくれポップをつくっていたのですが、メンバーがごそっと抜けてフェイゲン&ベッカーの2人体制になってから度が過ぎるサウンドづくりが炸裂。自分たちがイメージする音を再現するために腕利きのスタジオミュージシャンを片っ端から呼びつけて、何十回も同じパートをプレーさせたり、その挙げ句すべてのテイクをボツにして他のミュージシャンにプレーさせたり、何年もスタジオに籠もってスタジオワークに没頭するなど、さまざまな伝説を残しています。

 実際にフェイゲンは自分のボーカルのアプローチについて、「前もって綿密に考え抜かれたプランにのっとって青写真どおりにやる。(中略)事前に練りに練った上で譜面に書き下ろしたものを完璧に再現する、という方法をとっている」(『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』より引用)と述べています。
 このように妥協のない徹頭徹尾コントロールされた音楽は建築美ともいえる魅力を放ち、ミュージシャンだけでなく音楽プロデューサーやエンジニアもフェイバリットとして挙げているのをよく見かけます。

 こうした企画でピックアップされるのは、キャリアのピーク時につくられた『彩(エイジャ)』が大半。曲や演奏のクオリティ、アルバム全体のバランスは確かに『彩』がピカイチ。異論はございません。
 でも、個人的な好みは次につくられた『ガウチョ』。アルバム全体に漂うヒンヤリとした質感が変態チックでたまらんのです。
 
 『彩』と『ガウチョ』では制作手法で大きな変化がありました。それは打ち込みリズム(あるいはクリック)を導入し、プレーヤーの演奏を別々に録音するようになったことです。『彩』でも多重録音、録音後の編集は行われていたものの、まだ生演奏がベースになっていて、プレーヤー同士が相手の演奏に反応して自分の演奏に反映させる余白がありました。
 しかし打ち込みを本格的に取り入れたことで、それぞれの演奏をパーツとしてとらえ、カット&ペーストを重ねる編集に重きを置くようになり、プレーヤー同士の化学反応が起こりにくくなったのです。しかも当時の打ち込みは、機材の技術的な問題と作り手のノウハウの少なさのせいで、表情の乏しいノッペリとした音。こうした要素が合わさり、『ガウチョ』はどこか無機質で、広がりのない密室性の高いサウンドになっています。
 また、アルバムの前半から中盤にかけては洗練されて聴いていて気持ちいい曲がつづくのですが、後半に差し掛かると微妙な感じになって、ヌルッと終わります。
 アルバムを聴き終わった時、「ひとつひとつの細部は良くできているけれど、建物全体を見たら傾いてますやん」という、欠陥住宅感が漂っていてクラッとするんですよね。

 こうしたことは普通マイナス要素なんですが、『ガウチョ』の場合はプラス要素になっているのが不思議です。
 収録時間が38分足らずと短く、批判めいた印象が立ち上がりそうになったところで終わり、煙に巻かけたような気分になるのも味わいのひとつ。聴く度にどんどん好きになっていくアルバムです。

 冒頭では、イメージを忠実にカタチにしたいタイプに対して否定的なことを書きましたが、こうして考えると良い面もあるんですね。
 ・・・・でも、自分が仕事で何十回もやり直しをくらい、挙げ句に全部ボツにされて他の人に依頼し直されたら、死ぬ間際まで引きずるトラウマになるのは間違いありません。家でも洗濯を手伝って、たたみ方が違うといって何度もダメ出しされたら、確実に夫婦関係はこじれるでしょう。
 自分ごととして考えるならやっぱり、変化することを良しとするタイプの方が良いです。

posted by ichio
2020.09.01

いま聴くべき劇薬、サンズ・オブ・ケメット

200901 黒い。ただ黒いのではなく、テリが出ないほどドス黒い。
 これは、サンズ・オブ・ケメットの目下最新作『ユア・クイーン・イズ・レプタイル』を聴いた感想。僕的にサイコーの褒め言葉です。

 サンズ・オブ・ケメットは、UKジャズシーンの最前線を突っ走るテナーサックス・プレイヤー、シャバカ・ハッチングス率いるグループ。
 メイングループのシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズがアフリカ色の強いサウンドなのに対して、こちらはアフロに加えてキューバやジャマイカ、ニューオリンズ、はたまた中東など、さまざまな地域のリズムや旋律を取り入れているのが特徴。しかし、音楽性の幅を広げたことで、彼の中にある黒さがより際立つ結果に。ジ・アンセスターズも異様に黒いサウンドですが、サンズ〜は文字通りドスの効いた黒さ。
 さっきからまったく説明になっていませんが、一度聴いてもらえれば分かっていただけると思います。

 現在進行形のテナーサックス・プレイヤーといえば、もう一人、カマシ・ワシントンというキャラの濃い人がいます。
 カマシとシャバカの共通点は、演奏する楽器だけでなく、“ジャズ”という枠にとらわれない音楽的志向と、スピリチュアルというキーワード。見た感じも何となく似たような雰囲気が漂っています。
 このようにジャズに対するアプローチは相通じるものがあるものの、そこから生み出される音楽はかなり異なります。カマシはファラオ・サンダース直系の昇天ミュージックで、明るく開放的なのに対して、シャバカは暗く内省的。そして、シャバカが吹くテナーは野太く、骨の髄まで響き渡ります。
 そもそも、サンズ〜のテナーサックス、チューバにツイン・ドラムという編成からして変態。この異形感は、ファラオ・サンダースよりもエリック・ドルフィーに近いように感じます。

 シャバカはサウンドだけでなくアティチュードも辛口で、『ユア・クイーン・イズ・レプタイル』では、イギリスに蔓延る人種差別と、それを助長する英国君主制やライフスタイルに対して、徹底的なアンチが打ち出されています。収録されているすべての曲名は「My Queen Is (人の名前)」になっていて、活動家をはじめ、実在するさまざまな女性を称えるメッセージが込められているとのこと。
 そういう意味でも、いま聴くべき音楽といえるでしょう。

 ただ、このグループから生み出される呪術的グルーヴは、心の奥底へズンズン沈んでいく劇薬ですので、コロナ禍で気持ちが下向きになっている方は、ご注意ください。

posted by ichio
2020.07.31

まだまだ熱いポール・ウェラー

207031  これを待っていたんですよ、アニキ〜!

 UKロックのレジェンドであり、我が人生の師でもあるポール・ウェラーが、キャリア40年を超えた今、これまで生み出してきた数々の名作たちの中に、新たな1枚を加えてくれました。

 僕がポール・ウェラーと出会ったのは中学生時代。彼がスタイル・カウンシルを始動させてしばらく経った頃です。バンド・エイドのビデオで、多くのミュージシャンが楽しげに合唱している中、一人むずかしい顔をして歌っている男前を見つけて、興味を持ったのがきっかけでした。
 それから40年あまり、ずっと彼を追いかけつづけてきましたが、正直『22ドリームス』あたりから首をかしげるように。
 そのワケは、彼の持ち味である骨太かつ憂いを帯びたメロディの後退。特にクラウトロックを意識した『ソニック・キックス』と『サターンズ・パターン』では、意図的に盛り上げる曲展開を避け、短いフレーズのリフレインとサウンドプロダクションで引っ張る曲が増え、「悪くはないけど何か煮え切らない」気持ちがつづいていました。

 そんなアニキに僕からテレパシーを使って提案していたのが、スタカン時代のようなメロディアスな曲調にエレクトロニックな要素をまぶしたAOR化。年齢を重ねた今だからこそ、ポール・ウェラー流のブルー・ナイルのようなアルバムをつくれば、いいモノができるはずという確信がありました。
 しかし、僕のテレパシーが弱いせいか、なかなか提案は受け入れられませんでした。『ア・カインド・レボリューション』でオーソドックスな英国産ロックの方向に戻る気配をうかがわせ、つづく『トゥルー・ミーニングス』ではフォーク・ロック的な要素を取り入れるなど、少しずつ近づいてはきていたものの、「ちょっと違うんですよ・・・・」と苦虫を噛み潰しておりました。

 そして、ついに僕の想いとピッタリ合ったのが、今回ドロップされた『オン・サンセット』。全編ウェラー節全開。心に引っかかるメロディも戻っている。しかもそこにこれまで試行錯誤してきた曲作りやサウンドプロダクションが活かされている。例えば、オープニングを飾る「ミラーボール」や中盤のハイライトの「モア」のような曲をダレずに聴かせる構成力は、10年代あたりから脱ウェラーを図った成果といえるし、控えめながらツボを抑えたエレトロニックサウンドは、『ソニック・キックス』や『サターンズ・パターン』で培ったもの。間違いなくここ10年間の集大成であり、傑作といえるでしょう。
 どの曲も芯がしっかりしていて聴き応えがあるのですが、やっぱりノスタルジックな雰囲気の「ヴィレッジ」と「アース・ビート」が白眉。人生の後半をむかえた男の視点から書かれた歌詞もグッときます。
 また、スタカン時代にお払い箱になったポリドールに復帰しての発売というのも泣かせるじゃありませんか。

 今作でアニキとエレクトロニックの相性が良いことが明らかになったので(僕はずっと前から分かってましたけどね[キリッ])、次作もこの路線を押し進めてほしい。
 いやぁ、またこうして彼に熱くなれることがうれしい。どこまでもついていきますッ!

posted by ichio
2020.03.03

ブラックミュージック・ラビリンス

200304 完全に魔宮に迷い込んでしまいました。当分抜け出せそうにありません。
 ここ数年ブラックミュージックをつまみ食い程度にいろいろ聴き漁ってきて、いよいよ70年代後半〜80年代前半のディスコの息がかかったファンク、ソウルに漂着。具体的な名前を挙げると、ブラザーズ・ジョンソンや映画『ゴースト・バスターズ』でお馴染みのレイ・パーカー・ジュニア、MCハマーのヒット曲「ユー・キャント・タッチ・ディス」のサンプリングネタを作ったリック・ジェイムスといった方々です。ジャケットを見ても分かるように、みなさん派手といいますが、チャラいといいますか、夜の街で会ったら注意が必要なヤニコいオーラが漂っています。
 実際にリック・ジェイムスはかなりブッ飛んだ人で、晩年はドラッグでボロボロに・・・・。またリック兄貴は、MCハマーが「ユー・キャント・タッチ・ディス」で自分のフレーズを無断で使用したことを訴え、多額の賠償金をゲット。この判例によってサンプリングのあり方がガラッと変わったという、ある意味音楽の歴史を変えた人でもあります。

 先ほど名前を上げた御大たちのレコードは今の流行りからかけ離れているせいか、ワゴンに放り出されて500円くらいで叩き売られている状態。しかし、音楽がつまらないのかというと決してそんなことはありません。ぞんざいな取り扱われ方やチープなビジュアルイメージを除去して聴くと、一撃で彼らが才能あふれるミュージシャンで、素晴らしい音楽を生み出していたことが分かります。確かに今聴くとダサい音色が混じっていたりしますが、それは「一周まわって新しい」と、こちらで忖度してあげましょう。
 特に僕はブラザーズ・ジョンソンにグッときています。軽やかで切れ味のあるギターカッティングと独特のうねりのあるチョッパーベース、そしてタイトな人力ドラム。自宅で彼らのご機嫌な曲を流しながら、微妙にズレたステップを踏んでいます。

 またブラザーズ・ジョンソンからの流れで、ジャクソンズやチャカ・カーンの素晴らしさにも開眼。中学生の時、録画した音楽番組で彼らのプロモーションビデオが流れるとすぐさま早送りしていたことを思うと、ずいぶん遠くに来たものだと感じます。

posted by ichio
2019.09.15

こんなん聴いたことない!摩訶不思議なボーダレスサウンド

190915 なんや、このめくるめく世界は!
 こんなトキメキを感じたのは、熟女セクシー女優の矢部寿恵さんに出会った時以来じゃないでしょうか。といっても、そっち方面の話ではなく、音楽の話です。
 偶然CSで出くわし、聴いて5秒も経たないうちにノックアウト。あまりに一瞬の出来事でバンドの名前も分からないまま。思いつく限りのキーワードを絞り出して検索したところ、モニタにさっき見た「いつの時代からタイムスリップしてきたん」という、インパクトのあるルックスが現れたではありませんか。

 名前はKHRUANGBIN(クルアンビン)。タイ語で飛行機を意味するそうです。2014年にテキサスで結成された3ピースのインストバンドで、ローラ・リー(ベース)、マーク・スピアー(ギター)、D.J.(ドラム)というラインナップ。ちょっと前からコアな音楽ファンの間で話題になっていて、今年のフジロックにも参加していたらしい。単独ライヴもすぐにソールドアウトになるほどの盛り上がりようとのこと。知らんかった・・・・。なんか損した気分です。

 彼らのサウンドを聴いて真っ先に脳ミソをくすぐられるのが、東南アジア的な旋律。聞こえる音の通り、60〜70年代のタイ・ファンクから強い影響を受けていて、そこにサイケデリック・ガレージやポスト・ロック的な要素を絶妙の塩梅でミックスしています。メロディはレトロでエスニックな雰囲気だけれど、リズムがクエストラヴやクリス・デイヴ以降のグルーヴを叩き出しているところがフレッシュ。ボノボが彼らをフックアップしたのが頷けます。
 マーク・スピアーのギターも達者で、演奏技術だけでなくリバーブを駆使した空間づくりがなかなかエグい。東南アジアやメキシコなどの旋律を効果的に使っているものの、単に上っ面だけを拝借するのではなく、カレーメシのようにドロドロになるまで信じて混ぜて、自分流のスタイルに消化しているところが凄い。サウンドのタイプは違いますが、デヴィッド・バーンとブライアン・イーノによる快作(怪作)『ブッシュ・オブ・ゴースト』に近いんじゃないでしょうか。とにかくポール・サイモンの『グライスランド』のシャバシャバ感とは真逆のスタンスです。(僕は全部好きです)
 クルアンビンの場合、消化剤になっているのがブルース。エスニック的な要素とブルースフィーリングが等価で混ざり合っていることで唯一無二の音になっている。テキサス出身というルーツが活きていますね。こうして様々な要素が渾然一体となったサウンドはフュージョンにも聞こえるし、アンビエントやエレクトロニカにも聞こえます。そしてとにかく刺激的で、矢部寿恵さんのようにエロいです。
こうした音楽がニューヨークやロンドンではなく、テキサスというローカル都市)から生まれていることも今っぽい気がします。

 ということで最近はKHRUANGBINかけまくり。ついでにタイやシンガポールの歌謡曲、フィリピンやトルコのロックなんかも引っ張り出してきて、夢うつつな世界に浸っている状態です。KHRUANGBIN、おすすめしたいのですが、かなり中毒性が高いので注意してください。

posted by ichio
2019.08.22

『離婚伝説』のカオス

190822 ちょっと前に幻のアルバム『ユーアー・ザ・マン』が発売されたこともあり、マーヴィン・ゲイ熱が上昇中。好きなミュージシャンって、聴く時期によって刺さるアルバムが変わるものですが、今は『離婚伝説』がキテます。
 別に僕がそういう問題を抱えているワケではありません。至って円満ですッ! 
 まずタイトルにクラッとくるじゃありませんか。“離婚”という、どちらかといえばマイナスの意味合いのある言葉(人によっては「離婚してハッピー♪」というケースもあると思いますが)と、プラス的な意味合いで使われることの多い“伝説”という言葉が合体することによって生まれる圧倒的な違和感と意味不明感。個人的にはピンク・フロイドの『原子心母』やT.レックスの『電気の武者』レベルのインパクトです。

 そしてジャケットデザインもタイトルに負けない、なかなかのインパクト。裸で抱き合う石像をバックに、ゲイさん(とってもバリバリの女好きです)もギリシャ彫刻になってポーズをキメている。カッコ良くもなければ味もない、かなりマヌケなデザインです。黒光りしているさまは、男としてギンギン状態であることを表すメタファーでしょうか。どっちにしても、「何、これ?」「何か変やな」と思わせるオーラが充満しています。

 さきほど“意味不明”と書きましたが、『離婚伝説』というタイトルには深〜い意味があるのは有名。このアルバムの原題は『Here, My Dear』。“愛する人よ”が、なぜ真逆の意味合いになるのか・・・。
当時ゲイさんは、浮気がもとで奥さんとうまくいっていませんでした。この奥さんというのが、ブラックミュージックの名門レーベルであり、ゲイさん自身も所属していたモータウン・レコードの社長であるベリー・ゴーディ・ジュニアの姉、アンナ・ゴーディさん。ちなみに17歳年上の姉さん女房です。
 アンナさんはゲイさんの度重なる浮気に目をつぶっていたものの、17歳年下の女性との関係にはブチキレ、離婚することに。当然ながらその際モメにモメて、ゲイさんは財産の大半を失い、さらに慰謝料として新作を作ってその印税をアンナさんに支払うことになりました。それが、『離婚伝説』というワケです。
 この背景を知ると、原題の『Here, My Dear』がどれだけ嫌味かおわかりいただけるでしょう。つけ加えると、前作の『アイ・ウォント・ユー』というタイトルは離婚の原因になった浮気相手に捧げられたもの。そして先ほど触れた『離婚伝説』のジャケットデザインは、アンナさんとの離婚裁判を表していて、“強欲女にいじめられている可哀想なオレ”をアピっています。
 しかも歌詞は全編に渡って嫌味や恨み節、生々しい暴露が綴られています。はっきり言って「おっさん、何しとんねん!」です。

 でも、困ったことに音楽はいいんです。スキャンダルもあり発売当時から長らく駄作のレッテルを貼られてきましたが、個人的には『ホワッツ・ゴーイング・オン』に次ぐ傑作だと思っています。少なくともスルーするのは勿体な過ぎる作品です。
 どこがそんなに良いのかというと、『ホワッツ・ゴーイング・オン』『レッツ・ゲット・イット・オン』で開花したメロディメイカーとしての才能と、『アイ・ウォント・ユー』でモノにしたボーカルの多重録音技術が絶妙の塩梅でミックスされているところ。そして、バックメンバーは黄金期のラインナップではないものの手堅い演奏。こうした要素が合わさって、曲単位だけでなくアルバム全体を通してファンクネスとクールネスが同居する唯一無二のサウンドが完成したといえるでしょう。
 ゲイさん自身も手応えを感じたのか、本来ならテキトーに作ってさっさと元奥さんへの義務を果たせばいいのに、2枚組の大作を作ってしまいました。こうした矛盾を抱えているところにも不思議と惹きつけられます。
 彼がしたことは今ならSNSで大炎上モノですが、傑作というのはワケのわからないカオスから生まれるのかもしれません。

posted by ichio
2019.06.03

トム・ミッシュ 大阪公演

190603 5月29日に行われたトム・ミッシュの大阪公演に行ってきました。
いや〜、期待通り良かった! 仕事を無理やり中断して大阪まで出た甲斐がありました。
 トム・ミッシュは最近いろいろなところで紹介されたり、星野源さんが注目していたりすることもあるせいか、会場は20代らしきの若人を中心に満員。
 彼のライヴは去年のサマーソニックで体験し、パフォーマンス力の高さは折り紙付きでしたが、その時よりも今回の方が骨太で、曲によってはヘビーなサウンドになっていた印象。バンドメンバーが替わっていたことも影響しているのかもしれません。特にベースのお姉さん、凄い音出してました。
 ヘビーといってもデビューアルバム『ジオグラフィー』をはじめ彼のこれまでの曲の大きな魅力である清涼感はそのままで、気持ちいいグルーヴをつくりだしていました。20代半ばでソウル、ファンク、ジャズ、ヒップホップなど幅広い音楽を“丁度いい”塩梅にミックスしながら、トム・ミッシュ印の音楽に仕上げるセンスと技量に脱帽です。

 ライヴ構成は中盤にスローな曲を集めるなど、全体的に程よく落ち着いた雰囲気。お酒を飲みながら観ることができればサイコーでした。
 また、あまりにセンスが良すぎて、見事にコントロールされた演奏を当たり前のように聴かされると、「若いんだから、もっとはっちゃけてもいいんじゃないの?」という、いちゃもんに近い感想も湧いてきたりします。これは5Aのおいしいステーキを食べている最中に「どて焼きも食べたなってきた」とほざくような野暮なのかもしれません。
 でも、『ジオグラフィー』ですでに完成されていたスタイルをこれからどう発展させていくのか早く2枚目のアルバムで確かめたいという期待感は、この日会場に足を運んだすべての人に共通する思いでしょう。

posted by ichio