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2018.08.29

サマソニ〜ベックのパフォーマンスに脱帽

18082950近いオッサンがキャッキャッとはしゃぐ姿というのは、若人たちにはどう映るのでしょうか? 興奮が醒めていくに従い、「キモい、このオッサン」と思われていたのではと、ワキ汗が滲む今日この頃です。
サマーソニック大阪でベックを観て、年甲斐もなく盛り上がってしまった話をしております。
実はベックのライヴを生で観るのは今回がはじめて。これまで映像で観る限りでは、あくまでメインの活動はレコーディングであり、ライヴはグッとこないタイプのミュージシャンだと勝手に決めつけておりました。が、まったくそんなことはありませんでした。というか、もうサイコーで、圧倒されました!

当日はお昼過ぎに会場に到着。熱中症対策として屋内会場でソルティライチを飲みながらスタンバイ。しばらくすると注目していた新鋭、トム・ミッシュのライヴがはじまる。ソウル、ブルース、ジャズ、そしてヒップホップのエッセンスを絶妙の加減でミックスし、極上のポップソングに仕上げている。自ら演奏するギターは透明感あふれるジョン・メイヤー直系。聴いていて気持ちいい。20代前半にして、このセンスとソングライティング能力。間違いなく近い将来メインストリームに駆け上がるでしょう。ちなみに僕が彼と同じ年齢の頃は、毎日「彼女ほしい〜」と悶絶していました。

お目当てのミュージシャンが特にいない時間帯になったので、「せっかくなので」ということで、ONE OK ROCKを観賞。普通にカッコいい。森進一さんのご子息、こんな感じになっておられたのですね。
この頃になると、クーラーボックスに飲み物を詰め込んでやって来た友だちが、となりでせっせとつくってくれるチューハイでホロ酔い気分に。「アテがほしい」ということで屋台ゾーンに行って飲み食いしている間に、楽しみにしていたチャンス・ザ・ラッパーを見逃してしまいました。

そしていよいよ、ベックの登場。がんばって前へ移動すると、御用達のサンローランを身にまとい、ギターを持ったベックが目の前にいる。と、いきなり「デビルズ・ヘアカット」がはじまり、「ルーザー」へとなだれ込む必殺の展開。ジェイソン・フォークナーやロジャー・マニングjrらをはじめとするバックバンドが繰り出すサウンドは、ひたすらラウドで面食らう。そんなオッサンの驚きなどおかまいなしに、この後も目下最新作の傑作『カラーズ』を中心にキラーチューンのオンパレード。完全にパーティーモードというか、花火大会モード。前で踊りまくる外国人に感化され、こちらも大はしゃぎ。“ひとつになる”って、こういう感じだったんスね! 一体感を体感していると、外国人は彼女さんをハグしたりチューしたりとヒートアップ。やっぱり“こっち”と“そっち”には高い壁がありました……。
ライヴはあっという間に後半。メンバー紹介に合わせて、シック、ストーンズ、ニュー・オーダー、トーキング・ヘッズの曲をちょこっと演奏するのですが、これがイカす! 「ブルー・マンデー」なんか確実に本家よりカッコいい。(ニュー・オーダーは、ド級のヘタさが魅力なんですけどね)
やってもやっても尽きないキラーチューンと完成度の高いパフォーマンスに、20年以上に渡りミュージックシーンの最前線を走りつづけている男の凄みを感じました。
今年のサマソニ大阪はかなりショボいラインナップで、実際にお客さんの入りも残念だったようですが、ベックの最新型ライヴを観ることができただけで大満足です!

posted by ichio
2018.08.10

ボブ・マーリーの新発見

180810今年の京都は命にかかわる酷暑がつづき、オヤジがイキって外に出てもろくなことはないので、休みの日は家でおとなしくしています。ですが、もともとじっとしていられない質で、昼を過ぎるとウズウズしてきて近所散策に出かけるのですが、案の定軽い熱中症になって帰ってきます。
夕方になるとシャワーをして、冷や奴とビールで火照ったからだを冷やすわけですが、こんな時にかける音楽はレゲエがいちばん。完全に脳内の回路がシャットダウンし、ゾンビ状態になります。しかしこんな時に限って子どもが「数学の宿題のヒントちょうだい」と来るんですよね。ほろ酔い気分の時にほとんど忘れてしまった連立方程式で頭を悩ますのって、けっこう地獄です。

タレ流し用レゲエの新しいレコード(といっても古いルーツレゲエですが)が欲しいなと思い、ボブ・マーリーのメジャーデビュー前のアルバムを購入。これまで彼の初期の曲は、スタジオ・ワンのコンピレーションに入っているスカしか聴いたことがありませんでした。何といいますか、左上のジャケットデザイン(『アフリカン・ハーブスマン』)のような粗雑さが買う気を削ぐんですよね。何周まわっても決していい感じには見えないデザインと同じように、音の方も残念なクオリティになっている気がしたんですよね。
同じ理由で僕はブートレッグも買いません。あのテキトーなジャケットが受けつけなくて。アルバムは音だけでなく、ジャケットも世界観をつくる大切な要素。そこがおざなりになっていると冷めてしまうんです。それに大半の場合、ミュージシャン本人がライブの出来栄えに納得していないから正規盤として発表しないわけで、それをさらに録音状態の悪いレコードを買うっていうのはどうなのかなと個人的には思っています。ちょっと違うかもしれませんが、自分の仕事でも制作途中のものを見られるのって、キン◯マ見られるより恥ずかしいですから。………いや、僕の場合キンタ◯は見てほしい願望があるかもです。

話は戻り、御大リー・ペリーがプロデュースを担当した『ソウル・レベルス』と『アフリカン・ハーブスマン』のアナログ盤を買ったのですが、すごくよいではないですか! やっぱり食わず嫌いはいけません。曲調は絶頂期のような緊張感はなく、のんびりしていて、ボーカルはピーター・トッシュ、バーニー・ウェイラーとのコーラスがフィーチャーされている。サウンドもメジャー作品のようなクリアな音ではなく、全体がグシャッとひとつの塊になってモコモコと鳴っている感じで、低音もズッシリと重い。行ったことはないけれどジャマイカの陽の光や風、砂ぼこり、人ごみの匂いが脳裏に浮かんできます。
レゲエは針がこすれてプチプチ鳴るノイズもいい具合になる要素なので、アナログ盤がベスト。ただ、リー・ペリーがつくるサウンドはのどかに聴こえるものでも、奥に病的なものが漂っているので、知らないうちに酔いは醒めてしまいます。

posted by ichio
2018.07.27

カマシ、脂がのってます

180726すっかり“時の人”になった感のあるカマシ・ワシントン(どうでもいいですけど、“カマシ”という響き、独特のクセがあります)。ジャズをはじめさまざまな音楽雑誌で大きくフィーチャーされるだけでなく、『ポパイ』にまで登場する盛り上がり様。
そんな旬な時期に発表されたのが『ヘブン・アンド・アース』(右画像)。天国と地球……。スケールが大き過ぎて何が言いたいのかイマイチ伝わってきませんが、“その筋”のド真ん中なタイトルに、この人の本気と天然を感じます。
“その筋”とは、後期コルトレーン、サン・ラ、ファラオ・サンダース、ジョージ・クリントンなど、地球を越え遥か彼方の銀河にまで想いを馳せ、目に見えないモノと交信し、最後には宇宙船に乗ってしまう人たちのことです。初期症状としては、ジャケットに太陽や地球、古代神などがあしらわれ、サウンド面では鈴が鳴り響くといった特徴が挙げられます。そして、そのまんま宇宙船のイラストが描かれたり、ド派手な衣装をまとってインパクトのあるポーズをキメたりして、奇妙な電子音を鳴らしはじめたら、仕上がったなと思っていただいて結構です。新作のジャケットを見ると、カマシはここ何十年間お目にかかることのなかった強者に仕上がったといえるでしょう。

と言いながら、僕はまだ『ヘブン・アンド・アース』を聴いていません。レビューを読むと、なかなか好評な様子。待望の新作が出たにもかかわらず聴いていないのは、お小遣いが底尽きただけでなく、ちょっと前に出たミニアルバム(といっても6曲収録されています)『ハーモニー・ディファレンス』があまりにも素晴しかったから。「しばらくはこの音に浸っていたい」という感動がわき上がってくると同時に、「これをどうやって超えるの?」という不安を抱いてしまうくらいの出来栄え。傑作です。
単なるスピリチュアルジャズの焼き直しではなく、ヒップホップやポストロック的な感覚も血肉化し、進化したモダンミュージックになっているところが凄い。こうした音をつくりあげたのは本人の才能はもちろん、今作に参加しているサンダーキャットやテラス・マーティン、マット・ヘイズ(この人のギターも素晴しい)といった、同時代のミュージシャンの存在も大きいといえるでしょう。
そんなカマシがサマソニにやって来るということで慌ててチケットを買ったら、大阪は別日の公演! 少ない小遣いを削って観に行くか悩み中です。それにしてもサマソニ大阪、東京と比べて随分ショボくないですか?

posted by ichio
2018.05.16

画期的なジャズ論で、スタンプの「それな!」の違和感解消

180516去年から忙殺状態がつづいていたり、自宅のパソコンが逝ってしまったりで、更新が滞っていました。仕事もひと段落し、心の平安を取り戻してきたので、ぼちぼち再開したいと思います。

子どもとLINEのやり取りをしていると、「それな!」というスタンプがたまに送られてきます。どこのどいつか分からないキャラクターに半笑いで「それな!」と言われる度に、共感を得たうれしさを感じると同時に、まじめに考えて出した意見に対する返しの軽さに、ビミョーな違和感をおぼえていました(あくまでスタンプを送ってくれた子どもにではなく、キャラクターに)。しかし、ついこの前、「それな!」を書いた本人に送りつけたい本に出会ったのです。

本の紹介をする前に、少しオレ話をさせてください。
僕は20代半ばまでブラックミュージックが苦手でした。歌も演奏もめちゃめちゃ上手くて滑らかな感じが、当時の僕には甘過ぎたのだと思います。もちろんブラックミュージックには強いメッセージ性を打ち出した音楽や、引き締まったビートが炸裂する硬質な音楽も多くあり、今では“滑らかでメロウ”というイメージが偏ったものだったと分かります。
歳を重ねるなかでそんな思い込みも薄れ、最近はハードなものだけでなく、若い頃苦手だったメロウなもの(さらにコテコテなムーディなものでさえ)も大好物です。この辺の感じは、牛肉ばかり食べて喜んでいたガキンチョが、菜っ葉とおあげさんの炊いたんをありがたそうに食べるオッサンになった様を想像してもらうと伝わりやすいかもしれません。

そういう好みの変化とは別のところで、何となく、今スパイク・リーの『マルコムX』を観たらおもしろいんじゃないだろうかという気がして、約20年ぶりに観賞。劇場公開時は、「おもしろくないワケじゃないけど、いまいちグッとこない」という感じで、今回改めて観た感想もそれほど変わりませんでした。
しかし、再観賞がきっかけで、マルコムXが活動していた時代のブラックミュージックと、その後のブラックミュージックを紐づけて聴く楽しさを発見。ジャズ、ソウル、ファンク、レゲエ、ヒップホップなどスタイルは問わず、そのなかに流れるグルーヴを軸にして聴くのが新鮮でした。特に昔は背伸びして聴いていた後期コルトレーンやエリック・ドルフィー、ファラオ・サンダースなどのフリージャズが放つバイヴ(アホっぽい表現で恥ずかしい)がジワ〜としみ込んできました。
また、自分のなかのグルーブ・チェーンはすぐにロバート・グラスパーやディアンジェロ、さらにはケンドリック・ラマーともつながり、興奮をおぼえました。自分が何に興奮しているのかを考えてみたところ、「新しいジャズの捉え方とビート感覚」がキーワードになっていることはボンヤリと浮き出てきたものの、ピントが絞りきれず、ボヤ〜としたままでした。エロ関連なら、自分がどこで興奮してるのか簡単に分かるんですけどね。

そんな時に出会ったのが、『Jazz Thing ジャズという何か ジャズが追い求めたサウンドをめぐって』(原 雅明)でした。「Jazz Thing」とは、スパイク・リーが『マルコムX』の2年前に手掛けた『モ・ベター・ブルース』の挿入曲で、ジャズの王道に身を置きながらロックやヒップホップにもアプローチしていたブランフォード・マルサリスと、90年代のヒップホップを牽引したDJプレミアがタッグを組んだエポックメイキングな曲。本のタイトルと出だしに、この曲をもってきた時点で、僕的には「それな!」の連打!
この本で展開されている音楽評論のコンセプトは、これまで語られてきた“真っ当な”ジャズ史〜ジャズ論ではなく、伝統的なジャズと現在のソウルやヒップホップといったブラックミュージックを直結させて、新たな音楽の在り方・聴き方を提示しようとする試み。これはまさに僕がボンヤリと関心をもっていた、「新しいジャズの捉え方とビート感覚」に対する答えでした。
マイルス・デイビス、ハービー・ハンコック、オーネット・コールマンが新たなジャズを模索していた歴史にはじまり、70年代から80年代にかけてのロフトジャズやフュージョン、90年代に活発化したジャズとヒップホップの融合、クエストラヴやコモン、ディアンジェロ、エリカ・バドゥ、ロイ・ハーグローヴといった、ヒップホップ、ソウル、ジャズの先鋭が集まったソウルクエリアンズ、そしてテン年代をリードするロバート・グラスパー人脈やカマシ・ワシントンの活動までをつなげる展開は、ずっと目からウロコ状態。特に驚きだったのは、こうしたブラックミュージックのウラ鉱脈と、アメリカーナをつなげる視点が盛り込まれていたこと。僕のなかでこれらは完全に別モノだったのですが、おかげで新しいグルーヴ・チェーンをもつことができました。情報量もハンパなく、ホントに勉強になります。
この本を読んだ人と「それな!」を送り合えることができれば、すごくうれしいです。

posted by ichio
2017.06.15

やってはいけないことをして成功した『銀界』

170614自分の中で「これだけはやったらあかん」と思っていることが世の中的にはOKだったりして、首を傾げることが多々あります。最近だと、会話の中で芸人さんみたいに「〜からの」とか「イヤイヤイヤイヤ」というフレーズを大声で発する人を見ると、コイツの背後に毒ヨダレ垂らしたエイリアン現れへんかなと真剣に思います。
もうひとつ「やったらあかん」と思っているのが、伝統的な楽器とモダンミュージックとの融合。たまにテレビで見る、ロックバンドをバックに三味線を弾いたり、雅楽で用いられる笛でヒット曲を吹いたりするやつです。楽器の良いところを根こそぎ台無しにしているし、音楽的なチャレンジも刺激も皆無。それに、単純に聴いていてダサい。やるなら広告代理店的なアプローチではない、プラスの要素を生み出すためのビジョンや戦略、批評精神をもって臨んでほしいものです。
まぁ、世界にはそんな面倒くさいことを考えずに、インド音楽とジャズ、トルコ音楽など、さまざまなミックスしている人たちがいますが、能天気故、内容がはっちゃけていてキュートなんですよね。日本でこういうことをする人の大半はカッコ良さげなイメージでやってるので、かわいげもありません。

そんなハードルの高いチャレンジに遥か45年以上前に挑み、先に述べたイチャモンをそそくさと引っ込めたくなるような、圧倒的な世界観と演奏を突きつけてくるのが『銀界』というアルバムです。内容は、山本邦山という、味つけ海苔のような名前の尺八奏者(人間国宝!)と、日本のジャズを牽引してきたピアニスト、菊地雅章が競演する所謂“ジャズmeets邦楽”。しかし、その演奏はどちらかの音楽的フォーマットをなぞってお茶を濁す安易なものではなく、お互いがもつテクニック、ボキャブラリーを駆使し、丁々発止で今までにない音楽をつくり出そうというヒリヒリ感が伝わってきて、しかも音楽としてカッコいいのだから凄い。ベースのゲイリー・ピーコックもいい仕事している。彼はこの時期、禅とマクロビオテックにハマっていて、京都に住んでいたとか。
昔の新日プロレスは大物同士の試合になると、お互いが見せ場をつくったところで両者リングアウトになるのがお決まりでした。中にはワケもなく急にリングを下りて、「オラ〜、ここで勝負しろ!」と叫びだす珍妙なレスラーもいました。『銀界』はそうではなく、「マジで勝負つけるの?!」というワクワク感が存在しています。

posted by ichio
2017.03.10

刺激的なボノボの新作

170310どうしてだか、見知らぬ外国人からよく声をかけられます。場所は街中、山奥、はじめて訪れた田舎町などさまざま。用件は道を尋ねるだけでなく、「駐輪所にタダで停めたいのだけれど、ダメなのか? もしダメなのであれば、どのような課金システムになっているのか?」とか、「オレはインドから来て、一人旅をしている。そして日々の出来事を、オレがこうして手に持っている日記に書き留めている。ところで、お前はお前自身が住む京都についてどう考えているのか?」とか、「お前はテレビドラマで見た、あの俳優に似ている。ほら、あれ誰だっけ?」など、イレギュラーなコミュニケーションが多いのが特徴です。道を尋ねられた場合も、「そんな地名、生まれてはじめて聞いたんですけど」というような、どう行ってよいのか皆目見当がつかない僻地を地図で指さされたりします。
残念ながら僕の英語力は中学生レベルで、ほとんど喋れないし聞き取れない。上記の内容だって意味が分かる単語をつなぎ合わせて類推しているだけ。一度、調子にのって関係代名詞を使った長めのセンテンスで答えたら、すごく面倒くさい感じになったので、それ以来「右・曲がれ・オレ・たぶん・そう思う」と、単語を羅列するようにしています。ちなみに、「駐輪所にタダで停めたいのだけれど、ダメなのか?」という質問に対しては、「トゥ・バッド!」とだけ答えておきました。
こんな風に、教えてあげたいけどうまく伝えられないもどかしさ、多くの人がいる中で僕をチョイスする「なんでやねん」感、山を何時間もトレイルしていて出会ったのは野生のシカだけだったのに最後の最後でインド人に出会う不思議感、でも何やかんやいって家に帰ったら自慢したい高揚感などが混ぜこぜになり、得も言われぬ感覚に陥ります。

これと似た感覚になるのが、ボノボの音楽を聴いた時。去年の夏過ぎからつづいていた忙殺状態が少しおさまり、やっとボノボの新作『Migration』を聴きました。
ボノボ(サイモン・グリーン)は、いま最も刺激的な音楽をつくる一人といって間違いないでしょう。はじめて知った『ブラック・サンズ』では、まだ「すごくいいんだけど、ここのアレンジがもう少し何とかなればなぁ」と感じるところがあったのですが、前作の『ザ・ノース・ボーダー』で一気にこちらの期待を上回るネクストレベルに突入。次はどんな音楽をつくってくるのかという期待と、『ザ・ノース・ボーダー』で出し切ったんじゃないかとう不安が入り混じる中で発表された『Migration』。その感想は、「凄い!」の一言。エレクトロニカ、ヒップホップ、ソウル、アンビエント、ポスト・ロックなどさまざまな音楽のエッセンスを洗練された編集センスでまとめる、これまでのボノボの良さを残しながら、新しい試みにチャレンジしているんです。特に今作は曲の構成が凝りに凝っている。出だしは叙情的だった曲が次第にトランシー&トライバルな趣に変わり、気がつけば頭がクネクネ動きだしています。白眉は3曲目「Outlier」と、7曲目「Bambro Koyo Ganda」。多様な音楽のスタイルをボノボという個性でひとくくりにして、規格外の展開で進行する。一体自分は何を聴かされているのか? いろいろなものが混ぜこぜになり、他の音楽では味わうことのない感覚がこみ上げてきます。大げさでなく、新しい体験といってもいいくらい。45を過ぎてこういう出会いがあるのですから、音楽はやめられません。

posted by ichio
2016.10.13

リチャード・アシュクロフト 生初体験

161012抱かれてもいい。そう思えるくらい最高のライヴでした。
ソロ名義としては16年ぶりとなるリチャード・アシュクロフトの来日公演。僕は、今回がリチャード生初体験。今や伝説となっている2008年のサマソニでのライブを見逃した後悔の念、新作『ジーズ・ピープル』の充実ぶりに伴う期待感、稀代のイケメンに会える萌えなどが混ぜこぜになり、前日から気持ちが高ぶる。
当日は仕事もそこそこに切り上げ、会場のZepp nambaへ。90年代のUKロックバンドの代表格であり、サマソニのトリを務めたヴァーヴのフロントマンで、ブランクはあったもののミュージシャンとしては現役バリバリであるにも関わらず、客入りはイマイチ。ちょっと寂しい気持ちになる。腰痛予防のために取った2階の指定席は、半分埋まっているかどうかという具合。スタンディングの1階フロアも後ろの方は余裕がある。こんなんじゃ、せっかく日本に来てくださったリチャード様に申し訳ないというか、機嫌を損ねて帰っちゃうんじゃないかという不安がよぎる。
幸い、開演時間を20分ほど過ぎたところで、リチャード登場。お召しになっているTシャツには、『ジーズ・ピープル』を訳した「この人達」という文字。この直訳ぶりに、「人間」「愛」「ヌード」という文字を貼付けた衣装で現れ、普通じゃない感性を見せつけた、プリンスの東京ドーム公演を思い出す。
スポットライトを浴びたリチャードは、『ジーズ・ピープル』のオープニングナンバー「アウト・オブ・マイ・バディ」を歌いだす。神々しい。リチャードが歌い、キレッキレのカマキリダンスをしているのを目の当たりにして、早くもカウパーが沁み出る。
詳細ははしょりますが、今回の公演では『ジーズ・ピープル』を中心に、これまでのソロ曲だけでなく、ヴァーヴのキラーチューンも披露してくれました。しかも、客が少なくてやる気をなくすこともなく、本気モード全開。圧倒的な存在感とパフォーマンス力に、僕は発射寸前。辛抱たまらん!という状態になり、曲間に1階へと移動。リチャード様と一緒に拳を振り上げ、盛り上がりました。こんなに熱くなったのは、ストーン・ローゼズの再結成時のライブ以来。
来日前の公演や東京公演のセットリストに比べるとちょっと曲は少なかったのですが、大満足です。本人も手応えを感じたらしく、出待ちのファンにサインをするなど、意外な“いい人キャラ”を発揮していたようです。もし、また来日してくださるなら、絶対に行きたい。
その時は、会場を大観衆で埋め尽くしたいものです。洋楽離れという背景はあると思いますが、プロモーションはもう少しやりようがあったのではないでしょうか。「カリスマ性がなんやかんや」と謳っても、普段洋楽を聴かない人にとっては「何のこっちゃ?」でしょう。それにアプローチとして古くさい。音楽雑誌も含め、もっと音楽そのものの良さを伝えてほしいものです。

posted by ichio
2016.09.30

ロバート・グラスパーがノッている

160930皆さんのまわりに“ノッてる”人はいらっしゃいますでしょうか?
業界モノのドラマを観ると、「今、あいつはノッてる」みたいなセリフをよく聞きますが、本当にそんなこと言うのでしょうか。僕に限っていえば、「調子にノッてる」と言われたことはありますが、「ノッてるねぇ」と言われたことは一度もありません。
しかし、ポピュラー音楽の世界をみると、確かに“ノッてる”人はいます。さらに天才といわれる人になると、“ノッてる”を通り過ぎてビシバシ“きてる”人もいます。50〜60年代のマイルス・デイビスや60年代のジョン・レノン&ポール・マッカートニー、70年代のデビッド・ボウイとスティービーワンダー、80年代のプリンス、90年代のリチャード・D・ジェームス、ゼロ年代はちょっと出てきませんが、まぁ、こういう人たちは確実に“きて”ました。

こうしたレジェンドたちと比べられるかどうかは別にして、ここ数年、ロバート・グラスパーがノリにノッています。ジャズ・ピアニストである彼はオーソドックスなジャズで着実にキャリアを築く一方、もう片方ではジャズとヒップ・ホップやR&Bをゴチャ混ぜにしたスリリングな音楽をつくりだしています。
ポピュラー音楽の歴史は異種配合の歴史でもあり、常に異なるジャンルをかけ合わせて生まれる“何か”を進化の原動力にしてきました。先に挙げたレジェンドもジャズにファンクやロックをミックスしたり、甘ったるいポップソングにリズム・アンド・ブルースの黒いフィーリングを取り入れたり、電子音楽を大々的にフューチャーしたり、さまざまな融合にチャレンジしていました。
また、80年後半〜90年代にかけてジャズ・サイドとヒップホップ・サイド両方から、ふたつの音楽をミックスする動きがありましたが、当時はまだコンセプト先行で、頭で音楽をしているというか、腰にこないというか、とにかくこなれていませんでした。それはそれでキュートなんですが。

しかし、ここ10年くらいの間に、ごくごく自然にジャズやヒップ・ホップ、R&Bなどをミックスできる感性とスキルをもったミュージシャンが現れはじめました。ガンダムでいうところの「ニュータイプ」です。80年〜90年代にかけてのミックスが素材をブツ切りにして盛りつけしていたのに対して、ニュータイプは素材を煮込んでシチューをつくる感じでしょうか。ロバート・グラスパーはそんなニュータイプの代表格であり、ピアニストであることと活動スタンスが似ていることから、ハービー・ハンコックの発展形ともいえるでしょう。
彼はここ数年驚異的なペースで作品を出しているのですべての作品を聴けていませんが、どれも物凄く高いクオリティをキープしています。そんな中で最も気に入っているのが、『ブラック・レディオvol.2』。コモン、スヌープ・ドッグ、ジル・スコット、アンソニー・ハミルトン、ノラ・ジョーンズなどをゲストに迎え、アルバム全編に渡ってジャンルのハイブリッド化を展開。こういうことをすると、とっ散らかった内容になったり、お互いの良さを打ち消し合ったりするのがよくあるパターン。
私たちの身近なところにも、「A案とB案の良いところを合わせたらいいんじゃないの」という人、いますよね。しかも、こういうことを言う人に限ってデキない。カレーとお寿司を一緒に食べてもおいしくないように、ゴジラとガメラが一緒に出てきてもシラケてしまうように、矢部寿恵と結城みさが競演してもエロくないように……いや、これはエロくなるな……。とにかく安易に良いもの同士を合わせても逆効果になることが多いんです。
しかし、ロバート・グラスパーは違います。的確なプロデュースで統一感のある、めちゃ気持ちいい音楽に仕上げています。ひとつのジャンルとして完成しているといってもいいくらい、それぞれの魅力を引き出し合い、まとめているところが凄い。これは明確なビジョンと本質を見極める目(耳)をもち、思い描く完成形に向かって引っ張っていく力がある証。
ここまでのことは期待しませんが、せめて「適当にパッパッとやって、いい具合にして」という指示はやめていただきたいと思う今日この頃です。でないと、ノるどころか、コケてしまいますので、よろしくお願いします。

posted by ichio
2016.08.22

『シン・ゴジラ』観賞前にサントラを聴く

160820『シン・ゴジラ』がおもしろいそうじゃないですか。
僕はこれまでゴジラ作品をはじめとする怪獣映画をほとんどスルーしてきたのですが、こう盛り上がってくると観たくなってくる。でも、タイトルがどうにも受けつけなかったり、かつて登場したミニラやゴジラの“シェ〜”ポーズが頭をよぎったりして、どうしても足がすくんでしまう。観に行くべきか、行かざるべきか……。
夜中にリオ・オリンピックを観戦しながら悩んでいると、むかしゴジラのサントラ盤を買って、ほとんど聴かずにレコード棚の肥やしになっていることを思い出しました。やっと出番がきた。中古屋さんに売り飛ばさなくてよかった。やっぱり断捨離なんてものはしない方がいい。
さっそく棚からサントラを引っ張り出して、針を落とす。スケール感のあるイントロにつづいて流れてくるのは神楽。日本の土着神でもあるゴジラの特性をあらわす秀逸なオープニング。つづいておなじみの“ザザザン、ザザザン、ザザザザザザザザザン”という「ゴジラのメインタイトル」。この曲はあまりにも有名過ぎるせいで今ではギャグ的な要素が付着してしまっていますが、改めて素で聴くとミニマルっぽくてめちゃカッコいい。(年代的には、こっちの方がずっと早いですけど)
次の曲は「ゴジラの恐怖」。この曲、なかなか文字ではあらわしにくいですが、みんな一度は聴いたことのある曲です。メロディだけでなく管楽器の生々しい音色が、ゴジラの巨大感や質感、そしてゴジラを目の当たりにした人たちの恐怖をリアルに表現している。60年以上も前の曲なのに今も新しく聴こえるとは、伊福部昭、やるなぁ。
予告編を見ると、『シン・ゴジラ』ではゴジラの存在感が強調されているので、メインタイトルよりも「ゴジラの恐怖」の方がフィットしていますね。

気分がノッてきたのでライナーノーツに目を通すと、驚くべきことが判明。自分では1作目のサントラ盤を買ったつもりでいたのに、実際はゴジラ諸作からいいとこ取りしたベスト・オブ・ゴジラ。ということは、ミニラやゴジラが“シェ〜”をやらかした作品の音楽も紛れ込んでいる可能性が……。
ただでさえアンチ・ベスト盤なのに、こんな代物を購入している自分にほとほとガッカリする。おそらくこのサントラ盤を買った時も落胆しているはずなのに、完全に記憶から消えていることにも驚きです。イヤなことを忘れ去ることのできる人間の記憶能力って、うまいことできてますね。

なんだかんだで結局、『シン・ゴジラ』観ました。石原さとみさんのゴジラに匹敵する異物感あふれる怪演など、言いたいことはいろいろありますが、そんなことは置いておいて(といっても、石原さんの役はなかなか置いておけない役なんですが)、まずは本作の素晴しさを認めることが正しい姿勢かと。特にゴジラの絶対的な存在感と破壊シーンの絶望感は、昨今のハリウッド映画にはないインパクトです。ただ、最初出てきた“ヤツ”を見た時は、作中内のコント番組を見せさせられているのかと思いましたが。
あまりの襲撃で、少し前に観た『X-メン アポカリプス』の内容がすっかり消えてなくなりました。

ところで今作の音楽は鷺巣詩郎のスコアに加え、これまでのゴジラ作品からまんべんなく使われていました。つまり、僕が持っているサントラ盤と同じ感じ。そう考えると、手元にあるサントラ盤が急に優れモノに思えてきました。

posted by ichio
2016.06.09

ナンバーワン宣言

0160610「人は世界一のゴミ収集人になれる。世界一のモデルにだってなれる。たとえ何をやろうと、それが世界一なら何も問題はない」
これは、先日天に召されたモハメド・アリの言葉です。鬱屈した毎日を送る僕でも勇気が湧いてくる、大変ありがたい言葉です。自分にもナンバーワンだと誇れるものはないかと考えたところ……、ありました!
それは、仕事場のあるテナントビルで、僕がいちばんウンコをしていることです。10年ほど前から毎朝バナナヨーグルトを食べだし、ビックリするくらいウンコが出るんです。それは、食べた量より多いんじゃないかというくらい。仕事に行く前にしっかりひり出しても、必ずといっていいほど仕事場でも出る。たまに、たくあん丸々一本クラスの大物が二本出ることもあります。
ビルの男子トイレは事務所のすぐ前にあるので、誰かがトイレに行くと音で分かるのですが、その頻度から察するに、僕を上回る人がいるとは考えられません。女子に関しては未確認ですが、不戦勝扱いで問題ないでしょう。「この調子で、世界一のウンコ量を目指そう!」とは思いませんが、ビル内ナンバーワンでも結構うれしい。人って意識する・しないに関わらず、ナンバーワン願望をもってるんですね。

このようなナンバーワン願望をはっきり表明しているのが、リチャード・アシュクロフト。言わずと知れた元ヴァーヴのフロントマンであり、当代きってのソングライターでありボーカリスト、そして男前です。彼は、先月6年ぶりに発表したアルバム『ジーズ・ピープル』のタイトル曲の中で、「I’m feeling like I’m born again, number one again」と歌っています。
長い沈黙を破ったこのアルバムは、そう思うだけのクオリティを誇っています。
ヴァーヴ時代にナンバーワンを獲った「ビター・スウィート・シンフォニー」を彷彿とさせる王道路線に加え、エレクトロニックを取り入れた新機軸があるのが今作の特長。さらに、前作『ジ・ユナイテッド・ネイションズ・オブ・サウンド』で試みたヒップホップ的なリズムを血肉化し、サビのメロディにソウルテイストを忍ばせるなど、これまでの活動の足跡が刻み込まれているところも素晴しい。ソロ関連でいえば、『ヒューマン・コンディションズ』以来の傑作でしょう。ヒットチャートでナンバーワンはむずかしいかもしれませんが、内容的には十分いけます。
ただひとつ文句をつけるとすれば、彼の楽曲のトレードマークである、ウィル・マローンによるストリングスアレンジがやり過ぎ。これまでは過剰の一歩手前のギリギリのところで曲を盛り上げる機能を果たしていましたが、今回は悪い意味でノイズになっているところや、「ちょっとダサいかも」と感じるところがありました。次は思い切って、ストリングスなしにしてもいいかも。

メディアはリチャード・アシュクロフトを取り上げる時、必ず“孤高のカリスマ”というフレーズをつけて解説をしていますが、ほとんど意味が分かりません。単純に、良いソングライター、ボーカリストとして捉えた方が、彼の魅力が伝わると思います。
あと、某音楽ライターが「ディス・イズ・ハウ・イット・フィールズ」の解説で、「短いスレーズをループさせたつくり」と書いていましたが、ホンマですか? ポップミュージックって、ほぼ同じ構造になっていると思うのですが。PVの内容と、曲中のコーラスに引っ張られて書いているとしか思えません。あのPVは、こうしたポップミュージックの構造を浮き彫りにして、「こんな単純なつくりでも、ひと味もふた味も違う曲がつくれるんだぜ」という、リチャード・アシュクロフトの挑発だと、僕は受け止めています。

ということで今秋、この新作を引っ下げての来日公演が決定! もちろん即効にチケットとりました!

posted by ichio