F1の実は・・・
F1に興味のない方(=日本国民の大半)にとってはどうでもよいことなんですが、F1好きにとって2020年はメモリアルイヤーであることを一応お知らせしておきます。
ひとつは、世界選手権となって70周年であること。それまでイギリスを中心に単発的に開催されていたレースが、70年前に世界各国を転戦するシリーズになったのです。
そしてもうひとつが、ミハエル・シューマッハが保持する最多勝利数記録91勝を更新し、最多ドライバーズタイトル獲得数7回に並ぶ大記録がほぼ間違いなく生まれること。
自分が生きているうちには絶対に破られることはないと思っていた不滅の記録が、シューマッハのすぐ後の時代を担うルイス・ハミルトンによって打ち破られることに驚きを感じます。
その背景には、年間のレース数が増えたことや、ハミルトンが所属するメルセデスのマシンが圧倒的に強いという事情もあるのですが、それでもこの記録がとんでもないことに変わりはありません。
がしかし! 実は、F1にはハミルトンよりも多く優勝し、タイトルを獲得している人物がいるのです。
それは、エイドリアン・ニューウェイというカーデザイナー。
1980年代後半以来彼が携わったマシンは、現時点で156勝、コンストラクターズタイトル10回を獲得。
他の優れたデザイナーがこの数字に遠く及ばないのは当然ながら、30年に渡って第一線で活躍していること自体が驚異といえます。
そんな現役バリバリのレジェンドの自伝『エイドリアン・ニューウェイ HOW TO BUILD A CAR』が滅法おもしろい。税込み5000円オーバーと恐ろしく高価で、買う時にのどがカラカラになりましたが、それだけの値打ちはありました。
彼は「空力の鬼才」と呼ばれ 、空気力学をF1マシンの設計にいち早く取り入れたことで知られています。
本のタイトルに“HOW TO BUILD A CAR”なんて言葉が使われていますが、空力をはじめ技術的なことにはあまり触れず、世界最速のマシンをつくるために求められるアプローチや組織づくり、スタッフやドライバーとのコミュニケーション方法に重点が置かれています。
ですのでF1ファンだけでなく、「F1なんてけったいな形をしたクルマが同じところをクルクル回っているだけ」と思っている、ごくごくノーマルで常識的なビジネスパーソンにとってもためになる内容になっています。
ただ一般的なビジネス書やアスリートの自伝と大きく異るのは、舞台となるF1が0.1秒速く走るためだけに年間何百億円もかける狂った世界であること。
そんなカオスに自ら身を投じる人間は、当然のことながら常識という杓子では計ることのできない人ばかり。タイトル獲得というただひとつの目標を達成するために、頭の中のある部分のネジを緩めている人たちが繰り広げるドラマは読んでいて飽きません。
僕のF1ブログでホンダのF1参戦終了についてつらつら書かせてもらいましたが、結局のところ勤め人集団のホンダと、レースに人生を懸けている変態集団であるライバルでは、頭の根本的な構造が違う気がします。
この本を読む限りニューウェイさんはユーモアがあり、至極まっとうな人という印象を受けますが、いやいやどうして、かなりの曲者です。そうでないと30年もこの世界で生き抜くことはできません。
その辺りは『GP CAR STORY Special Edition 2020〜エイドリアン ・ ニューウェイ』というムック本を読むと、彼と一緒に仕事をしていた人たちの証言から彼の普通でないところが垣間見えて、おもしろさ倍増です。
ちなみにニューウェイさんは、世界最高峰のマシンを設計しているにもかかわらずCADが苦手で、いまだに手描きでデザインを起こしています。学校の勉強も得意でなかったとのこと。
また革新的なアイデアが浮かぶのは、移動中などホゲ〜としている時間だそうです。
こういうのを聞くと、ちょっとヤル気が出ます。