KITSCH PAPER

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2017.04.06

おやじに夢中

170406朝鮮系のおやじにハマっています。
ひとつは、ナ・ホンジンがメガフォンをとった、とんでもムービー『コクソン』に登場する二人のおやじ。一人は主人公で、猟奇殺人事件の謎に迫る田舎まちの警官。このおやじ、かなりダメな人で、職場でも家でもまったく“うだつ”が上がらない。事件の真相に迫るといっても、実際のところはビビって逃げまくっていたものの、のっぴきならない状況になって巻き込まれていくだけ。ダメおやじ系の作品に目がない僕はこれだけでも満足なんですが、この作品にはさらに國村隼が出ているんです。しかも「ウホォ!」と声が出る、ふんどし姿で。この二人を中心にアウトなおやじ共が繰り広げる珍事がサイコーです。
ネタバレするので詳しくは書きませんが、この映画、最初は宣伝で紹介しているようなサイコもののつもりで観ていたら、『フロム・ダスク・ティル・ドーン』を遥かに凌ぐ、思てたんとちがう展開に。そういえばナ・ホンジンの前作『悲しき獣』も、冴えない男の一発逆転劇だったはずが、気がついたら別のおやじが牛骨を振り回す話になってましたね。スムーズな話の流れなど完全に無視したこのパワー。ナ・ホンジンは、今観るべき監督の一人に確定です。

もうひとつのおや汁作品は、『マッド・ドッグ』(菊山尚泰)という小説。朝鮮の貧しい村で育った男が日本に出稼ぎにきて、戦後の裏社会でのしあがっていくサーガで、これが無類におもしろい! とにかく主人公が、人を殴る、殴る、殴り倒す。圧倒的な暴力で富と力を手に入れていくプロセスだけでなく、執拗な暴力描写(『その男、凶暴につき』のビンタ乱れ打ちに似た不快感)もこの小説を特別なものにしているといえるでしょう。
作者である菊山氏の父親がモデルになっているらしく、菊山氏自身も殺人を犯し、無期懲役囚として服役中。塀の中で獄中記や自らの体験をもとにした小説を書いているとのこと。恥ずかしながら、この本を読むまで知りませんでした。頻繁に出てくる暴力描写は表現の引き出しが少ないせいでパターン化してしまっているのですが、これがアニメのセル画の使い回しやリミテッドアニメーションのようで、劇画チックな味わいを醸し出しています。
前半は主人公のサクセスストーリー、後半は息子との親子愛に重点が移る構成になっていて、特に後半は主人公が一本気な男として描かれ、いい話風になるのですが、何度も「いやいやいや、あかん人でしょ!」と、我に返ることになります。家族や親戚、スナックで居合わせた一般客などを容赦なく殴る人間って、他にいい面があったとしてもダメでしょ。現におやじの影響をもろに受けた息子(作者)も一線を越えてしまうわけですから。それでも思い出ではなく、現在進行形で「俺のおやじ最高」といえる親子関係って凄い。
このように物語後半は、作者がいい話風味のネタふりをして、読者がツッコミを入れる関係になって楽しいです。
いやぁ、むさ苦しく、匂い立つおやじ、たまりません!
ダメおやじを特集した『KITSCH PAPER vol.4』をつくりたいけれど、時間がないんですよね……。

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2017.01.31

地獄を描く師弟のつながり

170131日々仕事をする中で、「今があるのは尊敬できる上司のおかげ」とか、「師匠といえる人に出会い、たくさんのことを教わった」という話をよく聞きますが、僕の場合は勤めていた会社がフラットな感じのところだったこともあり……いや、可愛げのない性格のせいで、そういった関係を築くことなく、ここまできました。若い時に面倒くさい話を聞かなくてよかった代わりに、今、面倒くさい話を聞いてもらうことができません。また、飲みに行った時に“それ風”な話をしようとしても実のある話ができないため、自分のコアな部分の上澄みを話すと、こちらの意図と違う受け取り方をされてドン引きされ、こっちも微妙な気持ちになることがあります。こういう“こじらせ”を起こさないためにも、若いうちに師弟関係はつくっておくべきといえるでしょう。

映画の世界においても数々の師弟関係があります。その中でも近年、お互い刺激し合い、それぞれの作品に反映しているのが、ジョージミラーとメル・ギブソン。二人はながい映画史の中で燦然と輝く初回マッドマックス・シリーズで監督と主演を張った間柄。彼らはシリーズ3作を作り上げた後は直接的に関わることはありませんが、今でもスピリッツだけでなく、作品のつくりまでも影響し合っています。

※ここからは多少のネタバレがあるのでご注意ください。
はじまりは『マッドマックス2』。この作品のストーリーは、砂漠のギャング団から石油と村人を守るために主人公マックスがおとりになって、死のチェイスを繰り広げるというもの。ザ・ぼんち的に説明すると、A地点からB地点に行って、再びA地点に戻って来るだけ。
シンプルなストーリー故、中身はスカスカかというとそうではなく、ドロドロ、コテコテ、ギトギトの特濃状態。作品の世界観をみっちり作り込み、全編通してこれでもかというくらいバイオレンス&アクションシーンのアイデアを注ぎ込んでいます。
このジョージ・ミラー・メソッドを取り入れたのが、メル・DV・ギブソンが監督を務めた『パッション』。キリストがゴルゴダの丘で十字架に架けられるまでの道中を描いた作品で、こちらはA地点からB地点に行くのみ(処刑されるので帰りようがありません)。さらにメル・アル中・ギブソンはつづく監督作『アポカリブト』で、いよいよ『マッドマックス2』の“行って・戻って来る”プロットに着手。生け贄としてマヤ帝国につれて行かれた(A地点からB地点に行く)主人公ジャガーが、妻子を助けるために村へ逃げ帰る(B地点からA地点に戻る)だけの話なのですが、これがトンデモハプニングの雨あられで、超おもろいんです! メル・真性サド・ギブソンは人としては終わっているかもしれませんが、映画監督としては素晴しい才能の持ち主。ちなみにシルベスター・スタローンは『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』の監督を当初、彼に依頼したとのこと。さすが分かってらっしゃる!

弟子の狂った作品に刺激を受け、「小僧よ、オレこそがオリジナルだ!」とばかりに、今度は師匠のジョージ・ミラーが『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』をつくり上げる。この作品がどれだけの傑作なのかは今さらいうまでもないので省略しますが、ここで彼は自ら築いたメソッドに磨きをかけ、「映画にとってストーリーって何なの?」と考えさせられるくらいのレベルに到達しています。しかも、次々に繰り出されるアクションのアイデアは『アポカリブト』を凌ぐほど。70過ぎのおじいちゃんがつくったとはとても信じられない……。

彼らの作品が凄いのは、単にエグい描写をするのではなく(ジョージ・ミラーは直接的な描写はうまい具合に避けています)、どう見せるかを考えているところ。そして何といっても、空間的な位置関係を観客にしっかり伝えているところが素晴しい。今、誰がどの辺にいるのかが分かると、観客の緊張感を持続させるサスペンス度が段違いに高まる。当たり前のことですが、ちゃんとできている作品は滅多にありません。

さて、去年の暮れに第二次世界大戦の沖縄戦を描いたメル・ギブソンの新作『ハクソー・リッジ』がアメリカ公開され、こちらも凄まじい内容とのこと。『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』に刺激され、どんな映画をつくったのか、今から楽しみです。

posted by ichio
2016.08.22

『シン・ゴジラ』観賞前にサントラを聴く

160820『シン・ゴジラ』がおもしろいそうじゃないですか。
僕はこれまでゴジラ作品をはじめとする怪獣映画をほとんどスルーしてきたのですが、こう盛り上がってくると観たくなってくる。でも、タイトルがどうにも受けつけなかったり、かつて登場したミニラやゴジラの“シェ〜”ポーズが頭をよぎったりして、どうしても足がすくんでしまう。観に行くべきか、行かざるべきか……。
夜中にリオ・オリンピックを観戦しながら悩んでいると、むかしゴジラのサントラ盤を買って、ほとんど聴かずにレコード棚の肥やしになっていることを思い出しました。やっと出番がきた。中古屋さんに売り飛ばさなくてよかった。やっぱり断捨離なんてものはしない方がいい。
さっそく棚からサントラを引っ張り出して、針を落とす。スケール感のあるイントロにつづいて流れてくるのは神楽。日本の土着神でもあるゴジラの特性をあらわす秀逸なオープニング。つづいておなじみの“ザザザン、ザザザン、ザザザザザザザザザン”という「ゴジラのメインタイトル」。この曲はあまりにも有名過ぎるせいで今ではギャグ的な要素が付着してしまっていますが、改めて素で聴くとミニマルっぽくてめちゃカッコいい。(年代的には、こっちの方がずっと早いですけど)
次の曲は「ゴジラの恐怖」。この曲、なかなか文字ではあらわしにくいですが、みんな一度は聴いたことのある曲です。メロディだけでなく管楽器の生々しい音色が、ゴジラの巨大感や質感、そしてゴジラを目の当たりにした人たちの恐怖をリアルに表現している。60年以上も前の曲なのに今も新しく聴こえるとは、伊福部昭、やるなぁ。
予告編を見ると、『シン・ゴジラ』ではゴジラの存在感が強調されているので、メインタイトルよりも「ゴジラの恐怖」の方がフィットしていますね。

気分がノッてきたのでライナーノーツに目を通すと、驚くべきことが判明。自分では1作目のサントラ盤を買ったつもりでいたのに、実際はゴジラ諸作からいいとこ取りしたベスト・オブ・ゴジラ。ということは、ミニラやゴジラが“シェ〜”をやらかした作品の音楽も紛れ込んでいる可能性が……。
ただでさえアンチ・ベスト盤なのに、こんな代物を購入している自分にほとほとガッカリする。おそらくこのサントラ盤を買った時も落胆しているはずなのに、完全に記憶から消えていることにも驚きです。イヤなことを忘れ去ることのできる人間の記憶能力って、うまいことできてますね。

なんだかんだで結局、『シン・ゴジラ』観ました。石原さとみさんのゴジラに匹敵する異物感あふれる怪演など、言いたいことはいろいろありますが、そんなことは置いておいて(といっても、石原さんの役はなかなか置いておけない役なんですが)、まずは本作の素晴しさを認めることが正しい姿勢かと。特にゴジラの絶対的な存在感と破壊シーンの絶望感は、昨今のハリウッド映画にはないインパクトです。ただ、最初出てきた“ヤツ”を見た時は、作中内のコント番組を見せさせられているのかと思いましたが。
あまりの襲撃で、少し前に観た『X-メン アポカリプス』の内容がすっかり消えてなくなりました。

ところで今作の音楽は鷺巣詩郎のスコアに加え、これまでのゴジラ作品からまんべんなく使われていました。つまり、僕が持っているサントラ盤と同じ感じ。そう考えると、手元にあるサントラ盤が急に優れモノに思えてきました。

posted by ichio
2016.08.04

リドリー・スコットの勢いがハンパない

160804ここ数年、映画界でおじいちゃん監督のパワーが止まりません。去年は、ジョージ・ミラー(71歳)の世紀の傑作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が上映され、映画ファンはお祭り騒ぎに。ジョージ爺は現在、続編の『マッドマックス ザ・ウエイストランド』の製作に取りかかっている模様。70を過ぎて、あんなブッ飛んだ映画をつくり上げる感性とパワーにただただ脱帽です。
そんなおじいちゃん監督界で先頭を走るのは、クリント・イーストウッド(86歳)とリドリー・スコット(78歳)のお二人。一般社会でこのお歳であれば、現役は退き、名誉会長と会長などにおさまっている感じですが、お二人は今もバリバリの現役プレイヤー。

で、今回はリドリー・スコットをクローズアップ。イギリス人のリドリー爺は、テレビディレクターとしてキャリアをスタートさせ、のちにCMディレクターに転身。そして1977年に『デュエリスト 決闘者』で映画監督デビュー。ちなみに、トム・クルーズの出世作『トップガン』を撮ったトニー・スコットのお兄さん。
デビュー作の後『エイリアン』『ブレードランナー』と立て続けにSFの傑作をつくりあげ、瞬く間に時代を担う気鋭監督に。特に『エイリアン』のゴスメタリックな宇宙船内や『ブレードランナー』のテクノオリエンタルな都市などの空間デザイン、逆光やスモークの効果を活かしたグラフィカルな映像が脚光を浴びたワケですが、皮肉にもこの特長がその後のスランプを招く要因に。『レジェンド 光と栄光の伝説』『1492 コロンブス』では、お得意の映像美を前面に打ち出すものの、まったくお話に中身がないため、薄っぺらな紙芝居を見せられている感じに。比較的マシといわれている『ブラック・レイン』や『テルマ&ルイーズ』にしても、「別にあなたがメガフォンをとらなくても良かったんじゃないの」と感じる出来映え。ゴージャスな映像だけで中身がないという彼の作風(?)は、50年代の“豊かなアメリカ”を再現しようと、ハリボテの豊かさをつくっていた80年代のアメリカを象徴しているようで興味深いところ。意地悪な見方をすると、イギリス人のリドリー爺が自分のキャリアを呈して、そのことを皮肉ったともいえます。(言っときますが、僕はリドリー・スコットのファンです)
当然、世間的な評価も“映像派監督”から“それっぽいイメージだけの監督”へと降格。さらに、もう失敗は許されないという四面楚歌な状況でつくったのが『G.I.ジェーン』。この映画、主演のデミ・ムーアの丸坊主姿同様、まったく魅力のない愚作です。まだ『エイリアン3』のシガニー・ウィーバーの丸坊主の方が、エロさはあったような気がします。正直『G.I.ジェーン』を観た時は、僕も「この人、もうダメだな」と思いました。(しつこいようですが、僕はリドリー・スコットのファンです)

そんな落ち目街道まっしぐらのリドリー爺の起死回生の一発となったのが、『グラディエーター』。この作品では、持ち前の映像美とローマ帝国というケレン味のある舞台設定がマッチ。さらに復讐劇という推進力のあるストーリー性が加わり大ヒット。見事アカデミー賞まで獲得しちゃいます。
この成功を機に、こだわりの映像作家から職業監督に鞍替え。それからは憑き物がとれたようにアベレージの高い作品をつくり続けています。近年も『悪の法則』や『オデッセイ』などの力作を発表。現在は『エイリアン』の序章であり『プロメテウス』の続編にあたる『エイリアン コヴナント』を制作中。そして何と、製作総指揮として禁断の『ブレードランナー』の続編に着手。このバイタリティとキレの鋭さに恐れ入ります。しかも監督にドゥニ・ヴィルヌーブを起用するところが分かってらっしゃる!

このようにさまざまなジャンルの作品を撮っているリドリー爺ですが、ほぼすべての作品に共通するテーマがあります。それは、“予期せぬ死に直面した時、人はどうするのか?”ということ。
デビュー作の『デュエリスト』はタイトル通り、命をかけて闘う男の話。『エイリアン』は絶望的な状況の中でサバイブする話だし、『ブレードランナー』は数年の寿命しかないことを知ったアンドロイドの苦悩を描いた話です。新しい『悪の法則』や『オデッセイ』も構造は同じ。
なので、彼の作品を観ると、自分に予期せぬ死が迫った時どうするのかを考えずにはいられません。そしていろいろ考えた結果、“逃げる”という答えに至りました。しかも前向きに考えた結果の“逃げる”ではなく、単なる逃避。パニック映画でよく出てくる、仲間が戦っている間にコソッと一人で逃げるセコいヤツ、あれです。まぁ、そういうヤツに限ってろくな死に方はしないんですけどね。
ということで、リドリー・スコットにはこれからも素晴しい映画をつくりつづけてほしいものです。
それにしても彼の顔、もはやブロンズ像みたいになっている。カッコいいです。

posted by ichio
2016.06.30

サイコパスのアイドル登場!

060629久々に心ときめくアイドルが登場しました!
キャラ的にはアイドルに詳しそうな感じがするかもしれませんが、生まれてこのかた、アイドルはもちろんのこと、女性タレントさんのファンになってことはありません。熟女AV女優さんは例外としますが……。
僕が心ときめかせているのは矢部寿惠……ではなく、映画『クリーピー 偽りの隣人』に登場するサイコパス、西野さんです。いやぁ、あの素っ頓狂な物腰といい、堂に入った壊れっぷりといい、敬意を表して“さん”づけで呼びたい。僕としては、『冷たい熱帯魚』の村田レベルの逸材。
どこが素晴しいのかというと、一見普通の人のような感じがするものの(変わってはいますが)、人間としての根っこの部分が間違いなく、そして完璧に壊れていることが、ズシ〜ンと伝わってくるところ。これは第一級のサイコパスになるための必須事項といえます。はなっからおかしい人は、ただの狂人。別のカテゴリーです。普段は常識人、あるいは普通の人よりも優れた能力をもつ人でありながら、ある時に突然異常な面が現われるから怖いんです。
それと、犯行の動機が謎であることも重要なポイント。サイコ業界のスーパースター、ハンニバル・レクター博士がこのお手本です。しかしレクター博士も最初はこのルールに則っていたのに、作品を重ねるごとに理由を説明しだしてすっかり底の浅い殺人鬼に落ちぶれてしまいました。村田先輩はサイコパスでありながら、お金という俗にまみれた要素が絡んでいるところに新しさがあったのですが、話が進むにつれて何が目的で人を殺しているのかが曖昧になっていくので、やはりサイコパスの基本をおさえているといえるでしょう。
西野さんも、この系譜。しかも彼の場合は、チグハグな受け答えと、香川照之の興醒めするギリギリのオーバーアクトによって、笑いの要素もプラスされているサービスぶり。「えぇぇぇ〜! 犬、しつけるんですか?! ……いいと思いますよ、そういうの」、「まだまだいくぞ〜、マックスぅ〜」は、爆笑モノです。

※ここからは少しネタバレ的なことがあるのでご注意ください。
話は同名の原作小説に基づいていながら、黒沢清監督の集大成で、傑作『CURE』のポップ版といえる内容に仕上がっています。ストーリー自体はありがちといえばありがちなんですが、作品を覆う世界観が素晴しい。舞台はどこにでもある、ちょっと町はずれの古い住宅街なんですが、ひと目見た瞬間にゾゾッとする気味悪さを発しているんです。これを見ると、仕事の帰り道にある、ひと気のない家も、同じような惨劇が起こっているんじゃないかと思えてしまう。
前半は、この不気味さが充満していて傑作の気配。残念ながら、中盤に物語が動き出してからは西野さんが凡庸な殺人鬼に見えてしまうところがあり、失速。最後の方は、主役夫婦や西野さんの顛末よりも、飼い犬のマックスがどうなるのかの方が気になった人は少なくないはず。それに自宅(?)奥にある監禁部屋はリアリティがなくて醒めてしまう。6年前の失踪事件現場と同じようなところで犯行が繰り広げられたら、もっと怖かったように思います。
まぁそんなことは置いといて、サイコ好きは一見の価値アリです。

posted by ichio
2016.05.31

ついつい観てしまう、この一本

160531一時期、要らないモノをバッサリ捨て去る「断捨離」が流行りました。今でもインテリア雑誌などで、イケてるクリエーターが「今の時代、所有することに意味を感じない」なんてカッコいいこと言ってるのをよく目にします。ライフスタイルのひとつとして良いとは思いますが、僕自身はまったく逆のスタンス。ムダがあるからこそワクワク感があり、新しい発見がある。“ムダこそ、人を豊かにする肥やし”だと思っています。だから家には、他人から見れば「こんなん要らんやろ」というモノばかり。当然その中にはDVDも含まれております。
つらつら自分のラインナップを見直すと、「何で買ったんや」という代物も少なくありません。その代表格がジョニー・デップ主演の『ナインス・ゲート』。これはロマン・ポランスキーがメガフォンをとったオカルト・ミステリー。悪魔関連の古書を集める金持ちから、「『影の王国への九つの扉』という本を調査しいほしい」という依頼を受けた鑑定家(ジョニ・—デップ)が、本に隠された謎に迫ってゆく……というストーリー。こう書くと何かおもしろそうですが、大したことないです。筋はありがちだし、破綻している。画面の構図やCGの使い方も、“世にも不思議な何とか”と勘違いするくらいダサい。
でも、不思議と観てしまうんですよね。おそらく本作か『プレデター』のどちらかが、この10年で最も繰り返し観た映画のような気がします。僕的な好きな映画ベスト50にも入ってこないと思うのですが、仕事から帰ってきて何も考えずにホゲェ〜と眺めることができ、尚かつ丁度良いハラハラ感があり、ミステリーということで一応物語を引っ張る推進力もあるので、ついつい手が伸びてしまう。これがゴダールだと疲れて仕方ないし、同じくポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』では重過ぎる。ミッキー・ローク主演の『エンゼル・ハート』が内容的にも近くて、いい線いっているのですが、『ナインス・ゲート』よりも遥かにしっかりとつくられているので、やっぱり観てみいて息が詰まる。こうして考えると、奇跡的なバランスでできている作品なんです。といっても、やっぱり扱いとしては珍作ですが。
これを観ている時間もムダな気がしないでもないですが(後半が間延びして妙に長いんです)、それでも観るということは、頭の中にある何かをリセットするために必要なのでしょう。このムダと必要との格闘が、毎日の暮らしにハリを与えてくれているのかもしれません。

posted by ichio
2015.09.25

どこか変、確かに変

150925最近、知り合いの方々から“気色悪い”といわれることが多くなってきました。自分では年を重ねて“味が出てきた”と解釈しているのですが、単に“気色悪い”そうです。
そういえば出会って20年以上になる、つれ合いにも引かれることがちょいちょいあります。まぁ、それはお互いさまなのでいいとして、この前『サザエさん』の花沢さんのマネをしていたら、子どもから「楽しそうにしているところ悪いけど、ちょっとエグい」といわれた時は、さすがにショックでした。
どうして必要以上に“エグみ”が出てしまうのか考えたところ、出さなくてもよい暗部や恥部をさらけ出していることに気づきました。
花沢さんのマネにしても、表層をトレースしているのではなく、彼女の奥底に潜むダークサイドを抽出しているみたいです。要するに、誰も喜ばないイタコ状態。

そのことを『ナイトクローラー』という映画を観て確信しました。
ジェイク・ギレンホール演じる主人公の報道パパラッチが、とにかくエグくて、気色悪いんです。まず外見。特に身だしなみがだらしないということはなく、ちょっと見は言動が変というワケでもないのに(ホントはチョー変なんですが)、瞳孔が開いたギョロ目から“普通じゃない”ことがヒシヒシと伝わってくるんです。
完全にバランスを崩しているこの感じ、笑いごとではありません。自分もいつこうなるか分からない。というか、すでにバランスが崩れてきているような気がしないでもない……。現に声のボリュームの調節がユルくなっていて、「何で急にそんな大きな声で喋るんですか」といわれることがあります。

『ナイトクローラー』は基本サスペンスですが、現代人の歪みをあぶり出すスリラーとして捉えることもできます。とにかくルイス・プルームという報道パパラッチがイカれている。特ダネを求めるテレビ局にあおられて行動をエスカレートさせていくのですが、間違った使命感に駆られたとか、プレッシャーに耐えかねて人の道を踏み外したとか、そういうことは一切なく、単に性根が腐っているだけの話。
だから、自分にだけ都合が良い話を押し通す時も、恥ずかしげもなく、まるで賢人が教えを説くようにまくしたてる。こういう人、います。いや、自分がそうなっているかもしれない。そう考えると、男前豆腐を持つ手がプルプル震えます。
それにしても、『バッファロー’66』のビリーブラウンと『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のジョーダン・ベルフォートを足して2で割ったようなルイス・プルームのカス具合、最高です! ジェイク・ギレンホールの快(怪)演、お見事。いま俳優で映画を観るなら、彼はハズせません。

さて、ただでさえ変なオーラが滲み出てきている僕ですが、半ズボンにキャップを被って仕事に出たりしているので、近所の人たちにとってはかなり怪しい人間であることは間違いありません。なので不安を解消するよう、道で顔を合わした際は必要以上の笑顔で元気よく挨拶するようにしています。つれ合いにいわせると、これが板についておらず、気色悪いそうです。

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2015.08.25

戦後70年の夏に『野火』を観る

150825今年も盆休みがとれず、一人マッキントッシュの前に座り、キーボードを叩く。脂で顔がギトギトになってきたので洗顔ペーパーで拭き、サッパリしたところでモニタを見たら、そこに映っていたのは自分の全身タイツ姿…。自分で企画して、楽しくさせてもらったお仕事ながら(世の中にはこういうお仕事もあるのです)、巨大な虚無におそわれる。
気分転換するために職場を出て、塚本晋也がメガフォンをとった『野火』を観に行く。
これは言わずと知れた大岡昇平の代表作であり、戦争文学の金字塔といわれる同名小説を映画化したもの。肉体をテーマに撮りつづけている塚本監督にしてみれば、まさに究極の題材といえるでしょう。
映画館に着くと、ミニシアターながらすでに満杯状態。しかも、そのほとんどが高齢の方。おじいさん&おばあさんと塚本作品というシュールなマッチングに、早くも頭がクラクラする。

何ともスゴい映画です。話のつくりは、主人公 田村一等兵の地獄めぐり。凄惨極める戦場と極彩色のジャングルをひたすらさまよいつづける姿を観ているうちに、こっちも神経が麻痺してきて時間感覚がグニャリと歪んでくる。僕的には『地獄の黙示録』直系のトリップ映画でした。
もともと僕は心の奥底で“迷う”ことに恐怖と魅力を感じているらしく、よく迷子になる夢を見ます。小さい頃は迷子になるために、でたらめに自転車でふらついたりしていました。まぁ、来た道をおぼえているので、迷子になることはありませんでしたが。
大人になった今も、知らない田舎町をふらついたり、ひと気のない山を歩き回ったりしているのも、迷うことに惹かれているからなのでしょう。(こうやって書くと、完全にあぶない人ですね)
そういう気質をもった僕にとって、この作品はかなりのトラウマ映画となりました。

また、戦争のアカンさを描くことにおいても、日本映画によくある道徳の時間に先生が説明するようなパターンではなく、映像そのもので語りかけてくるので説得力がある。はらわたからえぐり出す感じといえばいいでしょうか。
そういう意味では、高齢の方だけでなく、若い人にも観てほしい映画です。
塚本監督にとっても今作は、『六月の蛇』以来の快作になったと思います。

よく考えてみたら、田舎町や山をほっつき歩かなくても、いつも人生で迷子になりかけているのですが、それはまったく意図するところではありません。

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2015.06.03

祝・公開『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

150603公開前にして、このワクワク感&ドキドキ感。
こんなお祭り的な盛り上がりを感じたのは、いつ以来なのか思い出せないくらい。それだけに『マッドマックス 怒りのデス・ロード』にかける期待は半端ありません。

先日、この興奮を共有しようとアラサー男子に話したところ、イマイチ素っ気ない様子。「ああいうの、お嫌いですか?」と訪ねると、「ていうか、何ですかそれ?」という、ビックリな言葉が返ってきました。“マッドマックス”は世代を超えた男の共通言語だと思い込んでいた僕にとっては、エロトークをしていて「デラぴんって何?」と訊かれるのと同じくらいの衝撃でした。

簡単に説明しますと、マッドマックスとは、荒廃した近未来を舞台に繰り広げ慣れるバイオレンス・アクション・ムービー。1979年に公開された1作目で多くのファンを獲得し、その後シリーズ化。特に2作目は、荒野で水と石油を手に入れるために争うという、近未来の世界観をつくった傑作とされています。また、今では苦笑俳優の筆頭であるメル・ギブソンがスターになったシリーズでもあります。
今回の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、30年ぶりのリブート作品。

まず、“怒りのデス・ロード”というサブタイトルが素晴しい。シリーズの売りであるバイオレンスなニオイと、度を越したバカっぽさがプンプン漂ってくる。さらに予告編や一部公開されている画像からも、振り切れた内容になっていることが伝わってきます。
カーアクションも極力CGを排した生アクションにこだわったとのこと。あと、昨今アクションシーンの定番になっている、一見それっぽく見えるけれど、何がなんだか分からない(そして大概はダサイ!)コマ落としも勘弁してほしい。
監督は、旧シリーズを手掛けたジョージ・ミラー。結構なおじいさんだと思うのですが、これだけ狂った感じに仕上げたパワーに脱帽です。

ただ、不安を感じないでもありません。なぜなら、旧シリーズ3作目であり最終作である『マッドマックス サンダードーム』の出来が、えげつなく酷かったから。公開当時、クラブをさぼって一緒に観に行った友だちに、「夕やけニャンニャン見といた方が良かったわ」と、キレられたほどです。
いろいろ要因はあるのですが、人気シリーズとなったことで、子どもも見ることができるようソフト路線に走ってしまったことが間違いのもと。今回も同じ過ちをおかしていないことを切に願います。
また、新たにマックス役に抜擢されたトム・ハーティのハマり具合も気になるところ。個人的にはちょっとマッチョ過ぎて、善人でも悪人でもないマックスの危うさが薄いように感じるのですが、果たしてどうなんでしょう。

すでに海外では公開されていて、はやくも続編製作が決まった模様。しかし、女戦士を演じたシャーリーズ・セロンは、ヘビーな撮影に懲りて出演しないとか。
マッドマックス ファンとしては、こういうエピソードも期待感をあおるスパイス。ホントに公開が待ち遠しい!

posted by ichio
2015.03.18

ゾクゾクする続編

150318先日、北川景子さんといい感じになっている夢を見て、夢うつつ状態でワクワク・ドキドキしていたら、知らない間に北川景子さんからつれ合いに変身していて、一世一代のハレの舞台に心ない観客が乱入したというか、ジャンボ宝くじの1等当選券をなくしたというか、とにかく言いようのないブルーにおそわれました。目を覚まし、思わずつれ合いの寝顔に「なんでやねん!」と、しみじみつぶやいてしまいました。
できることなら夢の続きが見たい!

映画でも、続きが見たいと思う作品があります。
今は続編ビジネスが定着し、はじめから続編ありきのつくりになっているものもありますが、そういうものに限って出来が悪くてイラッとします。例えるなら、接客態度ボロボロやのに、最後だけこなれた感じで「ありがとございやすぃた〜」と挨拶するコンビニ店員みたいな感じです。
そもそも続編は、最初の作品が良くてつくられるのが基本であり、評価の面ではハードルが高い状態。ほとんどの続編は、そのハードルを超えることができず、つくる側も観る側も思い切りスネを打ちつけることになります。しかし、そんな中でも『ゴッドファーザーⅡ』や『スターウォーズ 帝国の逆襲』、『マッドマックス2』、『バットマンリターンズ』など、1作目を超えてくるものもあります。

今回は、そういった真っ向勝負で1作目を飛び越えた正統作ではなく、ハードルの下をくぐったり、ハードルをぶっ壊したりして突破した、愛すべき続編を紹介したいと思います。
トップバッターは、『サイコ2』。1作目は言わずと知れた巨匠ヒッチコックの代表作であり、スリラーの聖典。そのせいかパート4まである続編は無視されがちですが、パート2は秀作です。23年ぶりに精神病院から退院したノーマン・ベイツ。平穏な生活を送ろうとするものの、次第に悪夢が甦り…という展開。話もグッドなんですが、ヒロイン役を務めるメグ・ティリーの等身大のプリティ&エロが最大の魅力。AV見てもグッと来ないなとお悩みの方は是非。
次に紹介するのは、『エクソシスト3』。これも1作目はオカルトホラーの代表作。原作者であるウィリアム・ピーター・ブラッティが再び脚本を書き、監督までしてしまったことが話題に。でも、公開当時の評判はイマイチ。確かに1作目のこけ脅し的な怖さはありませんが、サイコとオカルトをミックスさせた、神経に訴えかける恐怖描写は今観ても斬新だし、怖い。サイコホラーやJホラーが出尽くした今こそ輝きを増す作品です。一時はジョン・カーペンターが監督候補に挙がっていたようですが、この作品に関しては降りて正解。

この他にも『悪魔のいけにえ2』や『死霊のはらわたⅡ』、『グレムリン2』、『ベイブ 都会へ行く』といった狂った続編も紹介したいのですが、それはまた別の機会に。

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