戦後70年の夏に『野火』を観る
今年も盆休みがとれず、一人マッキントッシュの前に座り、キーボードを叩く。脂で顔がギトギトになってきたので洗顔ペーパーで拭き、サッパリしたところでモニタを見たら、そこに映っていたのは自分の全身タイツ姿…。自分で企画して、楽しくさせてもらったお仕事ながら(世の中にはこういうお仕事もあるのです)、巨大な虚無におそわれる。
気分転換するために職場を出て、塚本晋也がメガフォンをとった『野火』を観に行く。
これは言わずと知れた大岡昇平の代表作であり、戦争文学の金字塔といわれる同名小説を映画化したもの。肉体をテーマに撮りつづけている塚本監督にしてみれば、まさに究極の題材といえるでしょう。
映画館に着くと、ミニシアターながらすでに満杯状態。しかも、そのほとんどが高齢の方。おじいさん&おばあさんと塚本作品というシュールなマッチングに、早くも頭がクラクラする。
何ともスゴい映画です。話のつくりは、主人公 田村一等兵の地獄めぐり。凄惨極める戦場と極彩色のジャングルをひたすらさまよいつづける姿を観ているうちに、こっちも神経が麻痺してきて時間感覚がグニャリと歪んでくる。僕的には『地獄の黙示録』直系のトリップ映画でした。
もともと僕は心の奥底で“迷う”ことに恐怖と魅力を感じているらしく、よく迷子になる夢を見ます。小さい頃は迷子になるために、でたらめに自転車でふらついたりしていました。まぁ、来た道をおぼえているので、迷子になることはありませんでしたが。
大人になった今も、知らない田舎町をふらついたり、ひと気のない山を歩き回ったりしているのも、迷うことに惹かれているからなのでしょう。(こうやって書くと、完全にあぶない人ですね)
そういう気質をもった僕にとって、この作品はかなりのトラウマ映画となりました。
また、戦争のアカンさを描くことにおいても、日本映画によくある道徳の時間に先生が説明するようなパターンではなく、映像そのもので語りかけてくるので説得力がある。はらわたからえぐり出す感じといえばいいでしょうか。
そういう意味では、高齢の方だけでなく、若い人にも観てほしい映画です。
塚本監督にとっても今作は、『六月の蛇』以来の快作になったと思います。
よく考えてみたら、田舎町や山をほっつき歩かなくても、いつも人生で迷子になりかけているのですが、それはまったく意図するところではありません。